地殻変動期の東アジアと日本の国益

政治・外交

川島 真 【Profile】

このところ、金門島に頻繁に行くようになった。金門島というのは、中国福建省厦門(アモイ)の対岸にある島で、台湾にある中華民国が統治している島だ。1949年、中国人民解放軍が総攻撃をかけ上陸戦を行ったが、国民党側が勝利をおさめ、中華民国側にとって「勝利のシンボル」になった。だが、蔣介石が1949年末に中華民国政府を台北に遷(うつ)したとき、米国は台湾海峡を防衛する決断をしていなかった。アメリカの西太平洋の防衛線は、沖縄からフィリピンのラインに引かれており、台湾海峡を通ってはいなかった。米国が台湾海峡防衛を決断したのは、1950年6月に朝鮮戦争が勃発してからである。東アジアに“冷戦”ならぬ“熱戦”が本格的に訪れたことで、台湾海峡は“自由主義反共陣営”と“共産主義陣営”の境界線となった。朝鮮戦争の後、停戦ライン(38度線)もまた、境界線となった。現在も、このふたつの境界線は、東アジアの軍事安全保障の境界線である。


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東アジア変動期に日本は何をすべきか

この20年で東アジアには中国の台頭、経済の一体化、北朝鮮の核開発など大きな変化が訪れた。日本の地位の相対的低下もそのひとつであるし、領土をめぐるナショナリズムの相克もまた際だった現象のひとつである。これは、朝鮮戦争後に形作られた東アジアの基盤が変動期を迎えている、ということだろう。

上にあげた金門島はすでに対立のシンボルではなく、多くの中国人観光客が訪れ、かつての軍事施設は観光資源となるなど、むしろ交流のシンボルとなってしまっている。東アジアの基盤の変動は、すでに対立の前線を溶解させるほどになっているのだ。

このような時代にあって、国力の大幅な増強が期待できない日本としては何をなすべきか。東アジア域内に限って言えば、38度線や台湾海峡をめぐる状況がどのようになることが日本の国益に最もかなうのか、ということを明確にし、それに至るさまざまなシミュレーションを重ねつつ、よりよいシナリオに至る外交努力を継続すべきだ。だが、そのためには国益観を明確にしなければならない。それは長期的には戦争や地域秩序の不安定化を防ぎつつ、経済活動を円滑に行いうる環境を維持し、今後とも豊かさを享受し、国家イメージを高めていくことだろう。

中国には「剛柔」織り交ぜた対応を

日本や東アジアの将来を考える上で、米国とともに中国の存在が重要となることは言うまでもないし、中国への対応を誤れば国益を損なうことになろう。その中国は対外政策の基本を、長い間「発展(経済)」に置いてきたが、この5年ほど「主権」「安全(保障)」をここに加えた。それもあり、昨今は経済を犠牲にしてでも、主権問題にこだわりを見せるようになった。すでに大国である中国が、周辺諸国と緊密な経済関係を持ちながら、それを武器にしつつ主権や安全保障の問題で強硬な姿勢をとろうとするとき、日本としてどう対応すべきか。「剛」に「剛」で挑み続ければ長期的には戦争の危機は回避できず、「剛」に「柔」だけで応じれば、やがて寄り切られるかもしれない。おそらくは「剛柔」織り交ぜた対応をするしかないのであろう。そのためにも、国益観を見定めた緻密な姿勢が求められる。

(2012年8月7日 記)

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    nippon.com編集企画委員。東京大学総合文化研究科教授。中曽根平和研究所研究本部長。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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