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福島の「風評被害」を考える——情報学の専門家・関谷直也氏に聞く

社会

風評被害はどのように形成され、伝わっていくのか。情報学研究の専門家・関谷直也氏にこれからの対策も含め話を聞いた。

関谷 直也 SEKIYA Naoya

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター特任准教授、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター客員准教授。災害情報論、社会心理学、PR・広報論が専門。著書に『風評被害—そのメカニズムを考える』(光文社)。

台湾では福島第一原発事故直後の認識が払拭(ふっしょく)されていない

野嶋  初めに基本的なところですが、東京電力福島第一原発事故の問題でクローズアップされている「風評被害」とは何でしょうか。

関谷  本来は安全とされる食品や商品、土地、企業を、人々が危険視し、消費や観光をやめることによって引き起こされる経済的損失のことを指します。もともと、特に、原子力分野において、放射性物質による汚染がない状態で食品や土地が忌避されることが発生してきた経緯がありました。

1954年に起きた「第五福竜丸事件」が、戦後日本の風評被害の始まりでした。それから82年に起きた日本原子力発電敦賀原子力発電所事故もそうです。原子力ではありませんが、97年のナホトカ号重油流出事故もありました。そして今回の福島第一原発事故です。

野嶋  関谷さんが入った東京大学と福島大学のチームは福島第一原発事故による風評被害に関する国際比較調査を行いました。日本を含むアジアと欧米計10の国・地域の大都市で住民計3000人にインターネットを通じて実施していますが、その結果はかなり厳しいものだったようですね。

関谷  総じて言えば、海外においては、原発事故の時点から、人々の認識はアップデートされておらず、事故直後のままでとどまっています。いまだに福島県の飲料水、農作物、海産物など、ありとあらゆることに不安を持っている人が多い。これが現実であり、日本国内の状況とはかなり違います。

われわれは日本に暮らしているので、直後から情報がアップデートされ、危機感が薄らいでいますが、海外ではそうなっていない。ある意味当然のことかもしれません。ですから情報発信にはもっと工夫が必要なのです。

輸入再開を求める日本政府の動きもありますが、それ以前の問題として、事故直後の認識が払拭(ふっしょく)されているかどうか、まずはそこだと思いますね。そのベースがないのに政治的要求として出しても、納得してくれる土壌もないと、カードにすらならない恐れがあります。

台湾、韓国、中国で福島への不安感が強いのは距離が近いから

野嶋  「福島県産の農産物は不安だ」と回答した人の割合は、台湾が81.0%と最も多く、韓国が69.3%、中国が66.3%で、米国の35.7%、英国の29.3%などと比べアジアで全般的に高かった。これをどう分析するべきでしょうか。

関谷  海外では、福島県産だけではなく、東日本や日本全体への不安も残っています。韓国では、海産物に対して、福島県産で75%が、東日本産で55%が、日本全体で45%が、不安であると答えました。風評被害は福島県だけの問題ではなく、東日本や日本全体についても総じて不安を持っているのです。

台湾、韓国、中国で不安感が強いのは、端的にいえば、距離が近いからです。チェルノブイリ原発事故のときも同様の傾向は出ています。ドイツやスウェーデンなどソ連に近いところが不安感を持ち、厳しい規制や対策を行っていました。近いところほど、放射能災害へ不安になるのは当然の結果で、アジアだけが極端な考え方を持っているということではありません。

基本的に海外で「福島がどこにあるか」と聞いても、知っている人は少ない。福島はどこも飲料水も飲めないぐらい汚染されていると思われています。福島県民が190万人暮らしていることは想像できないでしょう。水が飲めない、人が住めない、そんな認識です。日本人は、福島で検査が行われ、出荷が制限されていることも聞いているので、不安も低くなっているのです。

野嶋  各国のメディアの伝え方が極端に不安をあおるような情報を伝えているため、こうした結果になっているのではないか、という問題点も指摘されています。

(撮影:野嶋 剛)

関谷  アジアだけ特に情報リテラシーが低いというようなエビデンスはありません。確かに、メディアということで言えば、アジアだけではなく、ヨーロッパでも、福島のニュースも結構センセーショナルに伝えられています。そうしないと、マスメディアでのニュース価値がないからです。違いがあるとすれば、アジアでは情報量やインターネットの書き込みが多く、関心度が高いことはあるでしょう。

海外が福島を悲観的に取り上げるのは、ジャーナリズムは問題があるというのを取り上げるのが当然で、福島第一原発近くの大熊町、双葉町、浪江町に取材に行って、地元の人々が戻りたくても戻れない状況を取材するのが当然であるともいえます。農作物の生産が戻って人々が普通に生活していること、そもそも線量が全体として下がっている事実などを、メディアは伝えようというモチベーションがない。これは避けがたい問題として存在しています。

海外に検査などのファクトを地道に伝えていく

野嶋  では、この海外における風評被害の状況をどのように改善していくことができるでしょうか。

関谷  検査結果や検査態勢がどういうものなのか、どれだけ行われているのかを知らせることが、一番の風評被害対策になります。つまり検査状況の周知徹底です。津波の被災地に行けば回復が目に見えて分かりますが、放射能災害は目で見えないので、線量の低下や農業の再開などの事実をちゃんと淡々と伝えていくべきです。「福島は元気になっている」「完全復活した」ということよりも、原発事故直後から現在になって「状況は変わっている」という点を伝え、海外の人々の認識をアップデートしていく必要があります。

今の情報発信の中には、しばしば、一足飛びに美談を伝えようとしているケースもあります。でも、海外だからなおさら単純な事実を伝えることが大事。いきなり美談では理解してもらうことは難しいのです。

野嶋  海外の人にどこを見て情報をアップデートしてもらえばいいでしょうか。

関谷  国内でいえば、福島県庁のホームページ(HP)が一番充実しており、4カ国語の発信になっています。しかし、それでは不十分です。海外の人が、翻訳があるといっても、福島県庁のHPを普通は見てくれません。どうやってプッシュ型で出していけるかが課題です。海外で、福島県産のお米や野菜の販促をやっていますが、一方で、過去には、放射能が検出されたことは事実だけれど、7年が経過し、今はほとんどND(不検出)になっているという証拠をちゃんと伝える努力はあまりしていません。全量検査の検査がほとんどNDなのに、海外の人は「全量検査なんてできるはずがない」と根本的に信じてくれないのです。

こうした状況で「おいしいですから食べてください」といっても受け入れられるのは難しい。それより淡々とファクトを海外に発信してもらいたい。なぜなら、そもそも海外の人たちはファクトに対する疑念があるわけで、まずはそこを正していくことが先だと思います。

ちゃんと消費してくれる人に正しい情報を伝える

野嶋  伝え方にも工夫が必要ということですね。

関谷  「基準値以下だから大丈夫です」という言い方が多いのですが、今は米も野菜もND(不検出)で、そもそも放射能が一切検出されていません。100ベクレル以下ですから安全ですというのではなく、NDなのです、と伝えてほしい。放射線災害なので、検出されたものが検出されなくなったところが大事で、それを丁寧に伝えていく必要があります。実際に事故直後は検出されたものもあった。しかし、今は99.99%問題がない。そういうものが伝わっていないのです。

野嶋  海外の人たちを説得することがそもそも難しい、というのもあるでしょうね。

関谷  海外うんぬんというよりも、やっぱり嫌なものは嫌なんです。日本の中でも、福島県内でも1割、県外でも2割ぐらいは、福島県産を食べたくないという人たちはいます。その人たちに、自分が食べているところを見せて、無理やり食べてくださいと説得することは風評被害対策にはなりません。食べたくない人に食べさせるのではなく、ちゃんと消費してくれる人にちゃんとした情報を伝える。それが本来やるべきマーケティングなのです。

ですから、最近やっているような海外向けのキャンペーンには疑問を感じる部分もあります。福島県産は、おいしいかどうかといえば、もちろんおいしい。しかし、新潟や山形の食品もおいしい。他とは大きな差ではない。だから「福島県産はおいしい」というキャンペーンをやっていても事態は打開できません。

繰り返しになりますが、まずは検査などの情報を地道に伝えていく。福島の原発事故は、原子力災害なので、原子力災害からどこまで回復したという事実を伝えるのです。それが風評被害対策にとって最善の方法です。

バナー写真=笑顔でうどんを試食する安倍晋三首相(右)=福島県飯舘村の「ゑびす庵」[代表撮影]、2017年7月1日(時事)

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