JR東海の賭け、安倍首相の夢—「次は米国にリニア新幹線を走らせる」
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高度に都市化した日本の東海道回廊を突っ走る東海道新幹線。その混雑解消のバイパスとして、「リニア中央新幹線」の工事が始まった。建設・運営主体の東海旅客鉄道(JR東海)は今後、状況の似ている米国の北東回廊へのリニア早期導入を強力に働き掛ける方針だ。
中央新幹線は大きな賭け
JR東海が12月17日に着工した「リニア中央新幹線」は南アルプスの直下を横断するルートで、東京(品川)―名古屋間(286キロ)を最短40分で結ぶ。同社が総工費5兆5000億円全額を負担し、2027年に開業する予定。太平洋岸を走る現在の東海道新幹線(88分)の半分以下に短縮される。45年には名古屋―大阪間も完成させ、東京―大阪間438キロを同67分でつなぐ計画だ。延伸分を含めた総工費は9兆円。
超電導磁気浮上式リニアモーター推進鉄道(リニア新幹線、英名JR-Maglev)は、既存の鉄道のように車輪とレールとの摩擦を利用して走行するのではなく、車両に搭載した超電導磁石と地上に取り付けられた超電導コイルとの間の磁力で車体を10センチ浮上させ、時速500キロで超高速走行する世界初の日本独自技術を採用している。
JR東海の葛西敬之代表取締役名誉会長によると、「リニアの開発を決意した理由は東海道新幹線の輸送能力が限界にきていることや、大地震などの災害で東海道新幹線が寸断し、マヒ状態になった時の代替路線が必要と考えたから」だという。
リニア中央新幹線は巨額プロジェクトだ。それを1社で負担できるのも、開業50周年を迎えた東海道新幹線が初年度から黒字を続けている上、バブル崩壊によるゼロ金利で借り入れ負担が大幅に軽減したことが大きく寄与した。「東海道新幹線より700円多い料金をもらえれば十分やっていける」(葛西名誉会長)と強気なのはそのためだ。ただ、いつ何が起きるか分からない不確実性の時代だ。プロジェクトが大きな賭けであるのは否定できない。それにしても、同社の意気込みにはひとまず敬意を表しておきたい。
安全性を担保した高速システム
1825年に英国北東部で、世界初の蒸気機関車「ロコモーション号」が600人の乗客を乗せた車両を引っ張り、19キロの距離を約2時間かけて走ってから間もなく200年。欧州は、今も鉄道建設の基本は19世紀に築いた在来線鉄道網という遺産を使いながら、新しいものを継ぎ足していくやり方を踏襲している。しかし、日本の新幹線軌道には貨物列車も鈍行列車も走らない。
平面交差の踏切のない、高速旅客列車だけが広軌の専用軌道の上を走り、速度を制御する自動列車制御システム(ATC)によって衝突の可能性を排除した2つの仕組みが、安全性を担保した高速鉄道システムの確立を可能にした。こんな国は世界にはない。
そして今度は全く新しいリニア新幹線技術の完成である。「これから新しい鉄道を作ろうとする地域においては、初めから新しい仕組みを導入するほうがいい国がたくさんあるのではないか」(葛西名誉会長)。そうした国に日本型高速鉄道システムを普及させていくことを目指す方向を打ち出した。今年4月に、一般社団法人国際高速鉄道協会(宿利正史理事長、東海などJR4社が加盟)を設立。本格的な海外展開に乗り出したのだ。
売り込みの照準は米東海岸の“北東回廊”
日本が照準を当てているのが米国内で乗客数、列車運行本数が最も多い鉄道路線「北東回廊」(ワシントン―ボルティモア―ニューヨーク―ボストン間約730キロ)。大半の区間はアムトラック(全米旅客鉄道公社)が所有・運行し、米国で唯一の高速鉄道「アセラ・エクスプレス」も走らせている。
しかし、北東回廊のような、高度に都市化された地域は既に道路は渋滞し、飛行機がこれ以上飛ぶ余地もないのが実態。もう1つ空港を作ったり、もう1本高速道路を作るのも資金がかかり過ぎ、必ずしも問題解決にならない。詰まってしまった冠状動脈が体全体の血液の循環を悪くしているのと同じ状態だ。
そこで日本型高速鉄道システムの出番である。「都市化された地域の基本インフラに対するバイパスとして高速鉄道を作れば、インフラの改善につながるし、米国にとっても使い勝手がいいはず。われわれにとっても、時間価値の高いお客さんが密集している北東回廊は魅力的だ」と葛西名誉会長は指摘する。オバマ政権は高速鉄道計画を推進しており、日本としては移動価値の高い北東回廊にリニア新幹線を導入したい考えだ。
JR東海は、米南部テキサス州では新幹線の売り込みを図っている。ダラス-ヒューストン間約360キロに東海道新幹線の海外版「N700‐1 Bullet」を走らせることを狙っている。周辺人口も約600万人と多く、新設のため在来線に乗り入れる必要もないなど条件が整っている。民間企業の「テキサス・セントラル鉄道」が計画している高速鉄道建設計画に技術提供する話が進んでおり、「意外と早く動く可能性がある」(葛西名誉会長)という。
リニア技術を無償提供、建設費も半分拠出
安倍首相も成長戦略の一環として2014年4月、オバマ米大統領との首脳会談で、北東回廊のうち、早期開業が計画されているワシントン―ボルティモア間66キロに超電導リニアの技術を無償提供する考えを表明、トップセールスに乗り出した。安倍首相は建設費の半分に当たる50億ドルの拠出も表明するなど積極的だ。
問題は、中間選挙での民主党大敗北でオバマ大統領の指導力が低下していること。財政赤字に苦しむ米国が、巨額の建設費用のかかる高速道路建設に踏み切るかどうかは不透明だ。
高速鉄道計画を持つ国は米国、オーストラリア、マレーシア、インドなどかなりの数に上るが、日本の新幹線の輸出実績は2007年開業の台湾高速鉄道のみにとどまっている。タイは政変で計画自体がとん挫したほか、ベトナムは凍結になった。リニア新幹線で現在実用線として運行されているのは中国・上海トランスラピッド(浦東空港―龍陽路間約30キロ)ぐらい。技術供与したドイツ自身は、2006年に実験線で衝突死傷事故を起こした結果、11年に開発を終了してしまった。こんな中で、実用化実績のないJR東海が説得力を持ったリニア売り込みを行えるか、いささか不安だ。
「高速鉄道は、売り込めば売れるという簡単なものではない。しかし、米国の場合はそれを必要としているし、われわれはそれを持っている。日本と米国は経済的にも安全保障面でも同盟国だという関係から見ると、これは必要であり、いずれ実現するのは間違いない」と葛西名誉会長は強調する。これほどの信念や執念がなければ、夢もかなわないことだけは確かだ。
(編集部・長澤 孝昭)
カバー写真:リニア新幹線の試乗を終え、新型車両「L0 (エルゼロ)系」の前で記念撮影する親子=2014年11月13日、山梨県都留市(時事)