人気ラーメン店から巨大スーパーまで―拡大を続けるトーキョー最新ハラル事情
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礼拝所のあるラーメン店
訪日外国人旅行者(インバウンド)が回復しつつあるいま、東京きっての観光地、浅草にも近い東京メトロ日比谷線・仲御徒町駅前に、外国人客でにぎわうラーメン屋がある。その名は「あやむや」。京都生まれ、絶品の鶏白湯スープが評判の店だ。
この店には、ムスリムが1日5回の祈りを捧げる礼拝スペースがある。そのことは「あやむや」のメニューが、ムスリムが戒律によって食べることを許されたハラルフードであることを意味する。
──ハラルフードって、どういうものなんですか?
来日7年目を迎えるスリランカ人店長、サイフッラさんに率直に尋ねてみた。
敬虔(けいけん)なムスリムであるサイフッラさんは、流ちょうな日本語でかんで含めるように語り始めた。
「ハラルというのは食べ物だけに限らない考え方です。イスラム教ではすべての行いが、正しい行いのハラルと悪い行いのハラムに分けられます。日々の暮らしの中で盗みやけんかなどといったハラムを避けて、善い行いを重ねていけば、それは神様であるアッラーが見ていて来世でおつりがもらえるのです」
話題が食べ物から飛躍したので戸惑ったが、ハラルとハラムの関係を理解するとハラルフードの概念が腑(ふ)に落ちてくる。
「私たちムスリムは、健康であることが日常の善行につながることから、食事でもハラルを実践しています。つまりアッラーが有害だとするハラムの食べ物は避ける。それが食におけるハラルです。避けるべき食べ物は豚と酒が有名ですが、例えば鶏であっても、アッラーの名を唱えて、正しい方法で血抜きをしたものでなければハラルとはなりません」
「あやむや」には、日本に暮らすムスリムやムスリムの観光客が数多く訪れるが、同時にノンムスリムの外国人観光客、さらには日本人、とりわけラーメン好きの日本人も足しげく通う。
そのことはハラルとは決して無関係ではない。ハラル食材で作られる「あやむや」のラーメンは、添加物を一切使っていないためヘルシーで美容にも良い。健康志向の高まりもあって、ノンムスリムの人々の間にもハラルフードに親しむ人々が増えている。
ハラルフードを提供する飲食店、食材店のオーナーや店長には、自らの経験から「食に困るムスリムを助けたい」という思いが強い。
「あやむや」の店長、サイフッラさんも例外ではなく、「来日して日本語学校に通っていた頃は、ハラルフードがなかなか見つからず、本当に苦労しました」と振り返る。
2017年、マレーシアのムスリムたちがサッカーの応援のために大挙、大阪にやって来たことがある。彼らの多くが料理をタッパーに詰めて持参していたが、それは日本にまだまだハラルが少なかったからだ。
東京・新大久保に広がる日本最大のハラル街
コリアンタウンでにぎわう東京新宿区の新大久保駅前には、「イスラム横丁」と呼ばれる日本最大のハラル街がある。通りでは聞き慣れない言葉が飛び交い、日本のスーパーでは目にしないスパイスや野菜、肉類が並ぶ店内に足を踏み入れると、中東や南アジアにいるような錯覚を覚える。
2000年代半ばから徐々にイスラム化が進んだ一帯には、現在ネパール、インド、バングラデシュ、パキスタンなどアジア各国のハラル食材屋が並ぶ。その中でパキスタンの「シディーク・ナショナルマート」を取材すると、ハラルフードが徐々に日本に根付きつつあることが実感できた。
この店のオーナー、パキスタン人ムスリムの味庵(ミアン)・ラムザン・シディークさんが来日したのは、28年前のこと。いまよりも景気が良かった当時の日本でハラルフードのパキスタン料理店「シディーク・パレス」を出店し、やがて26店舗を持つまでになった。
しかし2011年に東日本大震災が起きると料理人の帰国が相次ぎ、16年に店の多くを譲渡することになった。それでも味庵さんは日本を離れず、千葉県木更津市で稲作やキャッサバ栽培など、より地元に根ざした活動を展開している。
ハラルレストランに加えて、木更津で農園や海産物の飲食店を展開する味庵さん。彼が運営する新大久保のナショナルマートには、ハラル食材店には珍しい日本風のパンが売られている。
ナショナルマートにパンを納入するのは、木更津でパン屋を営む藤浪康男さん。藤浪さんの話を聞くと、ムスリムのために奮闘する味庵さんの姿が見えてくる。
「あるとき私の店に味庵さんがやって来て、日本風のパンを作ってほしいと頼まれました。聞けば日本のパンの多くには、ラード(豚の脂肪)を原材料とする乳化剤が含まれているので、ムスリムには食べられないというのです。日本のおいしそうなパンをムスリムたち、とくに子どもたちに食べさせたいという味庵さんの熱意に打たれて、ハラルのパン作りを始めたのです」
すでに珍しくなくなったラーメンに続いて、ハラルのパンも生まれているのだ。
マンモス団地の巨大スーパーマーケット
外国人が20万人、日本人でも5万人と国内ムスリム人口が急速に増える中、日本初の大型ハラルスーパーマーケットが2020年、埼玉県三郷市に誕生した。マンモス団地として知られる「みさと団地」にある「ボンゴバザール」だ。
「ボンゴバザール」は日本はもちろん、アジア各国の食材が勢ぞろいする、さながら「食の万国博覧会」。店内の陳列は大きく日本食材と外国食材に分かれ、後者はトルコ通り、インドネシア通り、タイ通りなど国別に分かれている。多種多様なスパイスはもちろん、ラマダン(断食)中の栄養補給に欠かせないデーツ(ナツメヤシの実)や巨大なヤギの肉、真っ赤なバナナの花など、見たこともない食材が至る所に並ぶ。
棚にはハラル、ムスリムフレンドリー、ノンハラルといった分かりやすい表示、説明が。お客さんが混乱しないための配慮も行き届いている。
「ボンゴバザール」の魅力は、品ぞろえの豊富さだけではない。店内の装飾がとにかく凝っている。あの「ドン・キホーテ」にも通じる、独特の世界観を打ち出しているのだ。
「ウチは、日本人のお客さんには正直よく分からない商品が並んでいると思います。分からないことを敬遠するのではなく、むしろ存分に楽しんでいただきたいという思いで店をプロデュースしているのです」
店長の三ノ輪健さんが語るように、店内の至る所にカラフルなイラストやキャッチコピーが躍る。店の入り口付近には「ようこそ! 魅惑の惑星ボンゴバザールへ!」という看板があり、店内のBGMには映画『インディ・ジョーンズ』のテーマ曲が。
未知との遭遇を楽しむ──。
こうした「ボンゴバザール」の姿勢には、オーナーであるバングラデシュ出身のムスリム、チャクラダール・バダルさんの「誤解されがちなムスリムの本当の姿を伝えたい」という思いがある。
バダルさんは10年ほど前から、大型ハラルスーパーマーケットの構想を持っていた。だがそれは、ただ大きいだけではいけない。日本人とムスリムが触れ合える場所でなければならない。
「そうです。例えば新大久保の店に来るお客さんは、多くが外国人のムスリムばかりじゃないですか。そのムスリムも男性客ばかりで、女性が少ない。日本人とムスリム、とくに女性たちが一緒に買い物できる場所を作りたかったのです」
「ボンゴバザール」には、バダルさんがイメージした世界が広がっていた。
ブルカをかぶった女性客や家族連れが続々と店を訪れ、にこやかにショッピングを楽しんでいる。三ノ輪店長のプロデュースのおかげで、団地の日本人も数多くやって来る。
バダルさんが穏やかな笑みを浮かべて言う。
「ボンゴバザールには、ここにしか売っていない商品が多いこともあって、長野や群馬、茨城や栃木からもムスリムのお客さんが来ます。『ウチの地元にも、こんな店を作ってほしい』という声はたくさん届いています。日本人のお客さんも、日本の食材だけでなく海外の食材に興味を持ってくれて、 『このスパイスはどう使えばいいの?』といった質問をよく受けます。こういう場所がたくさんできれば、ムスリムも自分たちと変わらない人たちだと理解してもらえると思います」
ハラルフードを通じての異文化交流が、各地で静かに進んでいるのだ。
バナー写真:「ボンゴマーケット」(埼玉県三郷市彦成3−208ー1)でよく買い物をするというムスリムの母娘連れ 筆者撮影