3トンの龍神が練り歩く「脚折雨乞」
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干ばつの年に行われた、恵みの雨を呼ぶ神事
大きく開かれた真っ赤な口に、ギザギザの歯、金色の目…。
2016年8月7日午後1時、雷鳴を象徴する太鼓やほら貝の勇壮な音とともに、奇怪な風貌の龍神が、長さ36メートル、重さ3トンという巨大な体をくねらせながら白髭神社(しらひげじんじゃ)を出発し、町中をゆっくりと練り歩き始めた。埼玉県鶴ヶ島市脚折地区に古くから伝わる降雨祈願の奇祭、「脚折雨乞」の始まりだ。
いにしえから脚折地区の雷電池(かんだちがいけ)には湧水があふれ、その周辺では農耕を中心とする暮らしが営まれてきた。日照りが起こると、雷電池のほとりに祀られる神社、脚折雷電社(すねおりらいでんしゃ)の前で雨乞い祈願をした。すると、その効力はあらたかで、必ず雨が降ったと伝えられる。
しかし、17世紀前半、雷電池(かんだちがいけ)の大部分を埋め立てて水田をつくると、いつしか雨乞いをしても雨は降らなくなった。その理由は、この池に住んでいた大蛇が板倉雷電神社(群馬県邑楽郡板倉町)の池に移ってしまったからだとされた。そこで板倉雷電神社の池の水を竹筒に入れて持ち帰り、降雨祈願したところ、たちまち雨が降ったと伝わる。これが脚折雨乞のルーツといわれる。いつから巨大な龍神をつくって雨乞いをするようになったのかは不明だが、1877年に雨乞いのために「蛇」をつくって池に入れたという記述がある。
もともとは夏の日照りが続き、今にも作物が全滅しそうな年、農家の人々が強烈な願いを込めて行った伝統的な民俗行事。カラカラに大地が乾き、このままでは農作物が全滅してしまう……。そんな焦燥に駆られた人々が、残された体力と気力を振り絞って、巨体の龍神をつくり、勇壮に操る祭りは、かつて鬼気迫るものだったに違いない。
地域の絆を取り戻すための祭りに
しかし、それほど重要だった祭りが、1964年にいったん途絶えた。その理由は、都市化によって脚折地区の農家が減り、雨乞いという切実な願いがなくなったからだった。
祭りがなくなって10年余りたつと、やがて地域の連帯感も希薄になっていった。そのことに危機感を抱いた地元住民たちが「脚折雨乞行事保存会」を発足し、1976年に祭りを再開。昔は干ばつのときにだけ行われていたが、現在は4年に1度、オリンピックの年に開催されている。
鶴ヶ島市の総合政策部市政情報課課長・河村治人(かわむら・はるひと)さんはこう語る。
「伝統的な祭りの復活によって、地域のつながりも復活しました。自然の力を畏れながら祈る。そんな自然と一体だった先人たちの暮らし、そこで生まれた祭りを、われわれは後世に伝える必要があると思っています。将来、鶴ヶ島市で育った子どもたちが“自分の故郷には脚折雨乞がある”と、誇りを持てるような祭りを継承していきたいと取り組んでいます」
その努力の結果、前回開催された翌年の2013年には、日本各地の地域の個性を生かした行事を表彰する「第17回 ふるさとイベント大賞」(主催=一般財団法人地域活性化センター)で、新旧住民が一体となって継承する脚折雨乞の価値が認められて最高賞に輝いた。そして、地元では祭りを「皆で盛り上げよう」という雰囲気がさらに高まっている。
龍神の体は巨大だが、急ごしらえでできるものだといい、現在も250人の地元住民が協力して、わずか1日半で完成させているという。脚折雨乞行事保存会相談役の髙澤勲州(たかざわ・のりくに)さんは、こう語る。
「龍神の骨格は、孟宗竹70本でできています。肉となるのは麦わら570束。祭りの当日にクマザサなど緑の材料で飾り付けて仕上げます。これらは昔の農家では身近にあり、皆で持ち寄ればすぐに用意できる材料でした。しかし、現在は麦を栽培する農家が地域になくなったので、脚折雨乞行事保存会のメンバーが龍神の体をつくるために麦を栽培しています」
池の中で勇壮に暴れて雨を呼ぶ
こうして完成した「龍蛇(りゅうだ)」は、出発前、白鬚神社前で行われる「入魂の儀」によって、その大きな口に板倉雷電社より運んできた御神水が注がれるや、魂が入り、「龍神」となる。この巨大な龍神を300人の男たちが担ぎ、白髭神社から雷電池までの2キロメートルを練り歩く。周囲に響き渡る激しい太鼓やほら貝の音は、雨を呼ぶ雷鳴だ。祭りが進むにつれて、不思議と日差しが弱まり、涼しい風が吹き始めた。
白髭神社を出発して、1時間半後。木立の向こうに龍神の巨体がのっそりと現れた。その光景は現実離れしていて、まるで異界の怪物のように見える。
板倉雷電神社の御神水が注がれた雷神池に、龍神は木々の合間を縫ってゆっくりと、厳かに入水する。やがて300人の男たちに担がれた巨体は、ゆっくりと池の中を浮きつ沈みつ、動き回る。「尻剣」と呼ばれる剣で池の水面をたたく人、ほら貝を吹き鳴らす人は、いずれも大騒ぎして池を汚すことで、水神を怒らせて雷と雨を誘うという。
「雨降れたんじゃく、ここに懸かれ黒雲」
人々は独特の文言を必死に叫び、降雨祈願をする。「たんじゃく」とは、仏教の守護神である「帝釈天」のことと伝えられている。
解体された龍神の体にもご利益がある
祭りが最高潮を迎えるのは、龍神の解体シーン。龍神の昇天だ。男たちは見事につくり上げられた巨体を、わずか5分ほどでバラバラに壊し、頭についた金色の宝珠をはじめ、目や耳など体の全ての部位を奪い合う。これらの部品はご利益があるとされ、人々は持ち帰って床の間などに飾る。
雨乞いの神事から、地域の絆の祭りへ。目的は変わっても、古来の祭りの姿はそのまま継承されている。近年も、脚折雨乞のあとは翌日までに高確率で雨が降るという。もしかしたら、祈りの効力は今も失われていないのかもしれない。
写真=宗形 慧 取材・文=加藤 恭子