高橋留美子とジェンダー。希代の漫画家が描き続けた“境界の揺らぎ”とは
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男と女を行き来する斬新な設定の主人公
「おれは男だーっ!」
声優・林原めぐみの“雄たけび”に、胸を熱くしたファンも多いだろう。
10月5日、『らんま1/2』の「完全新作的アニメ」が放送開始となった。漫画家・高橋留美子による格闘ラブコメの傑作が、35年ぶりにアニメとしてよみがえったのだ。山口勝平・林原めぐみ・日髙のり子をはじめ、声優のメインキャストがほぼ続投ということもあり、大きな話題を呼んでいる。
本作の主人公は早乙女乱馬。「無差別格闘早乙女流」なる武道を父・玄馬から受け継いだ、16歳の少年だ。しかし彼は中国での修業中、父によって呪いの泉に落とされ、“水をかぶると女になり、お湯をかけると男に戻る”特異体質になってしまう。以来、乱馬は“男と女”を行き来しつつ、くせ者ぞろいのライバルと、時に激しく時にくだらない闘いを繰り広げる。同時に、許婚(いいなずけ)の天道あかねともぶつかり合いながら徐々に距離を縮めていく──。
『らんま1/2』の連載が「週刊少年サンデー」で始まったのは1987年。斬新な設定は瞬く間に読者を引きつけたが、前作『うる星やつら』(1978~1987年連載)のファンはきっとニヤリとしたことだろう。乱馬の「おれは男だーっ!」という叫びは、『うる星』に登場する藤波竜之介の口癖「おれは女だーっ!」と映し鏡になっているからだ。
「昭和の理想的男子」を突き崩すキャラクター
竜之介は学ランに身を包んだ“美男子”……に見えて、実はれっきとした女子。跡取り息子を欲する父に雄々しい名前を与えられ、男として育てられたのだ。一人称は「おれ」のべらんめえ口調、腕っぷしも強いが、性自認は女性である。セーラー服やブラジャーに憧れ、父に妨害されながらも「普通の女の子」としての人生に必死で手を伸ばす。
竜之介は1982年に初登場した。85年に女性差別撤廃条約を締結、翌86年に男女雇用機会均等法が施行と、日本で「ジェンダー平等」が公に掲げられる前である。竜之介の父の「跡取りは絶対に男でなくてはならない」という主張も、当時を思えば(あるいは現代でさえ)決して大げさではない。「男らしさ/女らしさ」を求める圧力も今とは比べ物にならなかっただろう。
強くたくましくかっこよく、おまけに純情。そんな“昭和の理想的男性像”を、竜之介は“女子である”ことによって絶妙に突き崩している。事実、高橋は「『うる星』の場合、『顔がいい男性キャラは絶対にボケのキャラじゃないといけない』というルールを作っていた」が、「たまにはかっこいい男性キャラを普通にかっこよく描きたい。(中略)女のキャラならそれが許されるんじゃないかと閃(ひらめ)いたんですよ」と明かしている(『漫画家読本vol.14 高橋留美子本』より)。
『うる星』でもっとも「正統派のイケメン(ただし女性)」として誕生した竜之介は、女子からモテまくる。終盤に現れる許婚・潮渡渚(しおわたり・なぎさ)もたおやかな美少女……と見せかけて、しっかりとした胸板を持つ男性だ。いちずで可憐、愛する人との家庭を夢見ており、包容力も抜群と、まさに“昭和の理想的女性像”なのだが、竜之介と同じく「性別」を反転させることで「男らしさ/女らしさ」という固定観念をすり抜けている。
そもそも『うる星』のメインヒロイン・ラムが「インベーダー(侵略者)」であるように、高橋の作品群=〈るーみっくわーるど〉は、“越境”が重大なテーマのひとつとなっている(1978年発表のデビュー作『勝手なやつら』でも半魚人や宇宙人が活躍)。こと竜之介の登場以降、繰り返し描かれているのが「性の越境=揺らぎ」だ。しかもその表現は、作品を追うごとに、つまり時代に応じて、少しずつ変容しているのである。
性の分断の先にある創作意欲
「(『らんま1/2』について)ジェンダーフリーっていうんですか、男から女へ、女から男へ、みたいのですね。そういうネタはやっぱりすごくやってみたかった」(『るーみっくわーるど35 ALL STAR』高橋留美子インタビューより)
性を超越する竜之介は、『うる星』のネタ切れに苦しんでいた高橋に「新しいエネルギーを持ってきてくれた」という。「ジェンダーが曖昧で、それも描いていて楽しかった」という実感は、高橋の創作意欲をさらに掻(か)き立てていく(『ダ・ヴィンチ 特集・高橋留美子』より)。
そうして生まれた『らんま1/2』には、竜之介・渚の系譜を継いだとも読めるキャラクターが登場するが、“性の揺らぎ”はより自由に、闊達(かったつ)になっていく。主人公の乱馬は、当初こそ「命は捨てても…男を捨てる気はなかったわい、ぼけーっ!!」「女の服なんか絶対着ねーぞ」と、“自分は男であり、女らしいまねはしない”とかたくなに主張していたが、次第に「勝負のためなら女装も辞さない」スタンスに変わっていく。
「女らんまは、あっけらかんとして、服がはだけてもかまわずにバトルに勝つほうを優先するようなキャラにしました。しかも敵によっては『女』を武器にするというしたたかさもあるという(笑)」(『漫画家本vol.14 高橋留美子本』より)
そう高橋が語る通り、女らんまは「勝つ」ためなら、そして「男らしく」なれるのなら、バニーガールにもランジェリー姿にもなる。胸だってバンバンはだける。「マトモな男に戻れるんだ。そのためならば…どんなかわいい女でも演じてみせるわっ」とフリフリのワンピースで男とのデートに臨む一幕など、アンビバレントの極みである。
男を目指せば目指すほど、乱馬は女になっていく。そして女っぷりを如何なく発揮している時ほど、らんまのマインドは雄々しい。「男らしさ/女らしさ」という分断は、乱馬の気ままな行き来によって、「男らしさ=女らしさ」という等式へと移り変わっていく。
るーみっくわーるどに初登場した同性愛者
2000年以降、〈るーみっくわーるど〉における「性の揺らぎ」は、キャラクター個人にとどまらず“関係性”へと波及していく。96年まで連載された『らんま1/2』の時点では、乱馬を筆頭に「女を捨て」た男装女子の久遠寺右京、その右京に懸想(けそう)する女装男子など「ジェンダーが曖昧」な人物が複数登場するものの、総じて“異性愛者”だった。『うる星』の渚もまたしかり。「同性愛者かと思いきや、実は違いました」とするパターンが常だったのだ。84年の発言ではあるが、高橋自身が「基本は男女交際ですから。とにかく男と女のという要素だけは絶対に外せない」と語っている(『語り尽くせ熱愛時代』より)。
終盤、乱馬がライバル・響良牙(ひびき・りょうが)に「恋の釣り竿」なるアイテムによって熱烈にほれ込む回があるが、あくまで一時的かつギャグの範疇(はんちゅう)を出ない。男を好きな男、女を好きな女は基本的に登場しないのだ。
その暗黙の了解を初めて破ったのが、『犬夜叉』(1996~2008年連載)の敵キャラ・蛇骨(じゃこつ)だ。髪にはかんざし、唇には紅を引き、女ものの着物を纏(まと)った男性である。竜之介が「イケメン」を女性にスライドさせて生まれたのとは対照的に、蛇骨はもともと女性として構想された(なお、アニメ版の声優は女性である折笠愛が担当)。「(主人公の)犬夜叉が女の人と殺し合うのは、何か違うんじゃないか」と高橋が疑問を覚えたことから、男性に変更されたのである。
そんな彼について、高橋は「男子が好きな男子キャラを描くのは初めて」と明言している(Xアカウント「高橋留美子情報」より)。犬夜叉との出合い頭、「かっ…かわいーっ‼」と目を輝かせる姿は乙女そのもので、その直後にむき出す残虐性をより際立たせている。
時代とともに変容する愛のかたち
蛇骨は誕生の経緯もデザインも「女」が軸になっている。「男女の恋愛」の変奏として描かれた同性愛者とも読めるだろう。
しかし『境界のRINNE』(2009~2018年連載)では、ついに「男の姿のまま男を好き」なキャラクターが現れる。主人公・六道りんねの幼なじみ、沫悟(まつご)だ。努力で容姿や頭脳を磨き上げたイケメンで、同級生の美少女・杏珠(あんじゅ)に思いを寄せられているものの、まったく意に介さない。ひたすら「りんねひと筋」なのである。
「(りんねを)やっぱり好きだーっ!」と吐露するシーンもあるが、沫悟本人はあくまでその思いを「友情」と言い張り、周囲に「愛だろ」と突っ込まれる。望んだ夢を見られる世界では、りんねと共にタキシード姿で花畑をスキップし、「教会で永遠の友情を誓おう!」と高らかに叫ぶ。
かつて自分を救ってくれた幼なじみと再会する、という少女漫画のような「男女の古典的ロマンス」と、男性同士の親密な友情「ブロマンス」のはざまを行き来しながら、沫悟とりんねはドタバタ劇を繰り広げる。
令和の時代の越境者とは
昭和から平成末期にかけて、〈るーみっくわーるど〉の“性の揺らぎ”は少しずつ変化を遂げてきた。いずれの作品でも、“性の越境者”たちは「己のなりたい姿」「望む関係」をつかむべく、固定観念をエネルギッシュに飛び越えている。世間の常識ではなく「自分」を主軸として好き勝手に暴れ回るその姿は、爛漫(らんまん)たるエネルギーをたたえている。
一方、彼らが「ギャグ要員」「アブノーマルな存在(変態)」として扱われている点には留意すべきだろう。『うる星』にしろ『らんま』にしろ、すべては過ぎ去った時代の価値観に基づいて描かれている。『らんま』の新作アニメが、35年の時を経て、どんなアップデートを見せてくれるのか今後も注目したい。
現在、高橋留美子は「週刊少年サンデー」で『MAO』を連載中。46年にわたって少年漫画の第一線を走り続けている“進化をやめない”作家だ。令和の世にふさわしい、“誰からも笑われない”性の越境者を高橋ならどう描くのか。ファンの期待も凝り固まったジェンダー観も、軽々と“超越”してくれる日を楽しみに待ちたい。
バナー画像:アニメ版では赤い髪がトレードマークの「女らんま」 ©高橋留美子・小学館/「らんま1/2」製作委員会