闇に消えた子どもたち—「居所不明児童」と児童虐待

社会

少子化が深刻な社会問題となる日本で、子どもの「育ち」が脅かされている。特に、児童虐待の増加は著しい。2014年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待件数は約8万9000件。統計を取り始めた1990年度と比較すると、80倍という増加ぶりだ。テレビや新聞でも悲惨なニュースが後を絶たないが、水面下ではなかなか報じられない問題が起きている。それは学校や家庭、地域から「消えた」子どもたちの問題である。

子どもたちはどこに「消えた」のか

消えた子ども、公的には居所不明児童(きょしょふめいじどう)と呼ばれるが、要は住んでいた地域や家庭、通っていた学校から姿を消し、その後の所在が確認できない子どものことを言う。

居所不明児童が調査、集計されてきたのは、文部科学省が毎年実施する「学校基本調査」だ。同調査では、住民票を残したまま1年以上所在が確認できない日本国籍の児童(小学生)と生徒(中学生)を「1年以上居所不明者」としている。調査開始は1961年、すでに半世紀以上が経過した。この間に報告された不明者累計数は約2万4000人に達している。

では、行方や生活実態が不明となった子どもたちはどこで何をしているのか。肝心な部分は、まったくといっていいほど解明されていないのだ。

11歳で「ホームレス」となった少年

私は8年前から居所不明児童の問題を追い続けてきた。その過程で浮かび上がったのは、「消えた子ども」を取り巻く問題の根深さである。彼らは不就学、つまり学校に通っていないから教育を受けられない。これだけでも大きな問題だが、さらに医療や福祉、各種の行政サービスに結びつかない恐れがある。

国民健康保険、児童手当、就学援助、生活保護などの行政支援は、ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者等の一部の例外を除き、住民登録に基づいて提供される。最近で言えばマイナンバーの通知も同様だ。ところが居所不明になった子どもは住民登録上の住所地にはいないから、どれほど支援を必要としていてもその実態が把握されない。

具体的なケースとして、私の取材例を紹介しよう。現在19歳の少年は、2008年、11歳で居所不明児童となった。当時、母親とその内縁の夫、それに少年の3人で暮らしていたが家はない。内縁男性が日雇いの収入を得た日は一家でラブホテルに宿泊し、収入のない日は公園で野宿したり、公共施設の軒下で過ごしていた。つまり少年は、わずか11歳でホームレスとなっていたのだ。

少年は食べるものにも事欠き、民家に配達された牛乳を盗んだり、スーパーの前に停められた自転車のカゴから食料を抜き取ったりしていた。ボサボサの髪に汚れきった服、体のあちこちには母親や内縁男性から受けた虐待の傷があった。

ところが彼は、先の学校基本調査で居所不明児童としてカウントされていなかった。学校に通えないどころか、貧困と虐待がつづくホームレス生活にもかかわらず、調査の「対象外」だったのである。

住民票は「消除」、各地を転々とする生活

いったいなぜカウントされていなかったのか。それは学校基本調査が「住民票を残したまま所在が不明になっている子ども」を対象にしているからだ。逆に言うと、住民票がなくなってしまったら調査の対象にはならない。そして住民票は、登録されている自治体で「居住実態がない」と判断された場合、「消除」という形で抹消するよう法律で規定されているのだ。

少年は、ホームレス状態で各地を転々としていた。もともと生活していた場所では、「居住実態がない」と判断されても無理はない。こうして住民登録が消除されると、同時に居所不明者としても「消える」という事態になる。実際には過酷な生活の中で、多くの危機に見舞われているのだが、公的には一切認知されないまま放置される。

やがて少年の一家は、2年半のホームレス生活を経て関東西部のY市にたどり着く。この間、母親は第二子を「飛び込み出産」し、乳児を抱えた状態だった。ようやくY市で生活保護を受給することになり、簡易宿泊所の3畳ほどの部屋をあてがわれる。

当時、少年は14歳、児童相談所の職員と面談し、フリースクールへ通えることになった。安定した生活に手が届きそうになったのも束の間、母親が「鳥かごみたいな生活はイヤだ」と言い出す。結局、簡易宿泊所から失踪し、一家はまたもホームレス生活に舞い戻ってしまった。

Y市や児童相談所は、当然ながら子どもたちの不適切な養育環境、貧困や虐待状況を知っていた。にもかかわらず、失踪後の行方を突き止められないまま再びホームレス生活に陥らせてしまう。一見するといかにも「行政の怠慢」と映るが、これは現行の行政システムの限界を表しているとも言える。

情報共有はいまだにFAX頼み——児童相談所の限界

この少年のケースに限らず、行方がわからなくなった子どもを捜すために、全国の児童相談所は「CA情報システム」を使う。CAとは “Child Abuse” 、つまり居所不明や児童虐待に関する情報を児童相談所同士で共有するシステムだ。ところがCA情報は、いまだにFAX送信という旧式の方法が取られている。深刻な虐待、極端な生活困窮といった緊急性が高い事案であっても、FAXで情報のやりとりをするというお寒い状況なのである。各児童相談所が送受信する情報はデータベース化されておらず、それどころか届いたFAX用紙の管理も十分にはできていない。

そもそも児童相談所では、人的にも制度的にも警察のような捜索はむずかしい。本来なら警察の協力を得るべきところだが、現場の職員を取材すると「警察との連携がむずかしい」という声が上がる。居所不明となった子どもの捜索を依頼するには、「個人情報保護」や「事件性の有無」を慎重に判断せざるを得ない。仮に捜索を依頼しても、警察側から拒まれることもあるという。

実際、警察の出動まで時間を要したケースは少なくない。2014年に神奈川県厚木市で発覚した事件では、アパートの1室に1人残された男児が白骨化遺体となって発見された。男児は入学予定の小学校に一度も姿を現さない居所不明児童だったが、学校や教育委員会、児童相談所は所在を確認できないままだった。この事件では、担当の児童相談所による「ケースの見落とし」という失態もあり、警察への捜索依頼まで実に8年もかかっている。

何の支援も届かぬまま「消された」子どもたち

さらに、相変わらずの縦割り行政で、行政内部の情報共有や連携も進んでいない。2012年に愛知県で起きた児童虐待事件では、両親が4歳の女児を衰弱死させ、7歳の男児は就学させないまま軟禁状態に置いていた。男児が入学するはずだった小学校では「居所不明児童」として不就学扱いにしたが、実際には同じ市内で生活し、父親は役所の子育て支援課窓口で子ども2人分の児童手当を受け取っていたのだ。

この場合、学校や教育委員会が男児の不就学について危機意識を持ち、市内の行政各部署と情報共有をしていれば、すぐにも問題は発覚しただろう。それは幼い子どもたちの命と生活を救うことにつながったはずで、こうした事件を取材するたび、忸怩たる思いに駆られる。

最後に、数字の「トリック」について指摘したい。「学校基本調査」で報告された居所不明者の累計数が約2万4000人と前述したが、先のホームレス少年がカウントされていなかったように、現実にはこの数字が実態を表しているとは到底言えない。むしろ、数字に上がっていない、なんら実態把握されていない子どもたちが相当数いるだろう。

住民登録が消除され、教育や医療、福祉につながれず、貧困や虐待といったリスクを負う子どもたち。彼らはどこかで元気に暮らしているのか、それとも人知れず葬られてしまったのか、残念ながらわからない。現行の調査方法や行政システムでは追跡できず、その実態は闇に包まれたままなのだ。

「消えた子ども」は、決して自らの意思で消えたのではない。大人の事情に翻弄され、社会のはざまに突き落とされ、何の支援も届かないまま「消された」のである。

救いを求める子どもたちを見つけ出すために、今こそ現実的な対策が必要だ。そして、一人でも多くの人が、「消えた子ども」の問題に着目してほしいと思う。

(2016年1月18日 記)
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