マグロ、カツオ、アサリ―漁業現場で相次ぐ不正:コロナ禍で表面化、厳格管理の必要性も
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近年、サンマやサケなどの不漁が目立つものの、日本の排他的経済水域(EEZ)は「世界的にも極めて生物多様性の高い海域」(水産庁)とされ、豊かな海洋資源に恵まれている。それが2021年秋以降、日本自慢の魚介をめぐり、漁業現場で重大な不正が相次いで明らかになった。コロナ下に噴出した大間のマグロをはじめとした不祥事によって、首都圏の台所・豊洲市場(東京都江東区)でも混乱が広がっており、専門家の間では漁業関係者だけでなく、流通も含めた厳格な管理が不可欠という見方も出ている。
マグロ漁獲枠が拡大する中、青森・大間で水揚げ隠し
最高級とされる青森県大間産クロマグロの「漁獲隠し」が発覚した。政府関係者によると2021年11月、10トン以上のマグロが、漁協への報告なしに出荷されていた。しかも、今回判明した無報告分は「氷山の一角ではないか」(政府関係者)という。
国際的な管理の対象となっているクロマグロは、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)が資源評価に基づいて漁獲可能量(TAC)を決定し、各国に配分している。水産庁によると、青森県の今漁期年(2021年4月~22年3月)の漁獲枠は、大型魚(30キロ以上)で合計543トン。このうち大間漁協には、半分近い253トンが割り当てられている。
WCPFCは21年12月、22年度から24年度までの大型クロマグロの漁獲枠を、21年比15%増とすることを決定したばかり。増枠が認められたのは初めてで、資源回復が進んでいると評価されたわけだが、資源管理の枠組みをないがしろにした漁獲隠しは、国際的な批判を
ただ、責任追及には限界がある。漁獲データは漁業者が漁協に報告し、それを県が吸い上げて国へ報告するものの、仮に県の漁獲枠を超えたとしても「次の年に超過分を差し引いて配分する」(水産庁)という甘い運用だ。
漁業法では、所属漁協などに「報告をせず、または虚偽の報告をした者」に関して、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。そちらも青森県によると「これまで(3月18日時点)大間漁業者への適用例はない」という。県は「関係法令に基づき正確な漁獲報告を行うよう、漁協に対し指導していく」(水産振興課)と話しているが、実態の全容解明は難しいだろう。
焼津では漁協職員にカツオが盗まれていた
一方、漁獲データなどを管理する漁協側でも、不正が明るみになっている。2021年10月、水揚げ金額日本一を誇る静岡県・焼津漁港で、漁協職員や水産加工会社の元役員、運送会社社員らが、冷凍カツオの窃盗事件で逮捕・起訴された。港で荷揚げする際、計量前のカツオを漁港職員が抜き取り、横流ししていたのだ。
漁業団体関係者は「以前から焼津で水揚げすると、どうも量が少なく感じるという声はあったが、本当に残念」とあきれた様子で語る。被害に遭った水産会社は、3年間に約148トン、3000万円の損害を被ったとして、漁協などに損害賠償を求めて訴訟中だ。地元の漁業関係者は「カツオの抜き取りは20~30年前から常習的に行われていたのではないか」とみている。漁協職員は横流ししたカツオの代金を、飲み会の費用など遊興費に充てていたという。
焼津漁協では監視カメラを設置し、警備員による監視体制を強化するなど再発防止に取り組むと同時に、窃盗行為に関与した一部職員に懲戒処分を下し、組織の浄化を進めている。
ただ、「漁港では漁船の船主はもちろん、乗組員や漁協職員など大半が顔なじみだから、これからは関係者全てを疑ってかからないといけないのかもしれないね」(カツオの漁業団体関係者)との声もあり、第三者を含めたチェック体制が不可欠だ。
アサリの産地偽装、熊本産は微量
さらに直近では、アサリの産地偽装が発覚。主に中国産のアサリを輸入し、熊本県内の浜で一時的に畜養(仮置き)した後、「熊本県産」として数倍の価格で流通させていたもので、この件も長い間横行していたと推測される。
農林水産省の調査によれば、2021年10月からの3カ月間、全国の主要スーパー約1千店舗で販売されたアサリの8割近くが熊本県産。推計約2500トンに上るが、21年の同県のアサリ漁獲量はわずか21トン。たった3カ月間で、本物の100倍以上の産地偽装アサリが販売されていたことになる。
熊本県は2月8日から2カ月程度、アサリの出荷を停止するよう県内の漁協などに要請。蒲島郁夫知事はブランド維持に向け、偽装根絶へ向けた条例の制定や、熊本産アサリの認証制度の創設を打ち出し、信頼回復を目指す考えだ。ただ、熊本を経由しない偽装アサリも少なくないようで、農林水産省や消費者庁を含め、国を挙げての対策が求められる。
コロナ禍で一斉に発覚、道のり遠い厳格管理
漁業現場での不正行為は、海と陸のはざまで行われるため、実態がつかみにくい。立て続けに3件も発覚したのは、コロナ禍と無関係ではないようだ。水産アドバイザーは「魚食離れで水産業界は厳しい状況が続いていた。コロナ禍で休業や
大間のマグロの場合、初競りのご祝儀相場の印象が強いが、平時の東京・豊洲市場(江東区)の競り値はキロ5000~6000円ほど。150キロものでも1本100万円に遠く及ばない。大間の漁獲枠全体の253トンを換算しても15億円ほどで、卸や漁協の手数料、船の燃料代など経費を差し引けば、漁業者一人当たりの手取りは決して大きくない。しかも、大型マグロが取れるのは冬場の3カ月に限られ、体力勝負でありながら漁師の高齢化も進んでいる。
こうした厳しい現実が漁獲隠しを生んだと考えられるが、さらにコロナ禍で高級クロマグロを扱う料理店などの仕入れ量も激減。それが焦りにつながり、より大胆に不正に手を染めてしまった可能性があるというのだ。
こうした不正に、豊洲の仲卸は不快感を隠さない。「築地(市場)時代から、市場関係者は大間のマグロを最高級品と評価してきた。漁獲の事実を隠したマグロかどうか、われわれには判別できない。ブランド力を維持するには、漁師が報告を怠ってはならないのではないか」(キタニ水産)と険しい表情を浮かべる。別の仲卸も「今やSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれる時代。それと逆行した行為を根絶できないなら、大間のイメージは地に落ちてしまう」といった声も聞かれた。
水産資源管理や流通に詳しい専門家は「現状では日本の漁港・漁協での水揚げ管理は無に等しい」と厳しい見方を示す。漁船や養殖場、漁港に監視カメラを設置し、漁獲情報をリアルタイムで申告した上で、流通段階での報告義務付けを求める声もある。
複雑な流通関係者への周知や多額のコストが必要になるため、にわかに実現させるのは難しいが、ひとたび不正が明るみに出れば、ブランド価値や信頼を取り戻すには大変な時間とエネルギーが必要になる。コロナ禍で不正があぶり出されたのを好機と捉え、日本の魚食文化の継承とブランド価値を高めるため、実効性ある対策を考えなければいけない時が来ている。
バナー:豊洲市場で競りにかけられた大間産クロマグロ 写真:市場関係者提供