日本人にとっての「台湾の魅力」とは何か

文化

私は今、台湾特集を組んだ『BRUTUS(ブルータス)』(マガジンハウス)を手にしている。この7月上旬に発売されたものだ。

「101 THINGS TO DO IN 台湾」というタイトルの後ろに写っているのは、台南市にある「国華街」というストリート。

2車線の道路脇に飲食店がところ狭しと軒を連ね、頭上には「牛肉湯」や「焼肉飯」などの看板がずらりと並び、サンダルに短パン姿の歩行者や行き交う原付きバイクが1枚の写真に収められている。

表紙を見ただけで思いっきりうれしくなった。台南市の親善大使を務めている私は、台南紹介本を書くに当たり、何度もこの国華街(グオホアジエ)を自分の足で歩き、取材した思い出の場所だ。台湾らしい、台南らしい、と思える場所の一つである。

台湾の日常風景を切り取った『BRUTUS』

『BRUTUS』7月号の表紙(撮影:nippon.com編集部 高橋郁文)

初めて国華街を歩いた時、伸ばした手のすぐ横を自動車と原付きバイクが走り抜け、随分と怖い思いをした。大行列の人気店に並んだが、目の前で売り切れとなったこともあった。

しかし、台湾人の生活スタイルや活力を目の当たりにし、「ああ、これが台湾」と素直に感心し、私が少女時代を過ごした昔の台湾を思い出した。

以来、すっかり台南ファンとなり、台南に足しげく通っている。もちろん、おいしいものを食べに国華街を毎回と言っていいぐらい訪れている。

だから、『BRUTUS』が表紙でここを使ったことに何の違和感もなく、むしろ「『BRUTUS』、よくやった」と拍手したくなった。

日本人が好む風景、現地の人には恥ずかしい?

ところが雑誌の表紙を見た台湾人が、「こんな醜い台湾の街角の風景が、日本の雑誌の表紙を飾るのは恥ずかしい」と、フェイスブック上で感想を述べたことから騒ぎが広がった。マスコミもこぞって以下のように報じた。

「台湾の街角の風景が日本の雑誌のカバーに登場するのは恥ずかしい?日本での販売部数が全てを物語ってくれるだろう」(自由時報)

「1枚の台南の古い町並み写真から、あなたはどんな自分を見出すだろうか」(上報)

「台南の街角が雑誌の表紙になって台湾を紹介、日本でベストセラーに」(今日新聞網)

ネットでは「台湾はもっとモダンな社会であって、国華街のような場所を台湾の代表的な風景として捉えられたことを残念に思う」という意見もあった。

私はここにこそ「日本人の期待する台湾の魅力」を考えるポイントがあると思う。『BRUTUS』に反発した理由は、ある種、そういった日本人の気持ちを理解できていないことにあるのかもしれない。

モワッとした湿気と熱気を含んだ空気に包まれながら、行き交う車両や喧騒(けんそう)の中で味わう台湾小吃(小皿料理)。それが国華街の魅力だ。そこには、昨今の日本の「台湾観光ブーム」における日本人の嗜好(しこう)が反映されている。

別の言い方をすれば、国華街には「日本人が期待する台湾の魅力」が凝縮されているのである。

台南に残っている日本人が台湾に期待するもの

国華街は台南市の中心にある細い通りだ。通りの横には昔ながらの水天宮市場(近くの永楽市場を含む)がある。市場は住民の台所として朝早くから賑(にぎ)わい、国華街には買い物帰りの客が食べたり買ったりできる台南名物のおいしい小吃のお店が、100メートルほどのワンブロックに固まっている。人気店は常に大行列で、お昼前には売り切れて店じまいするところも少なくない。

一青妙氏提供

台南人はもちろん、台湾人ならほとんどの人が知っている台湾を代表する美食ストリートの一つだ。決してトレンディーとは言えないが、人のぬくもりが感じられ、飾らずに雑踏散策を楽しめる。市民生活に触れられ、人情味あふれる台湾人とも交流できる場所だ。

私は日本で『わたしの台南』(新潮社)を出版した。日本で初めて台南を包括的に紹介した書籍だった。この本を片手に、多くの日本人が台南市を観光に訪れるようになり、後に台南市親善大使にも任命していただいた。

本は、台南のおいしいお店や台南で出会った人たちについて書きつづったものだが、その中で台南の檳榔(ビンロウ、種子を嗜好[しこう]品として、かみたばこのように使用する物)店の店主・マルヤン(馬路楊)さんとの交流を紹介した。

出版後、この檳榔店は日本人観光客が必ず立ち寄る場所となり、マルヤンさんはたちまち人気者となった。今もほぼ毎日のように日本人が店舗を訪れ、日本語を話せないマルヤンさんと筆談を楽しみつつ、台南の街を案内してもらっている。

マルヤンさんと知り合った日本人は皆、「親切にしてもらってうれしかった」と言い、さらに自分たちの友人にマルヤンさんを紹介していく。2014年の出版から3年たったが、延べ3千人(!)近い日本人が1坪に満たない小さな道端の檳榔店を訪れたという。

檳榔店を日本人が訪れることにも、台湾の人々はもしかするとあまり快く思わないのかもしれない。しかし、台湾の現地の人との触れ合いを求めているのだ、そんな外国人が何を求めているのかを考えていけばこのような現象にも納得できると思う。

台南は、台北や高雄に比べて都市開発がやや遅れた分、日本統治時代の建造物や車が通れないほどの細い路地裏や廟(びょう)が多く残っていて、古き良き時代の台湾を感じることができる。ここ1、2年で、台南は日本人にとって大人気の都市となり注目を集めている。もちろん台湾の人たちの間でも台南観光はブームだ。

街のサイズ感もいい。歩いたり、自転車で回ったりすることができて、ゆっくりと人々の生活を垣間見ることができる。

旅の決め手は日常風景から

国華街が『BRUTUS』の表紙になったことに、台湾の人々は不満かもしれない。しかし、考えてみてほしい。日本についても、台湾の人々は日本人が想像もつかないぐらい地方の隅々まで訪れて、日本人が気付かない魅力を見つけ出しては楽しんでいるではないか。

一青妙氏提供

海外の人々がその国に対して期待することと、現地の人々の思いにギャップが生じることはままある。今でも欧米の雑誌には「芸者」や「忍者」が表紙を飾ることがある。日本人はそういうとき苦笑いを浮かべつつ、それでも関心を持ってくれることは悪いことではないと納得している。

『BRUTUS』は主に男性向けのトレンド雑誌だ。これまで多くの女性誌が台湾を取り上げてきたが、その中にあって『BRUTUS』が台湾特集を組んで表紙に国華街を取り上げた意義は大きい。今回の事で日本人が台湾を嫌うことはないだろう。日本では台湾は相変わらず人気旅行スポットで、台湾が好きな日本人はどんどん増えている。台湾の人々にはそれを分かってほしいし、もっと自分に自信を持ってほしい。

台南の街には、今の日本人が求める台湾像が凝縮されている。国華街は単に入り口=表紙にすぎないのだ。

(バナー写真、文中写真はいずれも筆者提供)

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