ランドセル工房・土屋鞄製造所
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一枚一枚柔らかさの異なる革を縫う
体育館のような工房に入ると、目の前に赤・黒のランドセルがうず高く積まれている。「10本作ったら10人が満足するようなランドセル。日本で一番良いランドセルを作りたいと思ってやってきました」。土屋鞄製造所の創業者、土屋國男さんはデニムエプロン姿で現れた。とても78歳には見えない。「500本のうち1本のミスも許されません。買う人にとっては、1本がすべてなのですから」
創業51年目の土屋鞄では、150個以上のパーツを300以上の工程を経て組み立て、年間を通じてランドセルをつくる。
まずは、オリジナルの背あてから。ふっくら、でもピタッとフィットさせるために、クッション材には2種類のウレタンを採用している。ウレタンを革と合わせるのも手作業だ。特に背中には、通気性のいい天然のソフト牛革を使う。背あて部分にU字型の凹凸をつけるのは、子どもが汗をかいたときの蒸れを防ぎ、背負い心地を良くするためだ。
ミシンなどの機械は使うが、基本的には手作業だ。ランドセルに使う革は生き物なので、一枚一枚柔らかさが異なる。ゆえに、作業をオートメーション化するとかばんにゆがみが出てしまう。
目指すのは、しっかり使えて、形が崩れないランドセルだ。跳んだり、跳ねたり、走ったりするのは子ども社会では日常茶飯事。だから、マチがつぶれないように丈夫な芯材を入れる。横のベルトも補強テープをいれ、周りを縫い、丈夫に仕上げる。
それぞれの工程で縫い合わせる革の厚みが異なるため、ステッチの目幅や糸の太さを調節し、ミリ単位でずれないようにミシン掛けをする。ステッチのバランスが崩れるだけでとたんにやぼったくなるという。
子どもたちを6年間支え、12歳になっても飽きのこない、シンプルで、品格のある上質なランドセルは、思い出のうつわになる。
もう一度戻って買いにきてくれるときの喜び
今から51年前、土屋國男さんは27歳のときに、先輩たちの後を追って独立した。当初1人でスタートした工房は、決して順風満帆というわけではなかった。
初めは、工房で棚に並べて販売した。近所の口コミで噂が広がり、その中に、土屋鞄を一度見てからデパートや大手のランドセル売り場を5~6軒見て、戻って購入してくれる人がいた。「私たちは、本当に小さな店です。大手を見てから戻って買いに来てくださるのは、大きな喜びでした」と土屋さんは言う。
今では約180人の社員を抱えるまでになり、2002年からは、若手職人も採用しはじめた。現在、社員は20代から70代までで、平均年齢35歳と若手の姿が目立つ。土屋鞄では、企画、製造、販促から広報、販売や修理対応までを自社で行っている。先輩たちの匠の技と若手のセンスが、世代を超えて絶妙な音色を奏でている。最高齢の職人は、土屋さんと同じ78歳。孫とスノーボードを楽しむバリバリの現役だ。
手にとって、背負って、製造工程をみて選ぶ、オンリーワンのランドセル
来春入学用ランドセル公開(6月8日)の翌日、土屋鞄製造所・西新井本店(工房併設)は、平日の昼間にもかかわらず大勢の親子連れで賑わっていた。もうすぐ予約開始だが、昨年は、9月中旬には完売したという。
女子に人気のランドセルはラベンダー、茶とパープルもしくはピンクのコンビネーション。男子は、相変わらず黒が人気だ。ヌメ革のランドセルも、毎年好評だ。価格は、5万6千円~14万円(税込み、国内送料無料、海外発送なし)。土屋鞄では牛革ランドセルが人気だ。
店舗に直結している「工房見学スペース」では、子どもや親がランドセル製造工程の一部をじかに見学することができる。一つ一つ心をこめて作っている現場を見せることによって、ランドセルを大切に扱って欲しいという親心。職人にとっては、子供たちの顔を見ることでモチベーションや緊張感を持って仕事に励むことができる、そんな一角だ。
「お客様にとってランドセルを家族と一緒に選んだ時間が思い出深いものになればと、こだわりの空間づくりをしています。ランドセルを背負う姿を見ると、『子どもたちがここまで大きくなったんだ』と、親御さんたちも感慨深いようです」と広報の清野智子さんは言う。
大人ランドセル「OTONA RANDSEL」は、即日完売
ランドセル以外の大人向け革製品も販売している土屋鞄では、創業50周年を記念し、昨年大人の仕事かばん「OTONA RANDSEL」を発売した。「もともとランドセルは、箱型できれいに書類が持ち運べるし、背負い心地がいい」と広報の清野さんは言う。「つくりが良く、機能美をそなえたランドセルを大人向けにもつくりたいと、ずっと開発を進めていました。50周年を機に新しいことにチャレンジしようと2タイプつくったのです」。1つ10万円という価格にもかかわらず昨年と今年、4回の発売は、いずれも即日完売だった。
ランドセルは、日本の風土と文化に合わせて作られたカタチだ。最近では、海外でも、日本のランドセルが人気だという。それぞれの国の文化に合わせたスタイルで「ランドセル」が広まるとうれしい、と土屋さんは考えている。
カタログには「使うほどに増していくものへの愛おしさ、ものとじっくり付き合うことの豊かさを伝えたい」とある。土屋鞄の職人たちは、今日も工房でミシンを踏みつづける。
写真=大橋 弘 (「OTONA RANDSEL」以外の写真)
(バナー写真: 一つ一つしっかりと検品されるランドセル)