特産品振興から離島の未来を照らす:元大手百貨店マンの挑戦
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島国ニッポンの危機
「離島の過疎化は、本土よりもさらに急ピッチなんです」
そう語るのは、2020年4月に設立された「離島振興地方創生協会」の理事長・千野(せんの)和利さんだ。
「離島では親御さんが子供たちと接するのは18歳までなんだと聞かされました。(島内には)学校も仕事も少ないですから、進学や就職となれば、島を離れていく。その後は本土で結婚をして、幸せに暮らしてくれればいい。島に帰って来いと、親御さんは言えないんです」
産業のない島は、こうしてどんどん若者が減っていく。日本は島国だ。100メートル以上の海岸線を持つものだけで6852島(内、有人離島は254島)ある。そんな島々がどんどん衰退していく。
「このままでは、日本はどうなってしまうんだろうと、そう思ったんです」と言う千野さんだが、もともとは大阪の商人だ。阪急百貨店に30年勤め、その後は阪急グループのスーパー、阪急オアシスで18年にわたって社長・会長を歴任した。
「阪急オアシスにいた時に長崎県とパートナーシップを結んで長崎フェアを催すなど交流があり、そのご縁から中村法道(ほうどう)県知事に声をかけていただいたんです」
離島の多い長崎に力を貸してほしい。中村知事からそう言われた千野さんは、県のシニアアドバイザーとして長崎の島々を巡った。そこで島の人々から、人口減少について深刻な話を聞かされる。夕方5時を過ぎれば通りに人っ子ひとりいない島で、過疎化のあまりに厳しい現実を見た。
「主に回っていた対馬や壱岐、五島列島を合わせると、30年前は32万5000人が暮らしていました。それがいまでは、12万5000人です」
それでも島には自然の恵みを生かした商品もたくさんあった。素朴な甘みのサツマイモと餅を混ぜた「かんころ餅」、旨味たっぷりのカキ、身の引き締まったブリやクロマグロ、豊富な魚介を使ったかまぼこなどの練り物……。
こうした「島の幸」を、どうにか大きな産業として発展させていくことはできないだろうか。仕事があれば、島を出て行かずに済む。本土で生活している島民も戻ってくるかもしれない。
「農業や漁業、畜産など、島民人口のかなりの部分を占める食品関係に従事する方々の一本立ちをバックアップしたいなと」そんな思いで千野さんは、阪急オアシス会長を退任した後に「一般社団法人 離島振興地方創生協会」を立ち上げた。コロナ禍の中、1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4月7日の設立となったが、千野さんの熱意に共感する企業が続々と協力し、いまでは正会員・賛助会員を合わせて150社が参加している。
島と消費地を結ぶルートの構築
協会の活動は3本の柱からなっている。
①バリューチェーン(価値連鎖)の構築
「島の人々がつくるありとあらゆるものを、生産地から消費地に持っていくことです」
会員企業が島の産品を買い付けて商品開発を行う。離島も含めた全国各地の特産品が並ぶオンライン商店街をつくる。近畿を中心に全国各地のスーパーマーケットや専門店で「離島応援フェア」を催す。商品化から流通までの過程を、島の生産者と会員企業が協力して行っていくのだ。
②島内の生産基盤の整備
「五島列島の福江島だけでも、1000ヘクタールもの放棄地があります。働く人間がいないからです。以前は島で6000トンほどのサツマイモが採れて、芋焼酎やかんころ餅をつくってきました。それが収穫時に重いものを運ぶ人間がいないからと、だんだん規模が小さくなっていったんです」
荒れていくばかりだった生産地を再び整備し、島の基盤とする。そのためにICT(情報通信技術)を活用したスマート農業の技術も導入していく。少ない人数でも耕作地を管理できるようにするためだ。
③島の人々の生活基盤の整備
IT化を進め、リモートワークの拠点となる環境を整え、暮らしやすい島の基盤をつくる。人口の流出を食い止めるとともに、UターンやIターンを受け入れるためにも必要な対策だ。
島の特産品を全国に通用するブランドへ
こうした三つの柱を軸に会員企業が島の課題解決に取り組んでいく。
「それぞれの企業が持つ知見や技術を提供していただいています。協会は企業と島の生産者との触媒なんです」
例えば五島列島の基幹作物であるブロッコリーは、会員企業である食品大手のニチレイフーズとジョイントし、冷凍食品として安定生産を目指す。島の新鮮で高品質なブロッコリーを鮮度のあるうちに冷凍して出荷すれば、いま市場で主流となっている外国産ブロッコリーに対抗する商品になりうるのだ。
また、これも五島産の糖度の高い夏カボチャは、農産品の生産やマーケティング、販売を手がけるMVM商事と連携し、ブランド化プロジェクトが進む。生鮮食品から加工食品まで、さまざまな商品を展開するため、現地と協力してしっかりした生産体制をつくりあげていく。
上五島産の芳醇な味わいの塩は、大手チェーン「大阪王将」を運営するイートアンドホールディングスの株主限定商品「プレミアム餃子」の餡(あん)に使われた。
他にも会員企業の代表が島々を訪れて講演を行うなど、会員企業と島民との相互交流も大切にしている。食品業や小売業だけでなく、地方銀行やメディア、旅行業など多種多様な業界に広がる会員企業がバリューチェーンを構築し、離島に寄り添う。
もちろん、これはビジネスだ。慈善事業ではない。会員企業も、離島にある産品に魅力と将来性を感じたからこそ、投資し、商品化を進めている。これまであまり注目されてこなかった離島の生産物に、それだけの価値を見出したということだ。
「全国の消費者目線で何が求められているのかを考え、それに合わせて少し方向性を変えて商品を開発し、うまくマッチングさせていく、売り筋をつけていく。それが協会の役割なんです」
これは離島が持つポテンシャルを引き出す仕事なのだ。
1年半で事業が急拡大
協会が生まれておよそ1年半、長崎の島々にも変化が表れつつある。
「いままでは、島でせっかくいろいろなものをつくっても、島外に対してはあまり売れなかった。だから事業を拡大できない。雇用も生まれなかったんです」
それが協会という「触媒」によって変貌を遂げつつある。バリューチェーン化が進み日本全国に商圏が広がったことで、2020年には協会と連携しておよそ9億円を売り上げた。21年は11億円の売上を見込む。
「いいものをつくれば売れる。そんな自信が芽生えてきていることを感じます。事業をもっと広げたいという話も出てくるようになってきました。サツマイモの大量栽培を始めたい、島で使われなくなっていた体育館を食料の貯蔵庫や加工場として転用できないか、塩をつくる窯を増やしたい……若い人々を中心に、そういった声が増えています」
そんな島の姿を見て、Uターンしてきた人もいる。ビジネスチャンスを感じ、本土から移住してくる人も出てきた。そして、県のシニアアドバイザーの頃も含めると2年半、丹念に島を歩き、島の人々と語り合ってきた千野さんは、「お互いにだいぶ向き合えるような人間関係になってきたかな、と感じています」と語る。
「一緒に産業を育てていく」という意識が生まれつつあるようだ。
長崎で培った経験を全国の離島や地方にも
「今後もさらにいいモノを量産して、食品産業の定着を目指していきます。生産者の加工技術や、物流、輸送コストなど課題はいろいろありますが、どうにか島を活性化できればと思っています」
そしてこの仕組みを、パッケージとして他の島々にも拡大させていく。それが協会の狙いだ。すでに長崎にとどまらず、奄美諸島でも取り組みは始まっている。どの離島も急速な少子高齢化と労働力不足に悩む。そこに島の恵み、島の原資をもとにした産業を立ち上げることで、人口減少に歯止めをかけたい。
さらには、離島だけでなく、東北地方などでも同じように活動していく予定だ。
「いまの離島の姿は、他の多くの地方の未来の姿が先鋭的に現れているのだと思っています」
各地域が育んできた特産品を、土産の枠を超えて、足腰のしっかりした産業として育てていく。そんな協会のチャレンジに、いま注目が集まっている。会員企業はコロナ下にも関わらず、この1年で正会員が71社から76社に、賛助会員は63社から74社に増加している。
「SDGs(持続可能な開発目標)を単なるお題目ではなく、指針として大事に進めていこうという企業が増えていると感じています」
この国を持続させていくために、離島や地方からの目線で産業をつくり、生産力を上げていく。そこに日本の豊かな未来があるのかもしれない。
バナー写真:農事組合法人 壱岐ゆず生産組合は減農薬・質の高い国産原材料にこだわり、ゆず胡椒など壱岐のゆずを使用した加工品を作っている。右から3人目が組合長の長嶋邦昭さん 提供:離島振興地方創生協会