日本の工作機械産業に明日はあるか

経済・ビジネス

自動車や家電製品などの生産に使われる工作機械は、機械を作る機械として、「マザーマシン」とも呼ばれる。日本は1982年から27年間、工作機械生産額で世界第1位であったが、2010年にその座を中国に明け渡した。台湾、韓国も追い上げる中、日本の工作機械産業は衰退してしまうのか。

「一国の繁栄は、その国の優れた生産力にかかっている」――1989年、米国・マサチューセッツ工科大学(MIT)産業生産性調査委員会がMade in America: Regaining the Productive Edge(邦訳『Made in America―アメリカ再生のための米日欧産業比較』)の冒頭に残した名言である。(※1)工業力を落とした米国経済の再生を念じ、勢いを増す日本と欧州の基幹産業の生産力を調査・分析して警告した。対象業種は、自動車・化学・民間航空機・電子機器・工作機械など8業種にまたがり、いわく冒頭の「一国の繁栄は…」と結論付けた。つまり「工業力=国力」と結んだ。それから20年余りの間に、工業力は米国から日本に移り、今後は中国、インドに移ろうとしている。工作機械産業の成長は経済成長率に大きく関連する。これを象徴するように、現在、工作機械需要は人口13億人の中国、11億人のインドなどに代表されるアジア新興国で沸き起こっている。これらの国々の需要は桁はずれのボリュームがあり、iPhoneやiPadに代表されるスマートフォンやタブレット端末の部品を委託製造(EMS)する中国の企業では、1社で1度に2000台を超すマシニングセンタが導入されている。このため、中国市場では、地元中国メーカーに加え台湾、韓国勢が低価格の工作機械で攻勢を掛けている。その中国市場、さらにはインド市場も含めて、アジア市場では、まさに日本とドイツのメーカーと、両国への追い上げが急である中国、台湾、韓国のメーカーが争奪戦を展開している。近未来、日本の工作機械産業は”米国化”に向かい、衰退してしまうのだろうか…。

27年間トップだった日本製

工作機械は、“マザーマシン”(母なる機械)と呼ばれる。自動車や航空機、鉄道、さらに身近なものでは携帯電話、カメラ、時計を生産するためには工作機械がなければ作れない。「機械を作る機械」の存在がそこにある。

先程述べたように、工作機械産業の成長は経済成長率に大きく関連するが、ここで戦後日本のGDPとリーディング産業の変遷(図1)を見てみよう。1956年~73年の高度経済成長期(経済成長率平均9.1%)は、戦後10年を経て復興に必要とされる鉄鋼・化学・重電・造船といった重化学産業(重厚長大)が立ち上がり日本経済を牽引した。1974年~90年(経済成長率平均4.2%)は、自動車・弱電の加工組立型産業(軽薄短小)に移り、世界経済のエンジン役を担った。そして、成熟化にともない日本のリーディング産業は環境・医療分野に向かっている。他方、BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)は重化学産業から加工組立型産業を誕生させている。

図2は、主要国・地域の切削型工作機械生産額(米国・Gardner Publications, Inc.調べ)の推移をまとめた。2010年の総生産額(28カ国)は、482億3340万ドル。うち日本(105億3900万米ドル、22%)は、トップの中国(145億8540万ドル、30.2%)に次いで第2位。ドイツ(68億2500万ドル、14.2%)が第3位だった。近年はこの3カ国がトップ集団を競っている。過去を振り返れば、1982年、自動車の大量生産で国力を高めた日本がそれまで世界を牽引した米国を抜き第1位に躍り出た。そして、2009年まで27年間トップにあった。

懐深かった1970年代の米国メーカー

米国の工作機械メーカーには、シンシナティミラクロン、ムーア、ワーナー&スェージ(W & S)、バーグマスター、ギディングス&ルイス(G & L)、カーネィ&トレッカー(K & T)といった、キラ星のごとく光った企業があった。私は1970年代初めの駆け出し記者の頃、シカゴショー(世界3大工作機械展のひとつ)の取材を終えて、キラ星企業の何社かを訪ねたことがあるが、本来ならば、工作機械工場は航空機や自動車メーカーに納める戦略製品を生産しているためクローズドが当たり前のところなのに、日本から来たと言うと温かく迎えてくれたこと思い出す。それは、米国人の懐の広さであり、技術に誇りを持っていた時代だった。日本の工作機械メーカーの技術者たちが米国を目指した理由はそこにある。東芝系の工作機械メーカー、東芝機械が、現在のマシニングセンタの元祖、K & Tと日本に合弁会社K & T東芝機械を設立したのも、米国を目指した一例である。

バーグマスター元社員を父親に持つ米国のジャーナリスト、マックス・ホーランドは、1989年の著作When the Machine Stopped(邦訳『潰えた野望 なぜバーグマスター社は消えたのか』)の冒頭で、「かつて製造業は、アメリカ経済とほぼ同義語と考えられていた。アメリカの製造業は、大量生産を行う“アメリカのシステム”として、世界から驚異と羨望の目を向けられていた」(※2)と記しているが、1970年代の米国の工作機械メーカーもまさにそうした“アメリカのシステム”の一部であった。ところが、ホーランドが同書でバーグマスター社のケースを描いたように、そのキラ星企業群が姿を消した。2011年3月発行のMachine Tool Scoreboard(Gardner Publications, Inc.)によると、生産額ランク143社(2010年)に残った米国のキラ星メーカーは自動車用歯車研削盤を生産するグリーソン(15位)1社になった。

欧州にも名だたるメーカーがあった。高精度の代名詞になるほどで、1960~70年代には日本メーカーが競って技術提携した。しかし、ジグボーラのシップ(スイス)、ディキシー(同)、ジグフライスのハウザー(同)、歯車研削盤のライスハウエル(同)、ならい旋盤のカズヌーブ(フランス)、研削盤のジョーンズ&シップマン(イギリス)といった、一時代を謳歌した企業は、時代の変遷に遅れ、合併や売却をされて、ブランドこそ残っているものの姿を消した。それでもMachine Tool Scoreboardには、ドイツからトルンプ(2位)、ギルデマイスター(5位)、マーグ(12位)、シュラー(14位)、インデックス(17位)など18社が上位に並び、日本メーカーの好敵手となっている。

日独が圧倒するも中国が追いかける

1980年前半に日本が台頭する。汎用機の全盛時代に、いち早く数値制御(NC)化を果たし、かたくなに汎用機に拘った欧州、米国メーカーを尻目に躍進する。日本メーカーを世界の檜舞台に押し上げた、コンピュータ数値制御(CNC)装置・ロボットメーカーのファナックの功績は大きい。

2011年8月のMachine Tool Scoreboardでは、10位以内にヤマザキマザック(1位)、ジェイテクト(4位)、コマツ(7位)、森精機製作所(8位)、アマダ(9位)、オークマ(10位)の6社が占める。ちなみに、ランクされている143社の中で、日本メーカーは37社(シェア26%)、次いでドイツ18社(同13%)となっており、この両国のメーカーが他を圧倒する。中国はまだ6社(4.2%)にすぎない。ただし、工作機械生産額は日本より40億ドル以上多く、10倍の人口、拡大するインフラ整備(水道・電気・ガス・鉄道網)といった諸条件を考えれば、成熟した日本市場とは比較にならないほどの巨大な市場が中国に存在する。今後、よほどのことがない限り、中国は世界の工作機械生産額のトップを走るに違いない。

一方、日本の工作機械は、世界に「メイド・イン・ジャパン」ブランド(安心・安全)を作り上げたトヨタ自動車を始めとする自動車産業、パナソニック、日立製作所、ソニーに代表されるエレクトロニクス産業に「精度」「納期」「価格」で厳しく鍛えられ、高精度・複合加工・難削材加工分野で他を寄せ付けない特長を育てた。生産額ではトップの中国に及ばないが、高品質と難削材(ボーイング787機やエアバス350機の翼や胴体、中央翼など、全重量の50%を占める炭素繊維複合材[CFRP]やチタン、高硬度材など)加工、複合加工技術では大きく水を開けている。ただし、日中の工作機械市場規模の差は今後、広まるこそすれ、小さくならない。中国製工作機械もやがて品質を顕著に向上させ、量と質の面で、ちょうど日本製工作機械の得意分野に侵食してくるものと思われる。米国メーカーの凋落は、日本メーカーの台頭のみならず、1960年代と1970年代にコングロマリット旋風にもてあそばれ、買収劇の末に力を失い、姿を消したことが大きな原因だが、中国メーカーの躍進により同じ轍を踏まねばと、ふと頭をよぎる。

自動車産業の動向が大きく影響

図3は、工作機械の国際的位置づけ(機械振興協会経済研究所の資料を基に日本工作機械工業会の表記修正と私見を加えた)を表した。日本の工作機械産業は、宇宙・航空機産業から一般部品まで裾野を広くカバーしているが、点数にして2~3万点もの部品を製造する自動車部品産業に受注総額の約60%を依存しているといわれる。日本には自動車完成車メーカーがトヨタ自動車を筆頭に日産自動車、スズキ、本田技研工業など12社あり、年間約962万6000台(2010年、前年同期比121.3%)を生産している。また、その完成車メーカーに供給する部品メーカー(Tier1、Tier2)は、日本自動車部品工業会に442社(デンソー、アイシン精機、NTN、KYBなど)が加盟し、さらに加盟企業以外にもTier3、Tier4…と裾野は広く、ピラミッド構造を形成している。自動車産業の設備投資額(2008年度計画額)は、1兆6209億円。全製造業(7兆5210億円)の21.6%に当たる。うち工作機械の設備投資は、その中のほんの一部。日本工作機械工業会の受注統計によると、自動車向けは893億7300万円(2010年)で、受注総額の9.1%を占める。表面上は「約60%の依存度」は成り立たないが、一般機械向け、電気・精密向け受注に、自動車産業が最終ユーザーとなる部品、装置が含まれているため、「約60%の依存度」といわれる。従って、自動車産業が景気の影響を受ければ日本の製造業は停滞する構造になっている。まさにここに、日本の工作機械産業の強さと弱さも露呈する。自動車産業が日本を脱し現地生産を拡大する中で、進出先の国の政府が、「自動車産業の育成」の方針のもとで、自国部品の取り付けや自国工作機械の設備への優遇策を行って日本製の締め出しを図れば、日本の工作機械メーカーはひとたまりもない。

したたかな日本の工作機械メーカー

日本には工作機械メーカーが約200社ある。日本工作機械工業会の会員92社のうち77社、日本小型工作機械工業会の会員37社のうち27社の計104社が工作機械を生産している。会員外を含めれば200社前後が日本の工作機械産業になる。日本メーカーによる海外生産は、第一陣のヤマザキマザックが1974年に米国に工場を建設したのに始まり、2011年現在、図2のように世界各国に広がっている。これらの企業の間では、米国やシンガポール、台湾の進出先工場でCNC工作機械を生産し、日本、米国、欧州、中国、東南アジアなどに輸出するメーカー(ヤマザキマザック、牧野フライス製作所、滝澤鉄工所、ソディックなど)や、ドイツのギルデマイスターの中国工場で生産を始めたり、欧州メーカーと合弁会社を設立するメーカー(森精機製作所)、台湾企業と提携し中国に生産拠点を構えるメーカー(高松機械工業)など多種多様な形態が生まれている。これらは日本の高度な技術を活用し、海外でボリュームゾーンを開拓する動きだ。一方で、高品質な工作機械や高精度工作機械部品を国内で生産し、主に量産機を海外で作るすみ分けするメーカーもある。このようにしたたかさとしなやかさで戦う日本の工作機械メーカー、そこには、米国メーカーの二の舞は微塵も見当たらない。

図4  日本の工作機械メーカーの海外生産拠点(2009年現在、出所:日本工作機械工業会)

アメリカ シチズンマシナリー、ヤマザキマザック
ブラジル ジェイテクト
イギリス ヤマザキマザック
フランス 森精機製作所
スイス 森精機製作所
韓国 ファナック、西田機械工作所
台湾 オークマ、滝澤鉄工所
中国 ブラザー工業、シチズンマシナリー、ファナック、白山機工、ジェイテクト、紀和マシナリー、コマツNTC、光洋機械工業、牧野フライス製作所、三菱電機、オークマ、新日本工機、ソディック、スター精密、高松機械工業、ツガミ、ヤマザキマザック
フィリピン ミヤノ
タイ シチズンマシナリー、エンシュウ、岡本工作機械製作所、ソディック
シンガポール 牧野フライス製作所、岡本工作機械製作所、ヤマザキマザック
ベトナム シチズンマシナリー
インド ファナック、牧野フライス製作所

ただし、2008年の日本国際工作機械見本市(JIMTOF2008)の講演で、ホンダ元社長の吉野弘行氏が指摘した言葉を忘れてはいけない。いわく「稼動したばかりのタイの工場で、エンジン加工ラインに日本製より4割低コストのインドや中国製の工作機械を導入した。良い結果が生まれている。日本はコストの再考を」。激動の時代に5年後を予測することは難しいが、独自性を持たない、人材もいない、手をこまねいている企業は今後、厳しい局面に向かわざる得なくなる。がんばれ!日本の工作機械産業。

取材中の筆者。

———. From Industry to Alchemy: Burgmaster, a Machine Tool Company (Frederick, MD: Beard Books, 2002), p. 1.

マックス・ホーランド(三原淳雄、土屋安衛訳)『潰えた野望 なぜバーグマスター社は消えたのか』(ダイヤモンド社、1992年)、p.3.

(※1) ^ Michael L. Dertouzos et al., Made in America: Regaining the Productive Edge (Cambridge, MA: The MIT Press, 1989), p.1. M. L. ダートウゾス他(依田直也訳)『Made in America―アメリカ再生のための米日欧産業比較』(草思社、1990年)、p.24

(※2) ^ Max Holland, When the Machine Stopped: A Cautionary Tale from Industrial America (Boston: Harvard Business School Press, 1989), p. 1.

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