是正したい日中間の「知の落差」—毛丹青教授インタビュー

政治・外交 文化

中国で日本の文化や芸術などを紹介するムック本『知日』の日本語ダイジェスト版発行にあたって、主筆を務める神戸国際大学の毛丹青教授はnippon.comのインタビューに応じた。この中で毛教授は、日中間にはお互いを知ろうとする度合いに大きな差があると指摘すると共に、この「知の落差」は日中関係だけでなく、日本の経済発展にもマイナスになる可能性があると強調した。

毛 丹青 MAO Danqing

作家。神戸国際大学教授。1962年、中国・北京生まれ。中国社会科学院哲学研究所助手を経て、三重大学に留学。商社勤務などを経て執筆活動に。2011年日本文化を紹介する雑誌『知日』を中国で創刊し、5年間で300万部を売る。2016年3月、在日留学生が描いた日本の姿をまとめた雑誌『在日本』を創刊。村上春樹作品やドラえもんの翻訳も手がける。著書に『にっぽん虫の眼紀行』(法蔵館/1998年・文春文庫/2001年)などがある。

日本語ダイジェスト版『知日』を発行

毛丹青神戸国際大学教授は2015年1月20日、都内で『知日』編集長の蘇静氏、アートディレクターの馬仕睿氏らと共に、日本語ダイジェスト版『知日-なぜ中国人は、日本がすきなのか!』(潮出版社)の出版記念会見に臨んだ。毛教授はそれに先立ち、原野城治・nippon.com代表理事のインタビューに応じ、日本での『知日』出版の意義などについて語った。

毛教授はこの中で、中国での『知日』の発行部数が「毎号5~10万部」にも上っていると語り、日本に特化した雑誌発行の成功理由について「中国に反日は存在するものの、日本の文化や生活に強い興味をもつ若者が増えているからだ」と解説。さらに「政治は文化のひとつにすぎない」と指摘し、日中間の政治関係がよくないからといって、文化の交流までしないというのは間違っていると語った。

中国で日本文化に興味もつ若者が増加

『知日』出版記者会見。右から毛教授、『知日』編集長の蘇静氏、一人おいて、アートディレクターの馬仕睿氏

また、毛教授は、中国からの日本への観光客が大幅に増えているのに対し、中国を訪れる日本人観光客や留学生が減少していることを例に挙げながら、中国人が日本を知ろうとしているのに、日本人の方は逆に中国から目を背けていると懸念を表明。日本がIT(情報技術)分野で米国に差をつけられた理由についても、「日本が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』だと慢心し、米国への関心を失ったのに対し、(アップル社の共同設立者である)スティーブ・ジョブズ氏ら米国のIT企業家は日本文化にあこがれ、ジョブス氏は座禅までしにいくなど、日本への関心を抱き続けていたためだ」と語り、こうした日米の「知の落差」が今、日中間にも存在していると警告。日本人は自らの経済発展のためにも、もっと中国に関心を抱いてほしいと訴えた。

毛教授はさらに、中国で4年前に『知日』を出したときには「日本語で出版するとは少しも考えていなかった」と述べ、今回、ダイジェスト版を日本で出版するに至った大きな理由のひとつとして、日本の人たちに中国人が日本をどうみているのかを知ってもらい、(日本のためにも)「知の落差」を解消していきたいからだと語った。

日本語ダイジェスト版『知日』には、中国のノーベル文学賞作家、莫言氏や中国企業となったレノボの魏江雷副社長ら中国人有識者7人の日本旅行記も含まれている。毛教授とのインタビューの主な内容は以下の通り。

「潮目は東京五輪招致決定で変わった」

原野 『知日』の日本語ダイジェスト版の発行の狙いは何ですか。

『知日』日本語ダイジェスト版

 大きな転機は東京オリンピック・パラリンピック招致が決まった2013年秋で、「おもてなし」のプレゼンテーションで変わった。それまでは、中国や韓国嫌いといった本が書店に多かったが、「日本は素晴らしい」、「日本語は美しい」、「ほかの民族より優れている」といった本があふれ出した。それを見て、思った。外からの目線で、こびることもなく、けなすこともなく、等身大の感覚で日本の姿を見ていく、そういうことを日本の人に伝えたいと。

もう1つは、「知」の構築を日中両国の若者同士で是非ともやってほしいということ。政治がうまくいかなくなると、文化すべてを否定するかのようになる。しかしそれは逆。政治は文化のひとつに過ぎない。政治に問題があっても、文化全体を否定するのはよくないと。

原野 日本の若者は最近、中国のことを知ろうとしないし、中国へ行きたがらない。一方で中国では、反日はあるが、日本への旅行者は増えている。中国の日本への留学生の数も増えている。違う状況が(日中間に)起きている。

 お互いを「知るレベル」がずれてくると、10年、20年経つと大変なことになる。いい例が日米関係だ。1950、60年代、日本には米国へのあこがれがあった。しかし、米国からみた日本はたいしたことがなかった。日本のことを知ろうとはしなかった。しかし、高度経済成長のおかげで、日本は79年に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」になった。日本は米国を知り尽くした結果、勝った。ある有識者は、これを「知の落差」といった。

しかし、80年代に入ると、この状況は逆転した。スティーブ・ジョブズの「自伝」を読むと、なぜ日本からiPhone、iPadが出てこなかったのかわかる。そこには、東洋的な精神があったのに、なぜ日本にそうしたものができなかったのか。それは、相手を知ることの衰えだと思う。「知日」の試みは、そういう意味でのメッセージだと思う。お互いをよく知らなければ、バランスがとれなくなってしまうということだ。

浸透していないクールジャパン

原野 最近の日本は、出版物や、テレビの番組を見ていると、「自信喪失」から「自信のある国」に急に変わっている。「自虐」から「自慢」へと。

 その通りだと思う。極端から極端へ。平常心を持たなければいけない。NHKの世論調査によると、「日本は素晴らしい」という回答は6割になっている。1983年ごろにも同じ状況があった。当時はバブル崩壊前で自信のある時だった。しかし、今は「失われた20年」のあと。急がずに、平常心であるべきなのに、(そうでない日本は)精神状態がもろくなってきたような気がする。

『知日』のコンセプトは、日本文化を中国の智恵にしようというもの。日本のいいところを取り入れ、知恵を豊かにすること。このメッセージを日本の方々に伝えたい。

原野 クールジャパンがもてはやされていますが、アニメやマンガは本当に世界に浸透しているのだろうかという疑問がありますね。

毛丹青神戸国際大学教授(左)と聞き手の原野城治nippon.com代表理事

 まったく、その通りです。世界的にみたらアニメやマンガはそれほど上手に浸透していないのが実情ではないかと思う。クールジャパンは官僚の仕事だったのかもしれないけれど、アニメを商品として単純に輸出するだけでは間違っている。クールジャパンを受け入れる土俵を作るべきだと思う。大きな視野で、息の長いスパンで考えないといけない。

『知日』は若者向けでビジュアルを大事にするとともに、文字も小さくした。年寄り向けではなく、若者たちに圧倒的な力を向けていくことを考えた。日本でも、是非、中国文化を知り尽くしたいという若い人が出てほしい。

カバー写真=インタビューに応える毛教授

日中関係 中国 毛丹青