これが日本のモノづくり—繊細な気配りと技術が生み出すキャンプ道具の逸品たち
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キャンプ、アウトドアブームは数年に一度訪れる
テントを建て、火をおこし、料理をして、時に仲間や家族と語らい、時に一人で炎と向き合う。キャンプは自然の中でその時間を自由に過ごす、忙しい日本の社会人にとってはつかの間の「癒やし時間」である。
過去にも何度かキャンプあるいはアウトドアブームが訪れたが、ここ数年のブームを超えてすっかり一般的なレジャーとして定着した感がある。そのスタイルは家族、グループ、ソロとさまざまで、ブームに伴いキャンプ場が増え、キャンプ用品も著しく進化している。
そもそも日本に最初のキャンプブームが訪れたのは1980年代だ。1981年にアウトドア雑誌『BE-PAL』が創刊され、三菱パジェロやトヨタランドクルーザーといった四輪駆動車が注目を浴びるようになった。用品ではコールマンの製品が流通し始め、ウエアはシェラデザインのマウンテンパーカやパタゴニアのフリースジャケット、足元はダナーやLLビーンのブーツが人気となるなど、アメリカの製品に憧れを抱くキャンパーが多かった。
90年代になるとキャンプの楽しさが徐々にファミリー層へと浸透し、第二次キャンプブームが訪れる。海外の製品が主流であることに違いはなかったが、スノーピークを筆頭に、オガワテント、モンベルなど、それまで本格的な登山用品を中心に展開していた日本のメーカーが、ファミリー向けキャンプ用品の開発に着手する。バブル景気で日本社会が物質的に成長していただけに、反動で自然に癒やしを求める人が増えていった結果とも言える。
キャンプ用品の変容
2000年代に入ると、ロゴスやキャプテンスタッグなど比較的リーズナブルな日本メーカーの製品がホームセンターに並び始め、スポーツオーソリティやスーパースポーツゼビオといった大手スポーツ用品専門チェーンもキャンプ用品売り場を増設した。さらにはワイルドワン、アルペンアウトドアーズ、スウェンなど、アウトドア専門の量販店も店舗数を拡大。いわゆる「河原のバーベキュー」を卒業して泊まりでキャンプを楽しむ愛好家が増え、日本のキャンプは文化として定着し始めた。
それでもここまでは「愛好家の趣味」であったのだが、2011年の東日本大震災により、キャンプ用品は広く世間の注目を集めることになる。仮設住宅ができるまでの間は校庭などでテントを建てて生活していた被災者も多く、防災グッズの延長としてキャンプ用品が注目されるようになったのだ。
そして17年頃になると、一人でキャンプを楽しむ「ソロキャンプ」ブームに火が着く。人々が求めたのは自由と孤独、料理やたき火の魅力など。お笑い芸人のヒロシ氏が、自分のキャンプスタイルを動画で配信したことや、女子高生たちがキャンプを楽しむアニメ『ゆるキャン』が流行したのがきっかけだ。
20年になると、コロナ禍の影響で緊急事態宣言が発令されるなど、日本社会は大きく変わった。不要不急の外出を避け、観光地への旅行などもってのほかという状況だったが、ソロキャンプなら「密集」「密接」「密閉」という三密に該当しない。だから世間的に大きな注目を集め、多くのメディアに取り上げられたことでブームはさらに加速していった。
ガレージブランドの出現
ここまで駆け足で日本のキャンプの歴史をたどってきたが、いつの時代も愛好家の間でよく語られるのが「道具の沼」という言葉だ。
理想のキャンプスタイルを追い求めると、使ってみたい道具が次々と増え、気づけば部屋中がキャンプ用品だらけになってしまうのはよくあるパターン。スタイルが定まらない初心者にありがちなのはもちろんだが、道具にこだわりを持つベテランだからこそ陥りやすいという側面もある。
キャンプは長い時間を道具と過ごすだけに、愛着のある道具を使ったり眺めたりすることも大きな楽しみの一つ。つまりはキャリアに関係なく、誰もが道具にハマる構造なのだ。そういった事情をよく知る日本のメーカーは、ファミリーからソロ、初心者からマニアまで、多様なニーズに柔軟に対応し、魅力的な製品をいち早くリリースしている。
また近年のトレンドの一つに「ガレージブランド」の台頭がある。例えば古くから町工場を営んできた経営者の2代目がキャンプ好きで、自社の金属加工技術を利用してオリジナルのたき火台を作り、小規模ながらもブランドを立ち上げてECサイトで販売する。そういったこだわりのアイテムは希少性が高く、入手困難なためキャンパーの間で常に話題となる。
こうして現在の日本は実に多くのキャンプ用品であふれ返っているわけだが、日本メーカーの開発に共通するのは、ユーザーに対する細やかな配慮やアフターサービスだ。それは日本人が伝統的に行ってきた繊細なものづくりや職人魂の賜(たまもの)であり、だからこそ製品の信頼度が高いのは周知の事実。
ただ昔と違うのは、SNSの発展によりユーザー側の意見が反映されやすくなった点だ。特に小ロット生産が可能なガレージブランドではそれが顕著で、メーカーとユーザーが切磋琢磨(せっさたくま)して製品を開発することがスタンダードになりつつある。
ユーザーファーストの細やかな気配りが行き届いた製品が当たり前に入手できる。海外ブランドのコンセプトや機能を取り入れることから始まった日本のキャンプ用品づくりは、いまや世界有数の規模と仕組みに成長したのである。
日本が誇るキャンプの逸品
昨今のブームにおいて、キャンプ用品は数十万にも及ぶ製品が存在するといわれるが、ここではほんの一例として、日本が誇るキャンプの「逸品」を紹介する。ライトユーザーでもマニアでも、一度使えばその素晴らしさに手放せなくなるはずだ。
SnowPeak「アメニティドームシリーズ」
SnowPeak(スノーピーク)は日本のキャンプシーンをけん引してきた総合キャンプ用品メーカー。そのソロ向けテントのベストセラーとして名をはせるのがこのアメニティドームだ。ベーシックなドーム型テントに、広い前室を設けることで利便性を向上。耐水、耐風性などは日本の気候で徹底してテストされ、使い勝手は抜群。「アメド」の愛称で多くのキャンパーに親しまれている。サイズがS、M、Lとあり、ソロからファミリーにまで対応する。
tent-Mark DESIGNS「サーカスシリーズ」
アウトドアの量販店である「ワイルドワン」のオリジナルブランドがtent-Mark DESIGNS(テンマクデザイン)。その製品の中でテントの名品とされるのが「サーカス」シリーズだ。中央に1本のポールを立てて設営するワンポールテントを日本で流行らせた元祖的な存在で、設営の簡単さと快適性、デザイン性の高さから、一時期はキャンプ場にサーカスが乱立。どれが自分のテントか判別できないという現象が起きるほどの人気だった。スタンダードをはじめ、ソロ用からビッグサイズ、素材、バージョン違いまで多数ラインナップする。
新富士バーナー「レギュレーターストーブST310」
アウトドア用ガスバーナーは通常「OD缶」という丸型のボンベを使うが、ST310は家庭で一般的なカセットコンロ用の「CB缶」を燃料とする。ガスには低温で気化しにくくなる特性があるが、独自のレギュレーター(調節装置)システムで気温0度付近でも使用できるのが特徴。発売から10年以上経つが、いまだに「これを超える製品は存在しない」と言われるほど、多くのユーザーに支持されている。最近はボンベ部分にテーブルを装着するのが流行りで、多くのメーカーからカスタムパーツとして販売されている。
八王子工材「ステンレスファイヤーピットFP350」
丈夫でさびにくいステンレスプレートを組み上げて使用するたき火台。プレートを4枚使うか5枚使うかで大きさが変えられるので、ソロから数人まで対応できるのが大きな特徴。東京・八王子にて1952年に創業された金属材料会社が、素材にこだわった製品を開発し販売。熟練した金属加工職人の手により1点1点丁寧に作り上げられている。
LOCUS GEAR「Khafra HB」
LOCUS GEAR(ローカス・ギア)は、2009年に神奈川県相模原市で創業したガレージブランド。オーナーが趣味で作っていたテントから始まり、口コミで評判が広がって今では入荷待ちが当たり前の超人気ブランド。このKhafra(カフラ)HBは2人が余裕をもって過ごせるモノポールテントながら、重量わずか650gという驚異の軽さを実現。シリコンとポリウレタンをハイブリッド・コーティングした15D(デニール)リップストップナイロンで高い耐風、防水性を発揮する。テントを立ち上げた時の美しいシルエットに魅了される。
NANGA「オーロラライトシリーズ」
NANGA(ナンガ)は1980年代からスリーピングバッグ(寝袋)を作り続ける、日本を代表するメーカー。素材のバラつきが出やすい羽毛製品は高い加工技術や品質管理を必要とするが、それを高次元で実現したことで、海外にも認められ飛躍した。オーロラライトシリーズはNANGAが独自に開発した防水透湿素材を採用したモデル。近年では冬でもキャンプを楽しむユーザーが増えたこともあり、その暖かさとデザイン性で「憧れの寝袋」として大人気のシリーズとなっている。
バナー写真:自らが開発に携わったパップテント(軍用テントの一種)「炎幕」でたき火を楽しむ筆者の櫻井氏。「炎幕」は設営が簡単なのでソロキャンパーに人気がある 写真提供=tent-Mark DESIGNS