同一労働同一賃金:実施に向け問われる労使の「覚悟」
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2017年3月28日に政府の働き方改革実現会議で「働き方改革実行計画」(以下、「実行計画」と呼ぶ)が決定された。本稿ではこれまでの経緯、「実行計画」の評価、今後の課題について述べてみたい。
安倍政権の労働雇用政策:成長戦略から「労働保護」へ転換
16年9月に発足した「働き方改革実現会議」の前身は、15年秋に発足した「1億総活躍実現会議」であった。安倍政権が本格始動した13年初めからの2年半においては、雇用労働政策においてもアベノミクス3本の矢の1つである成長戦略の文脈で語られることが多かった。一方、新3本の矢とともに「1億総活躍国民会議」が始動してからは、政権の重点が成長戦略的な視点から選挙をより意識した視点へシフトしてきたことが重要である。
つまり、労働組合側や野党も反対できないような労働保護の政策を掲げ、実行していくような「抱きつき」戦略である。その中で、「1億総活躍国民会議」では当初は子育てや介護の議論が中心であったが、16年初めの安倍首相の施政方針演説では働き方改革、中でも、「同一労働同一賃金」検討へのコミットメントが突如表明され、驚きを持って受け止められた。
会議体はその後「働き方改革実現会議」に受け継がれ、当初は検討項目として9つの分野が提示されていたが、半年程度の検討期間という制約の中で、実質的には「同一労働同一賃金」と「長時間労働抑制」の“二枚看板”で検討を進めたといえる。
残業上限抑制:トップダウンによる「歴史的改革」
「実行計画」では、9分野が検討された結果、11の分野で具体的な対応策が提示されている。その中で最も重要な成果は、罰則付き時間外労働時間の上限規制の導入である。日本の場合、労働者の総労働時間は1980~90年代と比べてもかなり減少しているが、これはパートタイム労働者の増加によるものであり、フルタイム労働者の労働時間はほぼ横ばいであるなど他の先進国と比べても長時間労働が深刻であることは変わっていない。
労働基準法では週40時間を超えて働かせることを禁止しているが、その場合でも労使の間でいわゆる36協定と呼ばれる労使協定を結べば、時間外労働が可能な仕組みとなっている。問題なのは、この協定で可能な時間外労働は原則、月45時間、年360時間以内と定められていたが、これは法律ではなく厚生労働大臣の告示による定めであり、罰則などの強制力がなかった。また、労使が特別条項に同意すれば上限なく時間外労働が可能であるなど、実質的に「青天井」の状況が続いてきた。
今回、時間外労働が可能な時間の定めを法律に格上げするとともに、罰則による強制力を持たせるとともに、労使協定を結ぶ場合でも上回ることができない時間外労働時間を年720時間以内と定めた。また、欧州連合(EU)で義務化されている勤務間インターバル制度(終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息を確保させる制度)も努力義務を課すという方針を示した。
四半世紀の間、長時間労働の是正が叫ばれてきたにもかかわらず、政府として実効ある対応がなされてこなかったことを考えるとこれは歴史的な改革といっても過言ではない。これは今回、雇用・労働制度を首相も含めて大所高所から議論する会議体に初めて労使(経団連、連合)のトップが加わった、トップダウンによる意思決定が重要な役割を果たしたといえよう。
同時に迫られる人事管理制度の変革
ワーク・ライフ・バランスの必要性が認識される中で長時間労働是正が進まなかったのは、労働側に長時間労働を黙認せざるを得ない要因があったことも見逃せない。まず、残業代が恒常的な生計費の中に組み入れられてきたことである。第2は、長時間労働が常態化すれば不況期でも残業時間を減らす余地が生まれ、解雇されにくくなるという利点である。また、日本のような新卒一括採用・長期雇用を前提としたとしたメンバーシップ型の雇用システムの場合、自己犠牲を伴う長時間労働は企業への忠誠やコミットメントとして捉えられ、高い人事評価につながるとの見方が支配的であったことは否めない。
従って、提案された改革は長時間労働是正の大きな一歩になることが期待される一方、労働時間の長さで評価されたり補償を受ける人事管理制度・考え方を、同時に変えていくことも必要であろう。また、現在の管理職よりも労働時間規制の適用除外を広げようとする高度プロフェッショナル制度も法案が国会に提出されているが、野党からの反対を恐れ審議に入れない状況が続いている。今回の時間外労働の上限規制が導入されれば、反対理由であった長時間労働への懸念は小さくなる。所得要件など外し、より包括的な制度導入を目指すべきだ。
同一労働同一賃金:日本の雇用システム転換も
「実行計画」のもう一つの目玉は、同一労働同一賃金などの非正規処遇の改善である。正社員の最重要課題が長時間労働であれば非正社員のそれは処遇格差であり、この問題に踏み込んで結論を出したことはやはり評価すべきであろう。一方で、提言が機能するために前提となるハードルはかなり高いことも認識すべきだ。本稿では、特に、同一労働同一賃金のガイドラインについてその特徴と課題を述べてみたい。
まず、日本の場合は、正社員の賃金が欧米のように賃金が職務で決まる職務給ではなく、職務が同じでも職務遂行能力が高まれば賃金も高まる職能給の性格が強い一方、非正社員であれば職務給という性格が強い。このため、年齢が高まれば両者の格差は更に拡大し、日本の場合は、同一労働同一賃金を適用することは難しいと考えられてきた。この中で、「実行計画」はあくまで同一労働同一賃金という考え方をできるだけ重視する、言い方を変えれば、同じ処遇にすることのできる部分を取り出したり、明確化することでできるだけ同じ処遇をする理念が貫かれている。
例えば、各種手当や福利厚生、教育訓練などは条件、事情が同じであれば同一の扱いをすることをかなり広い項目にわたって明らかにしている。実務的には会社の業績に応じてボーナスを出す場合、必ず非正社員にも支払わなければならないなど大きな対応を迫られそうだ。こうした取り組みが徹底されれば、非正社員の処遇はもちろん改善されるが、一方で企業はその原資をどう手当てするかという問題が出てくる。収益への中立的な影響を仮定するのであれば、正社員の処遇はむしろ低下せざるを得ない。しかし、そうした「不都合な真実」が国民に十分伝わっているとは考えにくい。
ガイドラインの中で最も問題含みであるのは、基本給における同一労働同一賃金である。基本給が職務、職業能力、勤続年数などの要因で「因数分解」できることを前提に、それぞれに対応する部分で実態が同じであれば同一の支給を求めている。しかし、日本の正社員の賃金システムは前述したように表では職務遂行能力に応じた賃金決定を想定しつつも、ライフサイクルや家族扶養に関連した生活給的な性格が強く、上記のような要因分解を行うことは至難の業のはずである。もし、本気でこれに取り組むとしたら、単に非正規処遇の改善に止まらず、正社員の賃金システム、ひいては日本の雇用システムの「革命的転換」を意味することになる。まさに労使の覚悟が問われているといえよう。
以上の2つの目玉分野に比べ、他の分野、特に、子育て・介護、女性・若者、外国人材、高齢者などの分野は、時間切れで既存の方針、対策が並んでいる状況は否めない。その中で、柔軟な働き方がしやすい環境整備として、テレワーク、兼業・副業などを取り上げ、今後、更に検討を深める道筋を作ったことは評価できる。その際、テレワークや兼業・副業も、実は制度設計の中に長時間労働を抑制していく仕組みをいかに作るかがポイントとなってくる。情報通信技術(ICT)を活用した労働時間の正確な把握などが課題となろう。
生産性向上とセットの改革を
以上、「実行計画」は、これまで難しいと考えられてきた雇用・労働問題にまさに「風穴」を空けるような成果を挙げたことは間違いない。その一方で、全体としてそれぞれの分野がどのように連関して、どのような雇用システムを目指しているのか、今後の大きな方向性や全体像は必ずしも明らかになっていない。個別分野で部分均衡的な改革を積み上げても、それが相互に波及し、全体として大きなうねりを起こさない限り、所期の目標を達成することは困難であろう。
「実行計画」が必ずしも十分フォーカスできなかった視点としては、成長戦略の一環としての生産性を高めるための働き方改革がある。長時間労働是正、非正規処遇改善も個々の働き手の時間当たり生産性向上とセットで行われない限り、経済のどこかにひずみやマイナスの影響を与えることになる。先に述べたようなICTを活用した柔軟な働き方導入や、ジョブ型正社員のデフォルト化を目指した人事管理の刷新が重要である。また、労働移動に伴う生産性向上の視点も忘れてはならない。現在、厚生労働省の検討会で議論されている解雇無効時における金銭救済制度導入や転職・再就職への抜本的な支援なども含めた、真の働き方改革実行計画へバージョンアップされることを望みたい。
バナー写真:連合主催の第88回メーデー中央大会であいさつする連合の神津里季生会長(右)=2017年4月29日、東京・代々木公園(時事)