ポップカルチャーは世界をめぐる

指先で色彩を奏でる ロッカクアヤコ

文化

指先に直接絵の具を付け、下描きなしのキャンバスに色彩豊かな世界を描き出す気鋭のアーティスト・ロッカクアヤコ。国籍、老若男女問わず誰からも愛される作品の数々——その魅力に迫る。

10年程前、東京の公園で、筆を使わずに手で直接段ボールにアクリル絵の具で描き始めた日本人女性がいる。

ロッカクアヤコ、29歳——

日本の若い芸術家の登竜門である村上隆主催のGEISAIへの出品で注目され、その後フランス、イタリア、デンマークなど世界中で個展を開催、高い評価を得た。

彼女は2011年夏、オランダ・ロッテルダムのクンストハル美術館において約2ヵ月にわたる大規模な個展『Colours in My Hand』で多くの人を魅了した。

国籍問わず老若男女に愛される

「小さい頃から落書きが好きでした。でも、ちゃんと描き始めたのは20歳くらい。何か自分で表現できることはないかと探し始めたときに、ポンと始まった感じ。生きていて何ができるかずっと探していて、絵を描いて初めてしっくりきたんです」

初めて描いた絵は覚えていない。絵の具をグチャグチャ塗っていた記憶だけが残っている。手で直接段ボールに描くようになってから、大人や子供の絵が出てくるようになった。その独特の手法はどのようにして生まれたのか——。

「手で直接、絵の具を触って描くのでないと、描いている感じがしないんです。手を使って、身体全体で絵を描いているときが一番楽しい。作品にパワーが宿る気がします。段ボールは、どこでも手に入れられて、軽くて立てかけやすい、という理由から使い始めたんです。使い続けていくうちに、自分に一番合っていると思うようになりました。触ったときのあたたかい感じや破ったときの断面、絵の具の乗り方など、全部が好きで今でも使っています」

ロッカクアヤコの芸術活動はとても衝動的。それが素晴らしい結果を生んでいる。段ボールに描かれた絵は親しみにあふれ、普段ギャラリーに足を運ばない人々にも気軽に手に取って見る楽しさがある。絵を購入して家に飾っている人から「触ると元気になります」と言われたこともある。アヤコの絵は世界中の老若男女、幅広い層に愛されている。

「私は小さい頃の気持ち、原点に戻って絵を描くようにしています。小さい頃は誰でも、何も考えずに一生懸命に絵を描いていた時期があるので、私の絵を見ることでその頃の気持ちがよみがえってくるのではないでしょうか」

 

ポップさと生々しさの共存

最近では、350×700cmの巨大なキャンバスに描くこともある。世界中から注目されるようになり、大きな変化があったのだろうか。
「描いてるときの気持ちは変わっていないです。10年前とまったく同じ」

描きたい、楽しい、生きている——その思いのままに夢中で絵を描き続けている。彼女の絵はすべてが無題だ。余計な飾りつけや意味づけもない。創作への欲求に対するひたむきさが見る人に強く訴える。

少女の大きな目に宿る好奇心、長く伸びた手の独特の表情、曲げられた口、裸足で歩き、宇宙船のようなものに乗って雲の上を探検する。そして、花や動物や怪獣たち——これらがロッカクアヤコのモチーフだ。子どものイノセントなタッチを思わせるドローイング、段ボールで作られた大きな家、巨大な少女やうさぎの幽霊の塑像などもある。手がけたアニメーション『about us』の上映も行われた。

そのかわいらしく色彩あふれる作品から、生まれ故郷の日本のアニメーションや漫画の影響を指摘する人も多いが、彼女自身は意識していないという。

「日本で育ったので、自然と影響をもらっていると思います。それでも『ジャパニーズ・アニメーションの絵だね』と言われると、そうじゃないんだけど……と思う。それよりは、絵本からの影響が強いと思います。ストーリーの一部のような印象、動いてる途中の瞬間みたいな絵が多いですね」

ストーリーとは、彼女の人生だととらえることもできる。実際、作品からはポップさだけでなく、何か生々しい部分も感じられる。

「ハッピーなだけでは生きていけない。いい悪いではなく、そういったものが自分の中にあります。両方を1枚の絵に収めたい。かわいいものも好きですが、絵には生々しさもないといけないと思っています」

「前に踏み出す」気持ちを演出

ライブペインティングを行うのも彼女の大きな特徴だ。段ボールやキャンバスに下書きなしで素早く描き進めて観客を魅了する。クンストハル美術館内にも、彼女のアトリエを再現した「AYAKO's STUDIO」と呼ばれる一角を作り、そこで3週間毎日絵を描き続け、インターネットでもライブ中継された。

オランダの子どもたちとのワークショップでも、同じ目線で一緒に絵を描き笑い合う。

会場では彼女に絵のイメージについて尋ねる人、画集にサインを求める人、一緒に記念写真をリクエストする人たちが絶えない。観客がこれほどまでに心から楽しめる参加型の展覧会も珍しい。

「『描きたい』という最初の衝動を伝えたい。大人から子どもまで自由な気持ちになれるライブペインティングを目指しています。だから、筆を使って技術を見せるより、手を使って描くのが合っていると思う。“自分にもできるんじゃないか”と見た人に感じてもらえたらうれしいです。絵そのものの印象ではなく、絵を見たときの感覚が残ることで、その人が“ちょっと前に踏み出す”きっかけになれば」

10年前、ロッカクアヤコは絵を描くことで自身のアイデンティティーを確立した。今、絵を描く行為のすべてをさらけ出すことによって、見る人の背中も押してあげたい——それが、精力的な芸術活動の源になっている。

「一人の中だけで完結しているのではなく、作品を通して、たくさんの人の心の中に何かが残っていくのがアートだと思います」

優しい笑顔の彼女の言葉は力強い。

日本の東京や東北地方などで、子どもたちとのワークショップも計画中だ。

「それから、また自分一人で絵を描いて、展示をやりたいと思います。今、描きたいものを描きとめていく、それを続けていけたらいいなと。これからもずっと自分の絵をつきつめていきたい」

その指先が紡ぎだす色と線。ロッカクアヤコの未来から目が離せない。

 

 

▼展示会場の詳しい模様はこちら

360°パノラマ「ロッカクアヤコ『Colours in My Hand』展」

撮影・インタビュー=染瀬 直人
撮影協力=オランダ・ロッテルダム クンストハル美術館

ロッカクアヤコ Rokkaku Ayako
現代美術家。1982年1月24日。千葉県生まれ。 2002年から公園でペイントを始め、2004年のGEISAI #4でスカウト賞を受賞して注目される。現在はドイツのアトリエを拠点に、世界各国で個展を行い、展示会に作品を出展するなど精力的に活動中。 http://www.rokkakuayako.com










アニメ アート 美術