NHK Worldは北朝鮮危機を伝えきれるか【Part 1】

政治・外交 社会

FUKUSHIMA報道で存在感を増したが

これから始まる北朝鮮危機のドラマを、NHK Worldはどう伝えるだろうか。その成否は、日本にとって最初にして唯一、虎の子の英語国際ニュース放送にとって、死活的重要さを持つだろう。

福島第一原発が水素爆発を起こした際、各国ニュース放送は事件の性質上、NHK Worldが撮影し、配信した映像をそのまま流さざるを得なかった。和製英語国際放送が、世界に認知を勝ち得た稀な瞬間だった。けれども相手が北朝鮮となると、同じ現象を再現するのは難しい。

本来の趣旨はそうではなかった。日本発・英語ニュースチャネルはただ日本の情報を英語にして流すのでなく、地域一番のニュースソースとなり、そのことで間接的にせよ日本そのものへの認知度を高めていくことを狙っていたはずだ。

ボクシングに喩(たと)え、重量階級より上のパンチを繰り出すとか、自分の属すウエートより下のパンチ力しかないなどと英語の表現にある。日本が階級相応のパンチを撃てないことたるや定評があり、これをいくらか改善していくためにも、英語の日本発国際放送が長らく待たれていたものだ。

隣国・北朝鮮の展開に世界の耳目が集まる折も折、買ってもらえる映像をつくれないとなると、NHK Worldはやはり語の真義におけるローカル・メディアの域を脱することができなかったと断じられても致し方ないのではあるまいか。

目指したのは日本版CNNだったはず

2008年4月、自民党歴代政権の強い意向とそれを受けての外務省海外交流審議会の答申を経て、英語国際放送を手掛ける会社が産声を挙げた。経営の自立に必要な商業CMを流せるよう、半国営のNHKとは別の株式会社とし、民間企業からの出資を受け入れる器になった。

創立時の意図とは、日本にも日本独自のCNNを、あるいはBBC Worldをというところにあった。

当時まで、外国でNHKの放送を見ることがあるとしたらそれは現地駐在員とその家族向けの番組に限られていた。

どこか外国のホテル、緊張の面持ちで外交交渉に臨む我が国外相が、朝、ネクタイを締めながらテレビのスイッチを入れたとする。NHKを見つけてチャネルを選ぶと、流れてくるのは「おかあさんといっしょ」、幼児向け番組でしかないというのがその頃の典型的光景だった。

落胆し憤慨した彼ら政治家が、なぜ日本にはCNN-likeな放送が持てないのか、北京はCCTV-NEWSで、ソウルもアリラン放送で試みているではないかと主張したのは無理からぬところだった。

外交力とはある意味、「真っ先に思い出してもらえるかどうか」の勝負だとも言える。諸国指導者のいわゆるマインドシェアに、日本はしかるべき比率を占めることができるかどうか。国際問題に絡んで日本にお座敷がかかるか否かはこのような、広義のブランドマネジメントに負うところが少なくない。

だからあるべき国際放送とは、日本それ自体のブランド価値を上げていく目的に資すことが求められた。

日本の事態だけを伝えるのでは、そもそも多くの需要を見込めない。またせっかくCNN-likeな放送をつくるからには、アジア事情の報道に関して先取特権(First-mover advantage)を取りに行きたい。地域情勢を誰より早く定義づけるだけの力を帯びた、有力メディアとなるのを目指すべきだ。

かつまた国家プロパガンダとなっては元も子もないから、経営には万全の独自性を与え、政府の介入を排さなくてはならない。音楽やドラマなど民放が持つ豊かな資産——国際競争力がある映像資産の活用を図るためにも、出資は広く民間から募るべきである。

このような合意から、24時間、週7日英語放送の必要は主唱されるに至り、国際放送専門事業主体の創設へと結実したのである。たまたま当時外務省の主担部署にあり事態の推移を仔細に知る立場だった者として、事情は大要、上のようなものだったことを断言できる。(【Part 2】に続く)

(2011年12月20日 記)

北朝鮮