試練を乗り越えて活躍する初の中国人力士・蒼国来関
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中国から来た初めての「幕内」力士
大相撲の力士の数は、五月場所の番付に掲載されている者だけで、647人。このうち実力的に最高位に位置する幕内の力士は東西合わせて42人しかいない。蒼国来が初めて幕内に昇進したのは2010年九月場所のことで、中国人力士としては初めてだった。
幕内と、その格下番付の十両力士を、敬意を込めて「関取」というが、蒼国来が同年1月に十両入りしたしたときは、「中国人力士の関取は36年ぶり」と話題になった。ただ、36年前のもうひとりの力士、清乃華(きよのはな)は両親が中国人ではあったが、大阪生まれの大阪育ち。中国からやってきた力士の関取昇進、入幕は蒼国来が初めてだった。
「厳しい稽古を乗り越えて大人になる」
蒼国来が所属する荒汐部屋(東京都中央区)の朝は早い。稽古は通常、午前6時半から始まり、同10時ごろまで行われる。ニッポンドットコムの取材班が同8時に訪れたときには、部屋1階にある稽古場の土俵の上で、既に力士たちが汗だくになって、何回も、何回も、ぶつかり稽古を繰り返していた。
稽古をしていた力士は約20人。大きな力士同士が頭から激突すると、「ガチッ」と鈍い音が稽古場に響き渡る。さらには投げられ、土俵上に転がり砂まみれになる若い力士も・・・。相手を変えながらの稽古「申し合い」を終えた力士たちは、土俵周りで「ハー、ハー」と大きく肩で息をしつつ、次の番が回ってくるのを待っている。
稽古の厳しさは凄(すさ)まじく、「中国では一人っ子が増え、“小皇帝”と呼ばれ、甘やかされて育った子供が増えていると聞きます。そうした子供たちではとてもついていけないでしょうね」と水を向けると、蒼国来は少し考えたあと、笑いながらこう答えてくれた。
「厳しい稽古も乗り越えなければなりません。それが大人になることです。(これは)日本も、中国も、変わりません。成功するにはこの道しかないのです」
内モンゴル自治区から挑んだ険しい道のり
蒼国来が初めて来日したのは19歳のときだ。出身地は中国内モンゴル自治区赤峰市で、本名はエンクトフシン。
「(中国で)レスリングをやっており、(日本の)相撲のことを知って力士になろうと思いました。最初、両親は反対していたのですが、自分で選んだ道であるなら仕方がないと言って許してくれました」
日本の力士になろうと決心したエンクトフシン少年は2003年4月、弟子捜しに中国にきていた荒汐親方(元小結・大豊)のホテルを訪ね、入門を志願した。当時、荒汐親方は、体格に恵まれた別の弟子候補を入門させようとしていたが、交渉がうまくいかず、帰国しようとしていたときでもあり、荒汐親方はエンクトフシン少年の入門を許した。そして、同年6月に来日し、正式に入門。同年9月には初土俵を踏んだ。しかし、その先の道のりは平坦(たん)ではなかった。
“八百長”嫌疑を晴らして土俵に復帰
「日本の食事が合わず、体重が増えない。最初は丼飯1杯を食べられず、口の中に無理やり押し込んだこともありました。今は日本食が大好きで、納豆も食べられますよ」
蒼国来は懐かしそうに、当時を振り返る。入門当初、荒汐部屋は設立されて間もない部屋で、荒汐親方と弟子が2人のみ。その1人が蒼国来だった。稽古も別の部屋への出稽古が多く、時に十二指腸潰瘍で体調を崩して番付を落としたりしながらも、蒼国来は荒汐親方の献身的な指導と本人の地道な努力で着実に番付を上げ、幕内の東前頭13枚目まで上げることができた。
だが、思いがけない災難にぶち当たる。大相撲の八百長に関与したという嫌疑をかけられ、2011年4月、日本相撲協会から引退勧告を出されてしまったのだ。もちろん、身に覚えもないことで、荒汐親方らの支援のもとで裁判に訴え、2013年3月、「解雇無効」の判決を勝ち取り、大相撲に復帰した。
「それは大変でしたよ。力士にとって2年余りのブランクは致命傷です。復帰して負け越し、十両に陥落しました」
しかし、蒼国来は諦めなかった。
「日本の方も、中国の方も、皆、応援してくれました。本当に感謝しています」
体で学んだ堪能な日本語、早稲田で講義も
「日本語がうまいですね」とほめると、蒼国来は「相撲界は厳しい。今日、教えられたことを覚えられなければ、この世界ではやっていけませんよ。私たちは(日本語を)ボールペンではなく、体で覚えていくのです」と返してくれた。
蒼国来は名門早稲田大学で「日本語の学び方」について講義したこともあるという。4年前に同郷の女性と結婚。故郷の赤峰にはご両親と2人の妹さんがおり、五月場所のあとも1週間ほど帰省する予定だそうだ。
写真撮影:コデラケイ
取材協力:荒汐部屋、公益財団法人日本相撲協会