日台交流に自転車が効く?——台湾人の目に映った「富山湾岸サイクリング2023」サイクルツーリズムの魅力

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自転車を楽しむ台湾サイクリストの目は海外にも向いている。日台交流やインバウンドにどれほど有効なのか、台湾人の目に映るサイクルツーリズムの魅力を探ってみた。

台湾のサイクリング事情

台湾と言えば世界トップクラスのバイク王国として知られるが、近年、自転車が注目を集めている。例えば、台湾の自転車メーカー「ジャイアント」「メリダ」は世界屈指のブランドに成長。レンタサイクル「YouBike」が普及し、さらに台湾人なら一度はかなえたい夢に「台湾・自転車一周旅行」が入るようになり、サイクルツーリズムが活況を呈しているのだ。

交通部(国土交通省に相当)の発表した自転車の総保有台数は2017年の時点で推定1016万台(レンタサイクルを除く)で、自転車に乗らない高齢者と小さな子供を除くとおおよそ2人に1人は自転車を所有していることになる。

日常的に自転車に乗る12歳以上の人口は約511万人で、全人口の24.2%にあたる。主な利用シーンはバイク同様に「通勤・通学」と思いきや、1位は「レジャー、運動(41.8%)」。「通勤・通学」は21.1%と第3位にとどまった。データからは台湾人にとって自転車は身近な交通手段というよりは、レジャーとして親しまれていることが見えてくる。

日本でも人気の台湾メーカー「ジャイアント」の自転車。富山県の黒部総合体育センターでもレンタサイクルとして活躍中(筆者撮影)
日本でも人気の台湾メーカー「ジャイアント」の自転車。富山県の黒部総合体育センターでもレンタサイクルとして活躍中(筆者撮影)

そんな台湾のサイクリング文化に大きく貢献したのが「環島(台湾一周)」ブームだ。自転車による環島に挑む青年を描いたロードムービー『練習曲』(2007)のヒット、そしてサイクリングロード「環島一号線」の整備など、現在は台湾を「サイクリング大国」とすべく、政府や地元自治体を挙げて各地のサイクリングロード、およびサイクル文化の充実を図っている。その中でサイクリングを通した日台の交流も生まれた。

日本の大会に台湾人サイクリストが出場

2023年4月16日、富山県で開催された「富山湾岸サイクリング2023」に台湾人サイクリストが参加した。

「富山湾岸サイクリング2023」には国内外から約1300人が参加。180キロ、130キロ、80キロ、ファミリーコースの4コースに分かれ、ライドを楽しんだ(筆者撮影)
「富山湾岸サイクリング2023」には国内外から約1300人が参加。180キロ、130キロ、80キロ、ファミリーコースの4コースに分かれ、ライドを楽しんだ(筆者撮影)

同大会は黒部ダムで知られる黒部市をスタート地点に、新潟に接する朝日町と台湾・高雄湾の整備に貢献した浅野総一郎の出身地・氷見市までを結ぶ沿岸コースを走るイベントだ。富山湾が「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟したのをきっかけに2015年に誕生。湾に沿うように整備されたコースは、途中に立山連峰が見える。ここは「海越しに3000メートル級の山々を一望できる」世界に3カ所しかない絶景として知られている。

湾岸サイクリングコース沿いから望んだ富山湾に浮かぶ唐島と立山連峰。氷見市・比美乃江公園にて(筆者撮影)
湾岸サイクリングコース沿いから望んだ富山湾に浮かぶ唐島と立山連峰。氷見市・比美乃江公園にて(筆者撮影)

さて、今回「サイクルツーリズム研究会」(幹事・一青妙氏)と富山県の協力のもと、大会に参加した台湾人サイクリストは、サイクリング専門のYouTuberでインフルエンサーのLindaさんをはじめ、トライアスロン愛好家、コロナ禍を機に自転車に乗り始めた人など22人だ。多くは日本在住だが、Lindaさんら台湾から駆け付けた人もいた。

スタート直前の台湾人サイクリスト(筆者撮影)
スタート直前の台湾人サイクリスト(筆者撮影)

なぜ彼らはわざわざ「富山のサイクリングイベントに出てみよう」と思ったのだろうか。「自転車に乗るのが好きだから」は当然だが、春先のサイクリングイベントなら他にもある。何を楽しみに来たのか聞いてみたところ、一般的な旅行とも、単純なサイクリングとも一線を画する「サイクルツーリズム」の可能性が見えてきた。

旅行者の「欲しい」をかなえるサイクルツーリズム

「大会の何が楽しみ?」

台湾人サイクリストが真っ先に挙げたのは「食べ物」だった。

「富山湾岸サイクリング2023」ではエイドステーションで、補給食として各地域の名物が登場した。例えば、ほたるいか、ますのすし、氷見牛弁当というガイドブックでおなじみのメジャーどころから、かまぼこや国吉りんごゼリーといった地元密着タイプの名物まで、10種類以上が提供されたのである。

富山エイドで提供された氷見牛弁当(サイクルツーリズム研究会提供)
富山エイドで提供された氷見牛弁当(サイクルツーリズム研究会提供)

なんだそんなことかと思われるかもしれない。だが、この補給食がサイクリングと旅行に思いも寄らない相乗効果を生み出していた。一般的な旅行では食べたいものを厳選して旅程を作る。お腹の許容量やカロリーが気になって食べたかったものを諦めるという経験は、旅行者なら一度や二度あるのではないだろうか。

そんな食べ物の悩みは、サイクルツーリズムでは考えなくていい。サイクリングは想像以上にエネルギーを消費するからだ。体格にもよるが、180キロのコース完走で5000キロカロリー以上も消費することも。参加した台湾人サイクリストは「自転車に乗るから、たくさん食べても大丈夫」と話す。走行中は「ハンガーノック」という極度の低血糖状態を避けるためにも適切な栄養補給が必須なのだ。エイドステーションの名物料理の提供は、長時間ライドでの補給と食の楽しみを見事にかけ合わせたのだ。

また富山湾岸ルートでは、ロケーションにも恵まれている。走るだけで立山連峰、雨晴海岸、運が良ければ蜃気楼など富山の観光資源を満喫できる。

エイドステーションで補給食を取るサイクリスト(サイクルツーリズム研究会提供)
エイドステーションで補給食を取るサイクリスト(サイクルツーリズム研究会提供)

Lindaさんは「台湾の大会の補給食はバナナや塩あめなど特色がないので、今回とても楽しみにしていた。メニューも観光客向けのレストランとは違い、地元感がすごくあって魅力的」と話す。

サイクルツーリズムには「短い時間で、現地を存分に堪能したい」という旅行者の「欲しい」をかなえる力があるのだ。

富山のサイクルツーリズムに期待を寄せるLindaさん(筆者撮影)
富山のサイクルツーリズムに期待を寄せるLindaさん(筆者撮影)

新田八朗・富山県知事によると、富山県ではサイクリストがスムーズにライドできるよう各種整備を進めているという。例えば、修理工具やトイレの貸し出しなどのサービスが受けられるサイクルステーションやサイクルカフェの設置、国外に向けて多言語での情報発信にも力を入れてきた。自転車の持ち込み可能な宿、そして電車やフェリーの運行もある。

そんな努力の積み重ねの結果、富山湾岸サイクリングコースは2021年に国が認定するナショナルサイクルルート・6ルートの1つに選定された。

ファミリーコースに参加した新田八朗・富山県知事(筆者撮影)
ファミリーコースに参加した新田八朗・富山県知事(筆者撮影)

日台の自転車文化を感じて

ナショナルサイクルルートとは、充実した観光資源と走行環境を備え、ソフト・ハード両面で一定以上の基準を満たすサイクルルートを指す。実際に走ってみたLindaさんは「サイクリストに優しい」と感激したという。

例として、Lindaさんは「矢羽根」と呼ばれるサイクリスト用の路面表示や、分岐での誘導サインを挙げる。台湾では、環島一号線を除くと、サイクリスト用の標識が非常に少なく、初心者は道に迷いやす。そんな時はスマートフォンのナビ機能に頼りたくなるが、事故を起こす可能性もあり危険だ。その点、湾岸ルートは安全面でも気持ちの面でも安心できるとのことだった。

富山湾岸サイクルコースにある「矢羽根」と呼ばれるサイクリスト用の路面表示(サイクルツーリズム研究会提供)
富山湾岸サイクルコースにある「矢羽根」と呼ばれるサイクリスト用の路面表示(サイクルツーリズム研究会提供)

また、大会スタート前に整然と並ぶサイクリストを見て「日本に来たと実感する。台湾では考え られない光景」とも。台湾だと整列せずに、なんとなくスタートラインの方に押し寄せがちなのだという。台湾人サイクリスト達は、ちょっとした雰囲気の違いも含めて大会を楽しんでいた。

右手奥のスタート地点に向かい、整然と並ぶサイクリスト。日台のサイクリング文化の違いも楽しんでいた(筆者撮影)
右手奥のスタート地点に向かい、整然と並ぶサイクリスト。日台のサイクリング文化の違いも楽しんでいた(筆者撮影)

一方で日本人サイクリストからは「台湾人の皆さんはすごく明るくて元気がいい」との声が出た。ほとんど初対面だった日台の参加者は、共に走ることで打ち解けていったのだ。

1日で富山の食と景勝地が楽しめる、しかも健康にいいとは、それだけで魅力的な旅ではないだろうか。

次の課題は、いかにより広く周知するかだろう。参加者の中にはかつて富山県に住んだことがあるのに、湾岸コースの存在を知らなかった人もいた。ナショナルサイクルルート選定がコロナ禍真っ只中だったこともあり、台湾人サイクリストの間では「知る人ぞ知る穴場」であるようだ。だからこそ「SNSに写真をアップして友達に教えたい」という声もある。個人のクチコミの力も期待されるが、県はサイクリングを通した国際交流を今後どのように展開していくのだろうか。

小雨をもろともとせず談笑する日台のサイクリスト(筆者撮影)
小雨をもろともとせず談笑する日台のサイクリスト(筆者撮影)

新田知事によると、台湾の旅行博への出展や台湾地下鉄の駅をジャックしてPRするなど多角的な周知を進めているという。また、台湾の人気サイクルルートとの友好交流も検討中。日台のサイクリストが互いのルートを走り合うような交流につながればと考えているそうだ。

台湾では自転車レジャーが盛り上がり、さらに各国の水際対策が緩和されたことから、市民の目は海外に向いている。そしてここ数年は、ちょうど富山県の自治体が相次いで台湾の都市との友好関係を結び、交流が活発化しているタイミングでもある。富山湾岸サイクリングコースが、日台友好のより大きなトピックになる日は遠くないかもしれない。

バナー写真 : スタート前にすっかり打ち解けた日台のサイクリスト(筆者撮影)

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