ポップカルチャーは世界をめぐる

翼と日本漫画文化が世界中で愛される理由

文化

日本のサッカーブームに火をつけ、世界各国でアニメ放映され、数多くのサッカー選手に影響を与えた『キャプテン翼』。原作者の高橋陽一氏に、翼くんの誕生秘話や日本ポップカルチャーの人気の秘密を聞いた。


高橋陽一
TAKAHASHI Yōichi

1960年7月28日、東京都出身。80年『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて、読み切り作品『キャプテン翼』で漫画家デビュー。81年、同誌で連載開始。83年にテレビアニメ化されるとサッカーブームになり、日本中にサッカー少年が急増。アニメは海外でも広く放送されて人気を博し、海外の名プレイヤーたちにも大きな影響を与えている。現在も成長する『キャプテン翼』を書き続けている。

世界中で愛される人気漫画『キャプテン翼』の生みの親、高橋陽一さん。

翼くんの出現によって、サッカーブームが巻き起こり日本サッカー界は急成長した。海外でもメッシ、ジダン、デル・ピエロ、フェルナンド・トーレスといった名選手たちが翼くんに憧れてサッカー技術を磨いたという。最近では、2011年女子W杯の日本女子代表チームの応援キャラクター「楓ちゃん」を描き下ろして、なでしこジャパン優勝の快挙をサポートした。

世界中を魅了し続ける高橋さんが、翼くん誕生秘話から、サッカーへの思い、日本女子代表のW杯優勝の喜びを語ると同時に、日本のポップカルチャーが世界中で愛される理由を鋭く分析してくれた。

翼誕生のきっかけはW杯アルゼンチン大会

——始めに、漫画家になろうと思ったきっかけを教えてください。

「子どもの頃から絵を描くのが好きでしたが、日本の普通の子どもと同じように、プロ野球選手にも憧れていました。でも、大きくなるにつれて、プロ野球選手は無理かなと。だったら、自分の好きなもう一つの道、絵で勝負したいと思ったのがきっかけですね。漫画を読むことは小学生時代から好きで、当時は『巨人の星』や『あしたのジョー』を読んでいました。中学生の時は、野球をやっていたこともあって、『ドカベン』や『キャプテン』といった野球漫画にハマりました。こうして挙げてみると、スポーツものばかりですが、手塚治虫先生や藤子不二雄先生の漫画もたくさん読みました」

——なぜ、当時日本で全盛だった野球ではなく、サッカーをテーマに選んだのでしょう?

「高校3年の時に、W杯のアルゼンチン大会(1978年)をテレビで見て、『ああ、サッカーってこんなに面白いんだ』と気づいたんです。興味を持って調べてみると、ヨーロッパでは野球よりもサッカーの方が断然盛んで人気があって、競技人口も圧倒的に多い。それで、サッカーというのは世界一のスポーツだということに気づきました。実は漫画を描き始めた当初、野球を題材にした作品も描いていましたが、当時の日本には野球漫画が本当にたくさんありました。だったら、ほとんど開拓されていないサッカーでいこうかなと」

——その頃、サッカーが世界的なスポーツだと分かっている日本人は少なかったのでは。

「そうですね。だから連載を開始したばかりの頃は、『ワールドカップ』という言葉すらも全く浸透していなくて、『キャプテン翼』の中でも、W杯はこういう大会なんだよ、4年ごとに行われる、世界で一番すごい大会なんだよ、というのをいちいち説明する必要があったんです」

——『キャプテン翼』が生まれて、昨年でちょうど30年が経ちました。日本のサッカーは驚くほどの進歩を遂げました。『キャプテン翼』なくしては、この進歩はあり得なかったと、サッカーファンや関係者は皆、口にしますが、ご自身は、どう受け止めていますか?

「サッカーというスポーツがここまで受け入れられたのは、『キャプテン翼』の影響というよりも、サッカー自体の魅力によるものだと思います。ただ、皆さんにそう言っていただくのはありがたいですし、多少は日本のサッカー文化を後押しできたのかと思うと、素直に嬉しいですね」


女子W杯決勝前日の7月17日、日本女子代表チーム「なでしこジャパン」を激励する高橋さん(前列中央)。左が大会MVPと得点王を獲得したキャプテンの澤穂希(さわほまれ)選手。写真提供=ワールドサッカーキング/千葉格

まさか澤穂希選手が「翼くん」だったとは

——今年7月、女子W杯ドイツ大会で、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表の愛称)が初優勝を果たしました。高橋さんは、女子サッカー応援キャラクターとして、「楓ちゃん」を描き下ろしたのを始め、ずっと女子サッカーを応援されてきました。決勝のスタジアムにも行かれて、目の前でなでしこジャパンの快挙を見届けた感想をお聞かせください。

「大会が始まる前は、正直、なでしこジャパンには、まだW杯を優勝する力はないと思っていたので、決勝まで残った段階で、もう本当に素晴らしいことだと思いました。決勝が行われたスタジアムではアメリカの応援がすごくて、かなりアウェーな雰囲気。そういった中で、今まで一度も勝ったことのないアメリカ相手にどこまで戦えるのか、という感じで見ていました。楓のプロジェクト自体も、ロンドン五輪に向けて、もう少し長いスパンで応援していこうというプロジェクトだったので、まさか優勝するとは、というのが偽らざる心境ですね。しかも、二度のリードを追いつき、120分間を戦った後にPK戦を制しての優勝ですから、本当に素晴らしいの一言です」

——楓ちゃんのモデルでもあるキャプテンの澤穂希選手が、大会を通じてチームを引っ張り続け、得点王とMVPにも輝きました。W杯での澤選手の活躍については、どう感じていますか。


高橋さんは東日本大震災の復興支援活動にも積極的に参加している。チャリティーブックの表紙原画もチャリティーオークションに出品して高値を付けた。写真提供=『We’ll Never Walk Alone』(フロムワン) (C)高橋陽一/集英社

「だいたい、男子サッカーの日本代表の試合を見る時は、『あの選手は翼っぽい』とか、『日向っぽい』という目線で見ていることが多いんですが、今回の澤選手は、まさに僕が描いてきた翼そのものの活躍をしてくれたと思います。背番号10をつけてキャプテンとしてプレーして、チームをW杯優勝に導いて、しかも得点王でMVP。今まで、ずっとサッカーを見てきて、誰が翼になるのかな、と思ってきたんです。それが、まさか女子だとは思わなかった。しかも澤選手は、とにかく、『サッカーが好きで、仲間とボールを蹴ることが楽しい』という気持ちが表情や発言から伝わってくるので、そこもすごく翼っぽいんですよね」

——澤選手を始めとした、なでしこジャパンの決して諦めない戦いぶりは、東日本大震災で甚大な被害を受けた日本の人々に、大きな勇気を与えました。

「本当にそう思います。震災後のこういう時期に、粘り強く戦って、格上の相手を次々と破ってのW杯優勝ですから、被災地の人々を始めとした、震災に苦しむ人々を、本当に勇気づける戦いぶりだったと思います。まさに、国民栄誉賞にふさわしい快挙だったと思います」

日本の漫画・アニメが世界中で愛されるわけとは

——『キャプテン翼』は、日本を飛び出し、世界中の人々に愛されています。同様に、多くの日本の漫画・アニメが、世界中でファンの心をつかんでいます。なぜ、日本の漫画文化は、世界中の人々に愛されるのでしょうか。

「大きな理由の一つとして、質の高いストーリー漫画が育つ環境があるからだと思います。ストーリー漫画というのは、おそらく手塚先生のものが世界で初めての作品だと思うんですが、日本で誕生したストーリー漫画が、漫画雑誌という発表の場を得たことで大きく進化したと思っています。最初は月刊誌だったものが、いつしか週刊誌となり、漫画家は毎週20ページ前後を描き続けることになりました。多くの漫画週刊誌が生まれ、それが受け入れられたことが、この文化の確立につながったと思います。それこそ、『週刊少年ジャンプ』の全盛期は毎号500万部以上を発行していたわけで、それだけの人が漫画を読めば、読者の中から漫画を描きたいと思う人も生まれてくる。このシステムは、おそらく日本独自のものでしょうし、この環境があったからこそ高い質の漫画・アニメを生み出せたんじゃないでしょうか」

——そのシステムによって、競技人口が増え、より注目される舞台、言うなればビッグゲームを数多く経験できる環境を手に入れたわけですね。

「そうだと思います。そして、日本中の人々に漫画文化が理解されたことによって、日本人として生まれてくること自体が、漫画家になる上で非常に有利だという環境を生み出しました。現在のサッカーの世界では、スペイン人として生まれてくれば、すでに世界最高峰のリーグであるリーガ・エスパニョーラが存在していて、高いレベルの育成システムもでき上がっている。それと同じように、日本では、週刊漫画誌が数多く存在していて、描こうと思えば、小学生の頃から本格的に漫画を描き始めることができる。これは他の国にはない環境です。同様にアニメに関しても、日本は非常に恵まれた環境が整っているということは、間違いないですね」

僕自身、翼の夢であるW杯優勝を見たい!


数々のシリーズを経て、今でも成長を続ける翼くん。最新刊は『キャプテン翼 海外激闘編 EN LA LIGA 第5巻』(集英社)。(C)高橋陽一/集英社

——最後に、『キャプテン翼』が今後、どういった展開で進んでいくのか、教えてください。

「日本をW杯で優勝させて、世界一のサッカー選手になる」。この翼の夢は、子どもの頃から変わっていません。ですから、その夢に向かって進んでいくことになりますね。ちなみに、翼は今、ようやくバルセロナでの1年目のシーズンを終えようとしているところなので、まずはそこを描ききって、その後、並行してストーリーを進めている五輪の話を描き、そして、最後はW杯を目指せればなと」

——まだまだ、先は長いですね。

「本当に長いです(苦笑)。僕自身、僕が生きてるうちに、漫画を描けるうちに、翼の夢であるW杯優勝を見たいと思っています。体力と気力の続く限り、頑張っていきたいです」

撮影=松田 忠雄

 

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