誕生から半世紀超、子どもから大人まで魅了―多様さと斬新さで勝負する「ガチャガチャ」はさらなる進化を遂げるのか
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「パッと見て面白くなければ却下」
会社というよりおもちゃ箱―株式会社キタンクラブのオフィスは、そんな印象だ。入り口では、ハシビロコウとゴリラの等身大フィギュアが来客を出迎え、大小さまざまなおもちゃが室内のあちこちに無造作に置かれている。
入り口近くの木製の棚には、設立15周年を迎えた同社がこれまでに発売したカプセルトイが飾られ、多彩なミニチュアの造形、表情に目を奪われる。その中に、同社最大のヒット作「コップのフチ子」がいる。さまざまなポーズをした「フチ子」たちを、一緒にコップのふちで遊ばせてみたい―そんなコレクション欲をくすぐるアイテムだ。2012年に発売されると、SNSが媒介となって若い女性から火がつき、世代を超えた人気を呼んだ。21年7月発売の「スポーツ」編までシリーズを重ね、累計2000万個以上売れている。
「フチ子はマンガ家のタナカカツキさんと組んで開発した商品です」と古屋大貴社長は言う。「カツキさんや彫刻家のはしもとみおさんのようなクリエイターとのコラボもあれば、毎月の企画会議で生まれるものもあります。社員はいま20人いますが、その大半が出席して、みんな自分のアイデアを絵に描いて出してくる。パッと見て面白くなかったら却下、瞬間的にみんながざわついたら合格です」
「アイデアを出して商品化するまでのスピード感が、小さい会社ならではの強みです。大手は企画が通るまでに時間がかかりますから」
おにぎりの“具”が指輪に
毎月4から8種類の新作を出す。最近のヒット作は社員の発想から生まれた「おにぎりん具」(2019年に第1弾、シリーズ化して今夏に第4弾をリリース)。おにぎりがケースになっていて、中には梅干し、サケ、イクラなどさまざまな具材を模した指輪が入っている。
「『コップのフチ子』の時のように、若い世代がインスタグラムに写真をアップして友達同士で見せ合っています。『フチ子』をたくさん集める人はいても、『おにぎりん具』を買い集める人がたくさんいるとは思っていませんでした」
カプセルトイの人気のトレンドは変わりやすい。古屋さんによれば、「ネコ、カエル、キノコ」は「ヒットの要素」だが、新作がヒットするか予測するのは難しい。SNSで「バズる」かどうかがカギを握る。
古屋さんは2006年、30歳でカプセルトイメーカーのユージン(現・タカラトミーアーツ)から独立して起業。子どもの頃駄菓子屋の店先に設置された「キン肉マン消しゴム」のガチャ自販機に夢中になった世代だ。だが起業してこだわったのは、斬新な大人向け商品だ。
「少子化で子どもがいなくなるのは分かっていたので、最初から大人向けに焦点を絞りました。クオリティー重視だったので当初は赤字続きでしたが、フチ子が大ヒットして事業が軌道に乗ったら、この5年で同業者が急に増えました」
「日本ガチャガチャ協会」会長・小野尾勝彦さんはユージン出身で古屋さんの先輩だった。現在はコンサルティングやガチャイベントのプロデュースをしている。小野尾さんによると、カプセルトイの市場規模は約400億円で、この10年で1.5倍増えた。バンダイとタカラトミーアーツが約6割強を占めるが、近年は新規参入が増え、主に大人向け商品を開発する中小メーカーが約30社連なる。毎月、300程度の新商品が発売され、全国約60万台の自販機を介して販売される。価格は1個300円から500円が中心で、気軽に購入できることも人気の要因だ。
創世記から第4次ブームまで
カプセルトイの歴史に詳しい小野尾さんによると、元々は米国発の文化だった。
「米国には自販機のガムボールマシンがあって、ガムの他におもちゃも入れていました。戦前・戦後、米国の貿易会社Penny King Co.のL.O.ハードマン社長が、日本でそのマシンに入れるセルロイドのおもちゃを買い付けていたんです。日本で最初にカプセルトイ自販機が登場したのは、1965年です。ハードマンさんの支援で同年創業したペニイ商会が、米国から輸入した機械を設置しました。駄菓子屋の店先に置かれて子どもたちは夢中になりました。66年には『アサヒグラフ』で特集が組まれたほどです」
「子どもにとって、自分のお小遣いを使ってやる人生初めての“ギャンブル”です。10円、20円をお財布から出してハンドルを回す。でも、自分が欲しい『当たり』おもちゃが出てくるとは限らない。まさに真剣勝負で、一喜一憂します。いま56歳の僕も、駄菓子屋でガチャを回した世代。今は商品のクオリティーが良くなって当たりはずれの差がなくなりました。それでも、何が出てくるか分からない怪しさと悔しさが好きです」
1977年にバンダイがカプセルトイ市場に参入。キャラクター商品を発売し、当時20円が主力だった価格を100円に設定した。83年発売の「キン肉マン消しゴム」が累計1億8000万個売れた。「ガンダム」シリーズも大ヒット。小野尾さんはこの時期をガチャ「第1次ブーム」と呼ぶ。88年、ユージンが市場に参入する(2009年タカラトミーアーツに社名変更)。
95年の「第2次ブーム」は、Windows 95発売が推進力になった。ブログがはやり、ガチャの面白さを発信する人が増えたのだ。また、バンダイが発売したフル彩色の「HG ウルトラマン」シリーズが大ヒット。それまでガチャは単色が当たり前だった。価格は200円。ディズニーキャラクターのフィギュアも登場して、子どもだけでなく母親たちも巻き込んだ。
「第3次ブーム」は2012年の「コップのフチ子」の大ヒットだ。その背景にはスマートフォンの普及がある。「日本でiPhoneが発売されたのは2008年。フチ子が発売された12年は、スマホの台数が “ガラケー” を抜いた頃です。フチ子のようにクリエイターとコラボで開発したデザイン性が高い商品は、女性層を中心にSNSで拡散されやすく、人気が拡大しました」
そして、いまは「第4次ブーム」だ。「女性をターゲットにした専門店が続々登場したことが特徴です。2019年以降全国展開している『ガチャガチャの森』が代表的で、利用者の約6割が女性です」
ガチャで自己表現するアーティストたち
日常で誰もが目にするモノを再現したガチャも、次から次に発売されている。家具のミニチュアをはじめ、本当に氷が削れるかき氷機、実際に水が出るウオーターサーバーから、なぜか便所サンダルまである。
最近では「音系」も人気だ。ボタンを押すと「お風呂が沸きました」と知らせる「給湯器リモコン」、バスの「降車ボタン」、「玄関チャイム」、「ナースコール」まで、何度もボタンを押してみたい人たちの欲求を満たしてくれる。
大人向け商品が急増してから、ガチャの企画・デザインをメインの仕事にする若手クリエイターも目立つ。「メーカーが増えて商品化のハードルが低くなり、自分たちの名前も出してもらえる。ガチャを通して自己表現ができるからです。例えば、クリエイター2人組の『ザリガニワークス』は、土下座するサラリーマンのストラップシリーズ(キタンクラブ発売)がヒットして、知名度があります。最近では『石』シリーズ(ブシロードクリエイティブ発売)などを出してます」(小野尾)
小野尾さんによれば、2020年のコロナ禍で、カプセルトイ専門店の売り上げは一時減ったが、間もなく回復した。同年8月には池袋にバンダイナムコが運営する「ガシャポンのデパート」総本店がオープン。約3000台の自販機が並び、「単一会場におけるカプセルトイ機の最多数」としてギネスに認定された。10月には映画版『鬼滅の刃』が公開されて大ヒット、カプセルトイの売り上げ増に大きく貢献したという。
デジタルガチャが基軸に
キタンクラブの古屋社長は、近い将来、リアルな店舗が減り、若い“デジタルネイティブ”をターゲットにしたオンラインガチャがもう一つの基軸になると考えている。「中身も、音楽、映像やアートなど、デジタルなコンテンツに変わっていくんじゃないかな。先陣を切ってガチャの新たなデジタル市場を切り開かなくてはと思ってます」
いま話題の“旅ガチャ”にも思うところがある。格安航空会社のピーチが設置した「旅くじ」自販機のことで、1個5000円のカプセルの中には、旅先とそこで遂行する「ミッション」が書かれたくじが入っている。指定された行先への往復航空券購入の際に利用できる6000円以上のポイントが付与される仕組みだ。
「旅行したくても、どこに行っていいか分からない、誰かに決めてほしい。それが典型的ないまの若者でしょう。音楽だって、何を選べばいいか分からない。どんな音楽を聴くか、ガチャを介して紹介することが、ビジネスになり得ると思う。そして常に『あれ、こんなのが?!』『何これ!』と驚きを与えたい。リアルでもデジタルでも、それがガチャの基本ですから」
バナー:キタンクラブ社長・古屋大貴さん(写真:ニッポンドットコム)