日本の教科書制度と歴史教科書問題

分断された記憶:歴史教科書とアジアの戦争

政治・外交 社会

日本の歴史教科書は、海外から指摘されるように愛国主義的なのだろうか。しかし、日本、中国、韓国、台湾、米国の歴史教科書を徹底比較したスタンフォード大学の「分断された記憶と和解」プロジェクトによれば、そうした一般的な見方には根拠がないという。

日本の歴史教科書とその戦争記述は過去30年間、ずっと国際社会の論争の的になってきた。日本の歴史教科書に批判的な日本国内外の人々に言わせれば、日本の教科書はアジア太平洋戦争の開戦に対する日本の責任や、日本軍がアジアの占領地にもたらした苦難、連合国との戦闘中に行った犯罪行為への認識が欠けている。日本の教育当局が、検定によって学校で使用できる教科書を決定し、教科書の内容や表現を改めさせていることが、日本の愛国主義的傾向を示す証拠だという。最も重要なのは、日本の教科書が自国の過去について若い世代に正しく教えていないと見られている点である。

こうした見方に実体が伴わないわけではない。日本の歴史教科書は日本の植民地支配、特に韓国統治について詳しく教えていない。また、日本軍が性労働のために女性を強制連行した、いわゆる「従軍慰安婦」など戦時中のより微妙な問題を避けたり軽んじたりする傾向がある。さらには、保守的な修正主義者とその政治的な勢力からの圧力を背景に、文部科学省の教科書検定は日本の侵略の記述を穏便なものにしようとしている。

しかし、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター(APARC)の「分断された記憶と和解」プロジェクトは、とりわけひどいと見なされてきた日本の歴史教科書に対する見方を根本から覆した。この研究は申基旭(Gi-Wook Shin)教授と筆者が主体となり、戦時中の歴史の記憶がいかに形成されるかをより深く理解するため、複数年にわたって調査したものである。研究はまず高校の歴史教科書の分析から始め、次いで大衆文化、特に映画の役割、さらに過去の戦争についての認識を形成する上でのエリートの役割を検証した。プロジェクトの重要な点は、主に中国と韓国、それに米国など太平洋戦争の主要当事国と日本を比べる比較研究のアプローチを採用したことである。

プロジェクトの検証手法

歴史教科書の研究では、異論が多く使用頻度の低い教科書に偏らないように努めた。プロジェクトは、日中戦争の開始から戦後間もなくまでの期間(1931~51年)に焦点を絞り、中国、台湾、韓国、日本、米国それぞれの教育課程で最も一般的に普及している高校の世界史と自国史の教科書、および大学受験用教科書(エリートの意見形成を重視するため)を比較分析した。研究チームはこれらの教科書を翻訳し、盧溝橋事件や日本への原爆投下などを含む8つの主な歴史問題の記述を抜粋して比較した。それにより、学者や専門家、メディアは、歴史的記憶が教育課程の中でどのように構築されるのかを初めて実際に比較することができた。また、研究は、日本で使われている歴史教科書のみならず、各国における教科書の役割への理解の幅を広げる役目を果たした。(※1)

教科書の選択については2つの基準を用いた。ひとつは、最も広く使われている高校の自国史、世界史の教科書を選ぶよう努めた。政府が教科書の使用状況のデータを発表している国・地域(日本、韓国、台湾)については、それに基づいて選択した。中国は、最近まで教科書出版は1社にしか許可していなかった。また、米国の場合、国の機関によるデータがないため、全米の高校に補助教材を作成、配布している「国際・異文化教育に関するスタンフォード・プロジェクト(SPICE; Stanford program on International and Cross-Cultural Education)」の助言に従い、出版社のデータとカリフォルニア州の教科書使用状況に関するデータに基づいて教科書を選択した。日本については、高校での使用率が極めて高い山川出版社の歴史教科書を選んだ。「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書は、国外では注目を集めているが、日本の学校での普及率が1%を大きく割り込んでいるため、比較分析の対象から外した。

2番目の基準は、入手可能な場合、米国教育課程のアドバンスト・プレースメント(飛び級)レベル用の教科書と同等レベルの大学受験用教科書も対象に加えたことである。これは、エリート教育に使われる可能性の高い教材を分析に含めるためである。米国の場合、米国史と世界史を1組として2組の教科書セットを選んだ。1組は一般的なクラスで使われるものだが、もう1組(World Civilizations: The Global ExperienceThe American Pageant: A History of the Republic)は、アドバンスト・プレースメント・レベルのクラスでよく使われている。日本の場合は東京書籍が出版している歴史教科書、また韓国では金星出版社(Keumsung Publishers)の歴史教科書がこの米国のアドバンスト・プレースメント・レベルに相当すると判断した。

プロジェクトの進行過程で、研究者らは中国と台湾の教科書が大幅に改訂されていることに気付いた。改訂後の新教科書はまだ導入され始めたところで、全ての学校に行き渡っていなかったが、中国、台湾とも新教科書では戦争の記述が大幅に改訂されていた。プロジェクトはこれらの「新」「旧」教科書を翻訳、抜粋し、興味深い国内(域内)比較の成果も得た。

日本の教科書は事実重視で愛国的傾向が薄い

本研究が明らかにしたのは、日本の教科書が、アジアや米国のメディアが抱いている共通のイメージとはかなり違うということである。日本の歴史教科書は愛国主義的であるどころか、愛国心をあおることが最も少ないように思われる。戦争を賛美せず、軍隊の重要性を強調せず、戦場での英雄的行為を語ってもいない。物語的な記述をほとんど省いた、無味乾燥ともいえる年代記となっている。

日本の教科書(満州事変に関して記述したページ)

日本の教科書は、このやや抑えた論調で慎重に書かれている。ひとつは露骨な解釈を避けるためだが、教科書が大学受験に備える生徒用であることも影響している。それでも日本の教科書は、やや間接的ではあるが、明確なメッセージを伝えている。アジアでの戦争は日本の帝国主義的拡張の産物であり、対米戦争の決定は、日本とその国民に甚大な犠牲を強いる悲惨な過ちだったというメッセージである。実際、その基本的な論調があったからこそ、修正主義者の批評家らが、近代日本に関するいわゆる「自虐史観」を修正しようと、独自の教科書を執筆したのである。

一般通念とは違い、日本の教科書は最も微妙な戦争記憶の一部を避けていない。広く普及している教科書には、詳しく述べられてはいないものの、1937年の日本軍による南京虐殺の記述が含まれている。(※2)また、一部の教科書には、「慰安婦」を徴用して戦時中の慰安所で働かせたとの記述を含め、日本の占領地における労働者の強制連行も記載されている。(※3)明らかな欠落は、朝鮮半島における植民地統治の記述がほとんどないことである。

歴史教育が担う国民の帰属意識増進の役割

韓国の教科書(日本の植民地統治下における経済に関して記述したページ)

歴史教科書は、そもそも最初から「国民のアイデンティティ(帰属意識)の増進という役割を担っている」。そう指摘するのは、スタンフォード大学の歴史学者で、本プロジェクトの寄稿者のひとりでもあるピーター・ドウスである。(※4)この意味で日本の教科書は、自国史について愛国主義的叙述を行うというその使命において最も抑制的であるとドウスは言う。対照的に、他の東アジア諸国の大半は国の学習指導要領で、民族の誇りと国民のアイデンティティの増進を歴史教育の基本的役割としている。これらの国の歴史教科書で語られる「戦争物語」は、明らかにそれだけを意図しているとドウスは指摘する。

民族の誇りを強調することは時に奇妙な歪みを生む。その顕著な例が韓国の教科書である。高校生に教えられる戦時中の叙述は、もっぱら日本の植民地統治下での人々の苛酷な体験と抵抗運動である。日本が戦争遂行のために朝鮮の人々をますます強制的に動員するようになった大きな背景、すなわち日中戦争の泥沼化と1942年以降の米国による反撃の激化などは書かれていない。韓国の教科書は1937年の日中戦争勃発や真珠湾攻撃にはほとんど触れておらず、政府発行の主要教科書には、広島、長崎への原爆投下の記述も全くない。

中国の教科書は最も愛国主義的

中国の教科書(日中戦争の開戦に関して記述したページ)

中国の教科書は最も愛国主義的に、かつイデオロギーに基づいて戦争を描写している。10年前まで使われていた教科書では、戦争の記述といえば常に中国、特に中国共産党による英雄的な抗日軍事作戦と決まっていた。太平洋での戦闘や連合国の果たした役割への言及はほとんどない。原爆投下が戦争終結に果たした役割についてはわずかに触れるのみで、日本軍に対する毛沢東の総攻撃の呼びかけと1945年8月のソ連の対日宣戦布告が決定要因とされている。この記述によれば、抗日戦争の勝利が、中国の権利と利益を無視した外国の帝国主義勢力による恥辱の1世紀を終わらせ、世界の主要国としての中国の歴史的地位を復活させたということになる。

人民教育出版社が発行する中国の教科書は、2002年に大幅に改訂された。改訂版の教科書は徐々に自国に関する記述を増やし、戦時の叙述は明らかに愛国的傾向を強めている。旧版は国共内戦に焦点を当て、日本の侵略に対する抗日運動の最前線に立ったという共産党の主張を支持していた。新版では、抗日における国の一体感を強調し、国共内戦の話は抑えている。南京虐殺は、国民党が主体となった戦闘であることが不都合だったため、旧版では抑制されていたが、新版は大きなページを割いて、日本軍の残虐行為を生々しく描写している。

台湾の教科書(日本の植民地統治下での皇民化運動に関して記述したページ)

長く使われてきた中国の旧版教科書は、古典的なマルクス主義史学を固く守り、戦争は資本主義の危機の必然的帰結として、また、ソビエト連邦および中国の共産党支持者が率いるファシズム抵抗運動として描かれていた。改訂版は、海外からの侵略に対する国の抵抗運動の話を強調し、冷戦の記述をほとんど落としている。例えば、2002年改訂版は、日本の中国侵略に至る出来事を記述する中で、1920年代以降、日本がアジアに野心を抱いていたことを示す証拠として、いわゆる「田中上奏文」を広く引用している。この時期に日本がアジアへの侵略的野心を抱いていたことは間違いないが、欧米と日本の近代史学は、「田中上奏文」を偽文書と見なしている。

米国の教科書、原爆投下の賛否両論を併記

意外に思う人もいるだろうが、米国の教科書にも戦勝に酔ったような叙述がある。米国で最も広く使われている教科書「アメリカン・ページェント」は、米国が世界的大国へと成熟する上で戦争が決定的な転換点になったと書いている。戦前、米国人は外の世界から逃避し、現実を直視しない孤立主義に閉じこもっていた。だが、真珠湾攻撃によって、国際的な無政府状態の中では孤立主義でいられる可能性がないことに気づいた。そして、真珠湾攻撃によって強まった米国人の結束と、それと同じく重要な米国の経済力が、ファシズム、独裁政治、軍国主義に対するグローバルな闘いに勝利をもたらした、としている。

米国の教科書(真珠湾攻撃に関して記述したページ)

米国の教科書は、日本を貪欲な侵略者として、そして米国を日本の不当な裏切りによる罪なき犠牲者として明確に描いている。世界史の教科書は、日中戦争および真珠湾攻撃に至るまでの日米間の緊張の高まりなど、太平洋戦争開戦の状況をより詳しく記述している。一方で、主な米国史の教科書は、アジアでの戦争を無視する傾向があり、戦争は真珠湾攻撃によって始まり、原爆投下によって終結したと述べている。しかし、米国の教科書は、原爆投下の決定をめぐる賛成、反対の立場を学生に伝えようと努めている。この賛否両論の併記は他のアジア諸国の教科書には見られない。(※5)

米中の教科書に見られるアプローチの一致

米国の教科書には、中国の教科書のアプローチと奇妙に一致する部分がある。戦争の勝利が米国を世界の超大国に押し上げたと強調している点である。この「戦争物語」によると、戦争の勝利が戦後のソ連ブロックとの冷戦につながったが、米国人は孤立主義と宥和政策の危険性を悟り、共産主義の脅威との新たな戦いに、世界の大国となった自らの立場を使おうと決めたとされる。

米国の教科書は、中国ほど露骨に愛国主義的な言葉を使っていない。だが、中国の教科書が共産党の勝利を支持するのと同じように、自国の冷戦政策を支持している。「アメリカン・ページェント」の戦争描写は、トルーマン大統領とアチソン国務長官からニクソン大統領とキッシンジャー国務長官まで、米国の外交政策の原則となってきたリベラルな国際主義と保守派の介入主義のいずれとも矛盾がないように書かれているのだ。そして、米国の大衆文化とほぼ同様に、第2次世界大戦を「善い戦争」とたたえている。

抑制的な日本の教科書、“平和主義”定着の反映

日本近代史を専門とする著名な歴史学者であるドウスは、日本の教科書のトーンを「抑制的、中立的、ほとんど無味無臭」と表現する。中国、韓国、米国の戦争記述の愛国主義的情熱とは極めて対照的である。このことは、日本の教科書について、めったに使われない修正主義的教科書の内容と広く普及している教科書の内容を混同した見方をしている人々には驚きかもしれない。

ドウスが指摘しているように、日本の教科書に戦争をたたえるような記述がない最大の理由は、「日本が戦争に負けた」からである。(※6)同じように重要なのは、どの日本の教科書にも、戦後の日本が戦争をどう解釈するかについてのコンセンサスが見られない点だ。歴史についての意見対立の幅が小さい中国、韓国、米国とは異なり、日本では今も戦争の記憶の形成をめぐる戦いが続いている。日本がアジア太平洋地域で侵略戦争を行ったとする国民の多数派の認識に、今も異議を唱える勢力が存在するのだ。それでも、日本の一般的な戦争記述は、欧米帝国主義に抵抗する自由の戦いではなく、決して繰り返してはならない軍国主義の破滅的な戦争として描かれている。

日本の教科書が戦争描写を抑制していることは、戦後の平和主義が根付いていることの反映である。「戦争によって、中国の恥辱の世紀と米国の孤立主義は終わったかもしれないが、同時に国の誇りは軍事力によってしか保たれないという日本人の幻想も終わったのだ」とドウスは言う。

異なる歴史認識の和解への道

このように、高校の歴史教科書に反映される戦時記述の性格が大きく違っていることを考えれば、主な戦争当事者間で戦時中の歴史への共通認識が得られない理由も見えてくる。それが、共通の教科書を作成した独仏両国の成功例を念頭に、日中、日韓が設立した二国間委員会の努力に水を差している。しかし、これらの委員会は、対立する問題を絞り込み、互いの歴史認識の違いに気付くだけでも一定の価値を持っている。

APARCの研究者の見解では、和解を妨げているのは相反する戦争の歴史的記憶である。しかし、和解への道もまた、分断された歴史的記憶を認識することによって開かれる。「それぞれの国が自国の記憶とアイデンティティをいかに形成してきたかを理解することが重要な第一歩である」と申教授は言う。(※7)「分断された記憶」プロジェクトは、日本と各国の歴史教科書の比較分析を通して相互理解がさらに進み、長期的な和解への基礎が築かれることを切に願っている。

(原文英語)

画像提供=スタンフォード大学アジア太平洋研究センター

(※1) ^ 教科書の抜粋の比較分析および中国、日本、台湾、韓国、米国の歴史学者と教科書執筆者による注釈を含む本研究の結果は、Gi-Wook Shin and Daniel C. Sneider, eds., History Textbooks and the Wars in Asia: Divided Memories (New York: Routledge, 2011)にまとめられている。第2段階の戦時の歴史的記憶の形成における映画の役割についての論文はハワイ大学出版部から刊行予定。エリート層の意識形成に関する3番目の書籍は申とスナイダーの共著となる予定。

(※2) ^ Shin and Sneider, pp. 27–30.

(※3) ^ Shin and Sneider, pp. 65–67.

(※4) ^ Peter Duus, “War Stories,” in Shin and Sneider, p. 101.

(※5) ^ Shin and Sneider, pp. 55–64.

(※6) ^ Duus, in Shin and Sneider, p. 113.

(※7) ^ Gi-Wook Shin, “History Textbooks, Divided memories, and Reconciliation,” in Shin and Sneider, p. 14.

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