旧ジャニーズ性加害:新会社STARTOは「鎖国」に逆戻り、紅白出場なしもテレビ局は元通り?

文化

芸能界、テレビ業界を大きく揺るがした旧ジャニーズ事務所の故・ジャニー喜多川元社長による性加害問題。2025年3月には英BBCの報道から2年となる。社名変更したSMILE-UP.は被害者への補償の進展を報告するが、この間に何が変わり、何がそのままなのか。

本気で改革を図ろうとしているように映ったが…

英国の公共放送BBCがドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」を放送したのは、2023年3月7日。旧ジャニーズ事務所(以下、旧ジャニーズ)の故・ジャニー喜多川元社長(19年死去)による少年たちへの性加害をテレビで初めて告発する番組だった。

BBCの報道後に旧ジャニーズが委託した外部専門家による「再発防止特別チーム」(元検事総長の林眞琴弁護士ら)が、ジャニー氏の性加害を事実と認定したのは23年8月末。同事務所には厳しい内容で、これを受けて経営陣が9月7日に記者会見を開いた。

会見に出席したのは藤島ジュリー景子前社長、東山紀之新社長、子会社・ジャニーズアイランドの井ノ原快彦社長(当時)ら。

記者会見に臨む旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の藤島ジュリー景子前社長(右から2人目)ら。同3人目は東山紀之新社長、4人目は子会社・ジャニーズアイランドの井ノ原快彦社長(当時)=2023年9月7日、東京都千代田区(時事)
記者会見に臨む旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の藤島ジュリー景子前社長(右から2人目)ら。同3人目は東山紀之新社長、4人目は子会社・ジャニーズアイランドの井ノ原快彦社長(当時)=2023年9月7日、東京都千代田区(時事)

ジャニー氏のめいであるジュリー氏は「叔父のしたことですので、めいの私が責任を取ります」と涙ながらに謝罪した。ジャニー氏のまな弟子だった東山氏も「鬼畜の所業」と断罪。東山氏、井ノ原氏は10月2日にも会見し、あらためてわびた。

旧ジャニーズはそれまでに一度も経営陣が記者会見を開いたことがなく、極めて閉鎖的な組織だった。だが、東山氏らの姿勢は違って見えた。2回の会見で、被害者に「法を超えた」補償を行うことや、補償を終えた後に同事務所を廃業させ、ジュリー氏が関与しない新会社に業務を移行させることを発表するなど、本気で改革を図ろうとしているように映った。

しかし、ソニーのエンタメ系子会社などで社長を務めた経験を持つ福田淳氏が新会社STARTO ENTERTAINMENT(スタートエンターテイメント、以下STARTO)の代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任することが決まった11月になると、流れは一変する。

旧ジャニーズと同じ「鎖国状態」に

新聞・通信社記者との懇談会を開き、取材に応じる「STARTO ETNERTAINMENT」の福田淳CEO(最高経営責任者)=2023年12月9日、東京都港区(時事)
新聞・通信社記者の取材に応じるSTARTO ETNERTAINMENTの福田淳CEO(最高経営責任者)=2023年12月9日、東京都港区(時事)

福田氏は2023年12月に一部の新聞、通信社の記者らの取材に応じたきりで、記者会見は一度も開いていない。

STARTOは24年4月、旧ジャニーズのタレント28組295人と契約し、資本金1000万円で旗揚げされた。経営陣や従業員が出資したと伝えられるが、詳細について説明もない。

このため、芸能界、テレビ界には「資本金と数億円単位になる運転資金は、ジュリー氏が出したか、あるいは債務保証したのではないか」との見方がある。それが本当なら、STARTOは旧ジャニーズの看板を掛け替えただけの組織になってしまう。

このような疑念を晴らすためにも記者会見は不可欠と思われるが、福田氏はその素振りも見せない。旧ジャニーズと同じ「鎖国状態」に戻ってしまった。

被害者への補償は進むも、基準などは不明なまま

一方、ジュリー氏は旧ジャニーズが2023年10月に社名変更したSMILE-UP.(スマイルアップ)の代表取締役を現在も務めている。同社は被害者への補償に専念することになっている。

同社に被害を申告したのは24年12月13日の時点で1008人。そのうち補償内容が合意に達した人が538人、同社側から補償は行わないと通告された人が215人、連絡が取れなくなった人が237人、補償算定や在籍確認中の人が9人だという。補償の基準などは明らかにされていない。

メディアからはより詳細な説明を求める声が上がっているが、ジュリー氏も東山氏も会見する気配がない。記者会見をしたのは世間のバッシングが強かった性加害の認定直後だけだった。

最近では、SMILE-UP.側と一部の被害者、被害申告者との間で調停や裁判に発展したケースや、米ネバダ州ラスベガスでの被害を訴える人たちが同州でSMILE-UP.に対する裁判を起こす動きも表面化している。

紅白出場辞退が象徴するSTARTOの強硬姿勢

新会社STARTOを巡っては、テレビ局に対する強硬な姿勢が旧ジャニーズ時代と似てきたと指摘する声も出始めている。象徴的なのは、大みそかの「NHK紅白歌合戦」への出場をSTARTO勢が辞退した件である。

NHKは2023年9月から旧ジャニーズ所属タレントの新規起用をストップ。同年の紅白は44年ぶりに同事務所からの出場がゼロとなった。24年4月の新会社発足後も起用停止を続けていたが、10月16日にSTARTOのタレントの起用を再開することを発表した。

「被害者への補償と再発防止の取り組みに加え、(SMILE-UP.とSTARTOの)経営の分離も着実に進んでいることが確認できましたから」(10月定例会見で稲葉延雄会長)

NHKの制作関係者への筆者の取材によると、その前から紅白の最高責任者である制作統括(プロデューサー)がSTARTOに出演交渉をしていた。しかし、歌手の出場者数で折り合いが付かないでいた。

紅白制作側はSnow Manら2組の出場を提案。STARTO勢は23年9月からNHKに新規出演しておらず、出場基準の一つとして公表されている同局への貢献がないのだから、白組の出場者全21組の約1割というのはとっぴな提案とは思えない。(1997年から2008年までの旧ジャニーズ勢の出場は1~2組だった。)

STARTO側は3、4組の出場を望んだ。多く感じられるが、起用が停止される前の22年の出場が6組だったことなどが根拠だろう。

その交渉中の10月20日に放送されたのが、NHKスペシャル(Nスペ) 「ジャニー喜多川“アイドル帝国”の実像」。この番組が両者の話し合いを複雑化させた。

SMILE-UP.の補償担当者が被害者の遺族に冷たい言葉を浴びせる場面が盛り込まれるなど、同社とSTARTOに厳しい内容だった。しかし、STARTOを最も刺激したのはその部分ではなく、旧ジャニーズから横滑りした同社顧問・若泉久朗氏を一方的に糾弾した点だとされている。若泉氏は元NHK理事で制作部門のトップも務めた。

他の芸能プロからはSTARTO批判の声も

2000年代の終わりごろから、NHKと旧ジャニーズは癒着していたと批判される。09年以降、同事務所の紅白出場組数は増え続け、15年には最大の7組に上った。Nスぺでは癒着の責任が若泉氏だけにあるような描き方だったが、確かにそれには無理がある。(番組の取材対象として現役のNHK職員は1人も登場しなかったが、これについては局内からも疑問の声が上がっている。)

こうして出場組数とNスペの問題で入り組んだNHKとの交渉の結果、STARTO勢は紅白を辞退した。しかし、他の芸能プロダクションからは同社を批判する声が強い。

「思い通りにならないと出演しないのでは、旧ジャニーズと変わらない」(筆者の取材に対し、ある芸能プロ幹部)

旧ジャニーズは、他の芸能プロの男性アイドルが登場する番組に自社の人気タレントを出演させないようにするなどして、自らの意向をテレビ局に押し付けてきた。そうした態度が復活しつつあるように見えるということだ。

民放の多くは静観姿勢を継続

旧ジャニーズに対する沈黙が性加害を長期化させた一因と批判を受けたテレビ局には、変化があったのだろうか。

2023年9月に同事務所が性加害を謝罪すると、NHKとテレビ東京は所属タレントの番組への新規起用を停止。日本テレビも新たなレギュラー番組への起用を止めた。ただ、BBCが報じた時点では動かなかったのだから、報道機関としておかしな話である。

テレビマンたちは長年、ジャニー氏の少年らへの行為のうわさを知りながら、見て見ぬふりをしていた。元テレビ朝日幹部(故人)は約20年前、「ジャニーには困ったもんだ」と筆者に話したこともあった。

23年秋以降もテレ朝、TBS、フジテレビは新規起用を継続。「タレントに罪はない」などと説明したが、ほぼ「見て見ぬふり」を続けるようなもので、詭弁(きべん)ではないか。

テレ朝は26年、東京・有明に1500席規模の劇場をオープンする。テレビ界、芸能界では「劇場の売り物になるのは旧ジャニーズ勢」と、性加害が社会問題化する前から言われていた。

劇場は集客の目玉がないと維持が難しい。テレ朝が旧ジャニーズやSTARTOのタレントの起用をやめなかったのは、この劇場のためと指摘されている。

やはり起用を継続したフジは、18年にプロデューサーを社員のまま旧ジャニーズに出向させていた。前代未聞の人事だった。関係の近さ、深さをうかがわせる。

TBSも起用を停止することはなかった。日テレは24年4月に起用を再開した。

STARTOへの忖度を早くも再開?

民放で1年以上起用を停止していたのは、10月3日まで解禁しなかったテレ東のみだった。これは親会社が日本経済新聞なので、日経が付き合いの深い財界に気兼ねしたという見方が強い。財界では、特に経済同友会(代表幹事・新浪剛史サントリーホールディングス社長)が、この問題に厳しかった。

そのテレ東もSTARTOへの忖度(そんたく)を早くも再開したようだ。性加害を特集したNスペの取材に応じたOBに対し、番組放送後に同局広報幹部が「今後、元テレビ東京社員という肩書を使わないでほしい」「在職中のことは話さないでほしい」と要請したというのだ。

そのOBは桜美林大学教授の田淵俊彦氏。同氏のブログや「プレジデント・オンライン」への寄稿によると、テレ東幹部はNスぺ放送後、視聴者から同局へ寄せられた多くの電話対応で制作現場が動揺しているので、OBとしての発言を控えるように求めてきたという。

しかし、田淵氏が番組で話した内容はジャニー氏の人柄や旧ジャニーズの体質で、公共性も公益性もあった。

「テレビマンは芸能プロダクションのことを話しにくい。テレビ業界全体にそういう雰囲気が長年にわたってあります」(筆者の取材に対し、田淵氏)

ジャーナリストでもある田淵氏はあえて火中の栗を拾い、証言した。こうした発言を封じていたら、テレビ界と芸能界の関係はブラックボックスに入ったままになってしまう。

一方、Nスペを放送したNHKを褒められるかといえば、必ずしもそうではない。同局は民放と異なり高い公共性を求められ、ニュース、ドキュメンタリーの報道系と芸能、エンタメの制作系が事実上、分離されているため、報道側が制作するNスぺは芸能界の暗部に斬り込むことができた。ただ、番組は24年4月の段階で9月の放送が内定していた(実際の放送は10月)。NHKはその放送をみそぎのようにして、補償の進展などとは関係なく、毎年視聴率が注目される紅白に向けて秋にはSTARTO勢の起用を再開するつもりだったのではないかと、筆者には感じられる。

STARTOのタレントを出演させれば、視聴率は取れる。しかし、テレビ局がそこにばかり目を向けて、性加害を巡る自らの姿勢への十分な反省なしに旧ジャニーズ勢と元通りの関係に戻ってしまうのであれば、問題の真の解決には至らず、芸能界やテレビ業界での第2、第3の不祥事は避けられない。

バナー写真:ジャニー喜多川元社長の死去当時、旧ジャニーズ事務所の本社ビルに掲げられていた看板=2019年7月、東京都港区(AFP=時事)

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