これからの日本をどう守るか―安全保障と日米同盟―

日本の防衛政策と日米同盟の今後

政治・外交

国際情勢が大きく変化し、日本をめぐる安全保障環境が変わりつつある。「動的防衛力」の構築に焦点をあてた最新の防衛政策と、日米同盟の今後の在り方について防衛研究所の高橋杉雄主任研究員が解説する。

2010年防衛大綱:動的防衛力の構築

「防衛計画の大綱」(以下、防衛大綱)は、基本的な情勢分析を示し、その上で防衛力の役割や自衛隊の基本的な兵力構成を定める、日本の防衛政策の基本となる文書である。これまで、防衛大綱は、冷戦期の1976年、冷戦終結後の1995年、9.11テロ事件後の2004年に策定されてきた。そして、最新の防衛大綱が、2010年12月に策定された、「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」(以下2010年防衛大綱)である。

2010年防衛大綱の中で、最も重要な点は、動的防衛力の構築を目標として掲げたことである。具体的には、「平素から情報収集・警戒監視・偵察活動を含む適時・適切な運用を行い、我が国の意思と高い防衛能力を明示しておくことが、我が国周辺の安定に寄与するとともに、抑止力の信頼性を高める重要な要素となって」おり、「防衛力の運用に着眼した動的な抑止力を重視していく必要がある」とした。その上で、「即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた動的防衛力を構築する」との方針が提示されたのである。

平時と有事の中間領域における「抑止」

動的防衛力を理解する上で重要なポイントは、「領土や主権、経済権益等をめぐり、武力紛争には至らないような対立や紛争、言わばグレーゾーンの紛争は増加する傾向にある」という認識をベースとして、2010年防衛大綱では防衛力の役割を「平時における抑止」と「事態発生時の対処」の二分法で捉えていないことである。現在の世界では、テロ対策や破綻国家における平和構築のための活動、あるいは海賊対策のためのパトロールなど、国際的な安全保障環境を改善するための活動が不断に行われている。言ってみれば、平時でも有事でもない中間領域における、烈度はそれほど高くないが長期間にわたる継続的な活動が増加している。こうした状況においては、有事を防ぐための抑止力よりも、平時と有事の中間領域において、常時継続的な活動を行うための、「動的」な防衛力を整備していかなければならない。2010年防衛大綱で示された動的防衛力への方向性は、こうした状況を捉えたものである。

2010年防衛大綱では、防衛力の役割として、〔実効的な抑止及び対処〕〔アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化〕〔グローバルな安全保障環境の改善〕の3つが示されている。動的防衛力とは、これらすべてで防衛力を積極的に活動させていくことを目指すものであるが、特に〔実効的な抑止及び対処〕の関連ではやや補足的な説明が必要であろう。ここでは、動的抑止という新たな概念が提示されているからである。

日本周辺においては、大規模な紛争が生起する可能性は低下していると考えられる一方で、活発な軍事活動が行われており、また、現実に東シナ海には摩擦要因が存在している。こうした軍事活動は、伝統的な「抑止」概念が対象とする攻撃的行動とは明らかに異なる。そのため、これらに対応するためには、「抑止」概念の再構築が必要であり、動的抑止とは、そのために提示されたひとつの方向性なのである。

抑止論は、特に冷戦期に、米ソの「冷戦」が「熱戦」となること、すなわち「平時」が「有事」となってしまうことを防ぐという問題意識に基づいて発展してきたものである。その中で、抑止が失敗する状況として、(1)相手に対応する時間を与えずに現状の変更を図る既成事実化(fait accompli)戦略を相手がとった場合、(2)抑止力が発動する最低限度の事態を探ろうとする探索活動(probing)といったものがあると指摘されてきた。

動的抑止とは、まさにこうした平時と有事という二分論で捉えることは難しく、有事を念頭に置いた伝統的な抑止によっては対応できないと考えられている「既成事実化戦略」と「探索行動」に該当する行動を抑止することを主要な目的としている。具体的には、警戒監視・情報収集活動や、訓練・演習を含む活動、更には国際平和協力活動など、実際の防衛力の運用を通じて、時間的・地理的な隙がないことなどを示し、相手国の行動を思いとどまらせることが、動的抑止の目指すところである。

そしてこの、動的抑止と動的防衛力こそが、今後の日米同盟を進化させていく上でのキーワードとなるのである。

日米同盟の深化から動的日米防衛協力へ

日米同盟は、米国のアジアへのコミットメントを支える重要な基盤であり、その形成以来、冷戦期から現在までを通じて、アジア太平洋地域の平和と安定に大きな役割を果たしてきた。金正日総書記死去後の朝鮮半島の将来の不透明性や中国などの新興大国の急速な経済発展によって「パワーシフト」が起こりつつあるともいわれる現在のアジア太平洋地域においては、日米同盟の重要性はますます高まりつつある。

特に、普天間基地移設や在日米軍基地と地元との関係など、日米二国間に時として発生するさまざまな課題のマネジメントだけでなく、日米の戦略の変化や近年の日米協力の実績を踏まえて、地域の安定やグローバルな安全保障の課題への取り組みを含めた中長期的な視点に立った政策協調を進めていくことが、日米同盟の戦略的な重要性を高めていくために不可欠である。ここ数年進められている日米同盟の深化に向けた作業の大きな意味は、この点にある。

2+2で確認された日米防衛協力の共通認識

そのひとつの成果として、2011年6月21日に4年ぶりに日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)が開催され、その共同発表において、共通の戦略目標が示されるとともに、日米間の安全保障・防衛協力の深化・拡大、2006年のロードマップに述べられている在日米軍基地の再編案の着実な実施が再確認された。

これらのうち、特に共通の戦略目標は、やはり2010年防衛大綱と、それに先立つ米国が発表した「四年毎の国防見直し」(以下QDR2010)との間で共有されている認識を背景にしている。前述の通り、2010年防衛大綱では、平時と有事の二分法によらない動的防衛力を構築していくこととされた。QDR2010でも、「将来の戦略環境は、戦争とも平和ともいえないあいまいなグレーエリアにおける課題がより重要になっていくであろう」との認識が示されている。また、抑止の関連でも抑止のための日常的な活動を持続的に行うことが重要であるとされるなど、日米の間では動的抑止的な活動の重要性についての共通認識が形成されているといえる。

自衛隊と米軍の協力で得られる効果

そう考えれば、今後の日米同盟の深化の方向性として、日本における動的防衛力の構築と並行して動的な日米防衛協力を推進していくことが重要であると考えるのは自然であろう。すなわち、平時と有事の中間的な領域において自衛隊と米軍とを積極的に活動させていくことを重視して日米防衛協力を進化させていくことによって、動的防衛力との相乗効果を発揮することが期待できる。前述した2010年防衛大綱で示された防衛力の3つの役割のそれぞれにおいて、自衛隊と米軍とが積極的に活動しながら協力することによって得られる効果は極めて大きいと考えられるからである。

たとえば、〔実効的な抑止及び対処〕についてみれば、施設の共同使用、共同訓練・演習、警戒監視を通じて、基地の強靭性の強化、部隊の即応性や運用能力の向上、相互運用性の向上や抑止・対処力の明示、常続監視による動的抑止としての効果を期待することができる。また、2004年のスマトラ津波災害に引き続き、2011年の東日本大震災で米軍と自衛隊とがそれぞれ非常に高い災害対処能力を持っていることが明らかになった。こうした日米の高い能力を中心として、地域レベルでの災害救援の協力を進めていくことによって、〔アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化〕を推進していくことも重要である。このように、動的な方向性に沿って日米防衛協力を強化していくことは、今後のアジア太平洋地域の安全保障において、日米同盟がその役割を果たしていく上で極めて大きな意味を持つのである。

今後の課題:米国の国防費削減とA2/ADへの対応

広く知られているように、米国はいま、国防費を削減しようとしている。特に、11月に設定された期限までに特別委員会の協議が妥結しなかったことから、2011年夏に成立した予算管理法に基づき、合計で1兆ドル近くの国防費が、今後10年間の総額として削減される可能性がある。今後の日米同盟を考える上で、この国防費削減の問題を避けることはできないが、結論からいえば、これがアジア太平洋地域の安全保障に及ぼすネガティブな影響はそれほど大きくないと考えられる。

国防費削減でも米国が戦略上重視するアジア太平洋地域

まず、今回の国防費削減は、仮に強制削減が実行された場合でも、これまでの歴史における米国の大規模な国防費削減に比べて小規模である。米国のシンクタンクであるスチムソンセンターの報告書によれば、米国の国防費は、朝鮮戦争終了後は31%、ベトナム戦争終了後は28%、冷戦終結後は31%削減されたが、今回は強制削減が行われても17%、強制削減が行われなければ8%の削減にとどまるとされる。

第2に、米国の国防費は、9・11テロ事件直前の3500億ドル程度のレベルから、現在7000億ドルのレベルに倍増しているが(物価変動率を考慮しない名目ベース)、留意すべきことは、この急激な増加の間、米国の戦略的プライオリティは「対テロ戦争」にあり、アジア太平洋地域に置かれていなかったことである。一方、2012年1月に米国防省が発表した「国防戦略指針」で明確に示されているように、現在において米国は、アジア太平洋地域に戦略上のプライオリティを置いている。この方針が現実の資源配分にどの程度反映されるかは、2月6日に発表された2012会計年度国防予算案及び、議会での討議を得て決定される国防予算そのものの詳細な分析を待たなければならない。しかしながら、予算拡大の時期に二義的な重要性しか付与されていなかったことを思えば、予算縮小の時期であっても最も重要であると位置づけられることは悲観すべきことではないであろう。

第3に、その国防費拡大の10年間の間に、多くの装備が既に近代化されていることである。空軍はF-22とC-17の調達をほぼ完了した。海軍は、F-18E/Fスーパーホーネットや大量のアーレイ・バーク級イージス駆逐艦を建造している。海兵隊は、MV-22オスプレイの開発を完了した。今後、F-35の開発が順調に行くかが大きな不安定要素ではあるが、ここ10年間に米国が調達したこれらの装備は、今後のアジア太平洋地域の安全保障に大きな役割を果たすであろう。

懸念すべき要因があるとすれば、それは戦略的ショックによる優先順位の見直しであろう。たとえば、前述の「国防戦略指針」には、「西太平洋及び東アジアからインド洋及び南アジアに至る、変化し続ける課題と機会の組み合わせを作り出し続ける弧」という記述があるが、これは2001年版QDRで示された「不安定の弧」の復活ともいえる言及である。実際、2001年版QDRが公表される直前に9.11テロ事件が発生するまで、当時の米国のブッシュ政権は、現在のオバマ政権同様の「アジア重視」の戦略を掲げていたのである。それを大きく見直させたのが、まさに9.11テロ事件であったことを思えば、同様の戦略的ショックの発生による戦略上のプライオリティの組み替えは十分起こりうることであると考えておくべきであろう。

在日米軍基地の重要な役割

もうひとつ、今後の日米同盟の役割を考える上で考慮すべき要素が、この地域において、特に中国が強化していると考えられているアクセス阻止・エリア拒否能力(A2/AD能力)と呼ばれる、弾道ミサイルや巡航ミサイル、あるいは潜水艦などからなる米軍の展開を妨害あるいは阻止できる能力にどう対応するかである。これに対し米軍は、A2/AD環境における統合的な作戦概念として「統合エアシーバトル」構想を構築していくことをQDR2010で示し、またそれを含む包括的な作戦上の指針として、統合参謀本部が「統合作戦アクセス概念」を作成し、2012年1月に公表された。

A2/AD環境における作戦概念を構築していく上で、在日米軍基地は極めて重要な役割を果たす。なぜならば、在日米軍基地はA2/AD能力の範囲内にあるため、A2/AD能力に対抗しつつ米軍が戦域に展開する上で不可欠な役割を果たすからである。今後も前方展開基地の重要性であり続けると米軍が考えていることは、QDR2010において、「前方配備及びローテーション配備される米軍は引き続き有効で必要であり続ける」「われわれは必要なときに信頼感や関係を単純に『急速増勢(サージ)』することはできない」と記述されていることからも明らかであろう。もちろん、A2/AD環境においても前方展開基地が有効であり続けるためには、A2/AD能力による攻撃に対する強靭性を強化しておく必要がある。その文脈で日米の防衛協力は極めて重要な意味を持つことになろう。

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