工業用製品がおしゃれなマスキングテープ「mt」へ大変身
Guideto Japan
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始まりはハエトリ紙
剥がしてしまえば、ただのゴミ。建築現場で使用される殺風景で無機質な工業用製品にすぎなかったマスキングテープが、暮らしを明るくカラフルに彩る「mt」に変貌を遂げた。鮮やかな変身劇を演じたのは、粘着テープの老舗メーカー、カモ井加工紙だ。
創業は1923年。強力な粘着力でハエやネズミを捕獲する「カモ井のハイトリ紙」から事業を興し、一貫して粘着商品の研究を続け、工業用シーリングテープで高いシェアを誇ってきた同社は、2007年、初めて自社製品が持つ「とんでもない価値」に気付かされる。
「マスキングテープの大ファンだという女性3人から『製造現場を見たい』と熱心に依頼されたので、本社工場のある倉敷まで来ていただいたんです」と営業部コンシューマー課課長の岡本直人さんは振り返る。「皆さん、ホームセンターで手に入れたマスキングテープをスクラップブッキングやクラフト雑貨作りにアレンジされていて、マスキングテープを『カワイイ』と言うんですね。製造工程を見学して、感動されていました。それまでは製品は建築卸に納入し、商品説明も職人相手にするだけで、一般のお客さまとの接点はゼロでしたから、そういう使い方や感想もあるんだと驚きました」
キレイに貼れて、簡単に剥がせる。和紙の風合いがいい。手でちぎれるので使いやすい。上から字が書けるのも便利。下地が少し透けて見えるのも面白い。自分たちの使い方を詳細に記したノートを手に、3人が口々に発するマスキングテープへの評価を、「そういうファンもいるのか」「珍しい使い方があるものだ」で終わらせずに、同社は「B to C」(対消費者ビジネス)の可能性に賭け、商品化に向けて動き出した。「mt」の快進撃の始まりだ。
「mt」ブランドで和の「プレミアム」20色
「mt」ブランドを2008年に立ち上げ、製品を開発するにあたって、同社は社外デザイナーを起用。新ブランド誕生のきっかけを作った3人のファンの声も取り入れて、同年11月に20色のマスキングテープを完成した。
幅は15ミリメートル。色は、萌黄(もえぎ)や臙脂(えんじ)など和の色を取りそろえた20色。色鉛筆のような繊細で優しい色合いのマスキングテープを、どこでどのように売るべきか。キーワードは「プレミアム」だ。
「まずは、『東京インターナショナル・ギフト・ショー』(パーソナルギフトと生活雑貨の国際見本市)に出展したところ、LOFTや東急ハンズから引き合いがあり、そこで扱ってもらうことになりました。ブランドのプレミアム感を訴求(そきゅう)するため、イベントや限定商品にも当初から力を入れています」と岡本さん。
テープではあっても、セロハンテープとは違う。3人のファンが熱く語っていたように、アレンジすることでオリジナリティーを演出できるツールだ。そのプレミアムな魅力と応用範囲の広さを伝えるために、同社は09年10月、東京・早稲田にある古い集合住宅の一画にあるギャラリーで第1回「mt ex展」を開催した。
展示内容は圧巻そのもの。床から壁、天井までをすべて「mt」でデコレーション、手作り感あふれる「mt」ワールドを作り上げた。
「来場者に『こういう使い方もできるんだ』と感じていただくためです。ここでしか買えない限定テープも発売して、プレミアム感を高めました」
展示を見て、かつて岡本さんや関係社員が3人のファンの感想を聞いた時と同様の驚きを感じた人は多かった。「mt」を使えば、自分の持ち物、部屋、暮らしがこんな風に変えられる。マスキングテープの自在な活用法は、デザイナーやクリエイターにとどまらず、口コミ、SNSなどで広がり、ファンの裾野を広げていった。
「貼って剥がす」へのこだわり
「mt」人気に火をつけた第1回の「mt ex展」以降も、同様の展示会が継続的に行われている。他にも、全国のステーショナリー、インテリア雑貨ショップなどで開催されるワークショップ付きのイベント、毎年3月下旬に倉敷本社で開かれる「mt factory tour」は常に大盛況だ。
今年で6回目を迎える「mt factory tour」では、2週間の期間中の来場者は約1万2000人。事前申し込みが必要で、抽選倍率は約3倍だ。テープの巻き取り・切断・包装までの工場見学、過去に発売された約3000アイテムもの「mt」製品展示、この期間だけの限定テープ発売など、特典多数の “イベント詣” はファンにとっては「聖地巡礼」の感覚なのだろう。
「mt」人気が加速するにつれ、競合製品も増えてきた。いまや「100均ショップ」でもかわいいマスキングテープが手に入る。だが、岡本さんはこう胸を張る。
「マスキングテープ売り場にはさまざまなメーカーの商品があふれていますが、『mt』は建築現場のような厳しい環境で使用されている工業用製品と同じ品質で作っています。薄くても強度のある和紙、しっかり貼り付くのにきれいに剥がせる粘着剤という相反する品質バランスが重要なんです」
「貼って剥がす」という本来の役割にこだわったクオリティーの高さと、年3回発売される新商品や限定品などバリエーションの豊富さは、海外のファンも魅了している。
「パリの展示会に出展したのを機に、ヨーロッパのセレクトショップやミュージアムショップで扱われるようになりました。アジアでは台湾での人気が高いですね。台北のほか、北京や上海、香港でもイベントを実施しています。ヨーロッパのファンは『mt』を “日本の文化” として捉え、和柄が人気。アジアは女性のファンが多く、ネコや花などかわいいデザインの人気が高いように感じます」
「マステ柄」のネイルも
「mt」は発売10年目を迎え円熟期に入っているが、3年前に発売した、壁や窓ガラスなどに貼るインテリア用のマスキングテープ「mt CASA」の人気が最近大きく伸びている。
「広幅のテープを貼る時にシワが入りにくいようフリース素材を使ったタイプもあります。こちらの予想以上に多様な使われ方をしていますね。『mt』を爪の形に切って貼り、上からコーティングしてマステ (マスキングテープ) 柄のネイルを楽しんだり、UVレジン(合成樹脂)を使ってアクセサリーに仕上げたり、お客様から新しい使い方を教えてもらうことが多いです」と岡本さん。
ファンが「mt」で作った作品はInstagramを中心にSNSでも活発に投稿されている。いろいろなモノにアレンジしたくなる、オリジナルを作りたくなる、そして人に見せたくなる。SNSの台頭にも支えられ、「mt」は文具の枠を超え、今や自己表現のツールになった。
(2017年7月14日 記)
撮影:木村 琢磨