北海道の本格イタリアンチーズメーカー、コロナ下で奮闘中
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需要が減った酪農家を救うために熟成チーズを大増産
本場イタリアに負けない、美味しいチーズをつくりたい、食べてもらいたい。
札幌市白石区にあるチーズ工房「ファットリアビオ北海道」では、2020年3月から熟成チーズづくりに総力を注いでいる。「グラナディエゾ」とネーミングされたチーズは、8カ月の熟成期間を経て販売される予定だ。
この熟成チーズの販売には、コロナ禍ならではの事情も絡んでいるという。ファットリアビオ北海道の高橋廣行社長に実情を尋ねた。
「コロナで酪農家は給食や料理店などの大口の需要が落ち込んでいます。当社も千歳空港の直営ショップの試食販売ができなくなりましたし、レストランからの注文も激減し、デパートの北海道物産展も開催が中止。そんな時こそ、当社ばかりではなく、酪農家にもプラスとなる商品が必要なんです」
ファットリアビオ北海道では、これまでモッツアレラやリコッタ、ブッラータなどのフレッシュ系チーズが好評を博してきた。
「フレッシュチーズは豆腐のようなもの。つくりたてを切り分け、すぐにいただくのが一番です」
ところが、コロナの影響で新鮮さが自慢のチーズを直売できない事態に。チーズ製造がストップすれば、原料の生乳の仕入れも滞り、酪農家たちに打撃を与えてしまう……。
窮地にあっての工房のフル稼働は大きな賭け
高橋社長は窮地に臨んで発想を一転させ、一気に熟成チーズへとかじをきった。
「以前から少数ロットで熟成チーズをつくっていたんですが、知る人ぞ知るという存在でした。でも当面はこれが主軸です。おかげで春以降も生乳の買いつけができていますし、工房をフル稼働しています」
高橋社長にとって、今回のチャレンジは大きな賭けになる。
「グラナディエゾはイタリアで愛されている熟成チーズ、グラーナ・パダーノによく似ています。単品で食べても美味しいんですが、すりおろしてサラダやパスタにかけたり、スープ、煮込み料理に使うと抜群の風味になります。このチーズが味噌やだしに近い感覚でも使える点をアピールしたい」
グラナディエゾを試食してみたところ、乳臭さのないマイルドな口当たりながら、かむほどに芳醇(ほうじゅん)な味わいが広がるのを感じた。料理に使うと風味に奥行きが増し、日本人の口にもマッチする。
急増中のチーズ工房が酪農家を支える
生乳生産量は長らく減少を続けてきた。だが、酪農家の規模拡大や徹底した品質管理などにより、全国シェアで54%以上を占める北海道では、17年度に392万トンと前年度よりわずかに増え、そこから上昇に転じている。
牛乳加工品、とりわけチーズは好調で、06年度に全国106カ所あったチーズ工房が現在では319カ所に急増。その4割近くが北海道を拠点にしている。
しかし、工房は牧場直営というスタイルが多い。コロナによる観光自粛や家計急変の痛手に直面せざるを得ないのが現状だ。多くの酪農家=工房が「ようやく上昇気流に乗りかけたのに、コロナで逆戻りになってしまう」と表情を曇らせている。
また、チーズ工房が酪農家による第六次産業化のシンボルと言われてきたものの、生乳生産とチーズ製造まではともかく、販売や宣伝分野であまりに無策だと指摘されていたことも見逃してはいけない。
だが、ファットリアビオ北海道の場合はちょっと事情が異なる。
「僕の本職はブランディングやマーケティング。13年に当社を設立するまで、チーズをつくる側になるなんて、夢にも思っていませんでした」(高橋社長)
マーケティングの世界からチーズ工房経営へ
高橋さんには札幌円山動物園とコラボした即席麺「白クマ塩ラーメン」を企画し、月間60万食という大成功を収めた実績がある。
「チーズに関わるようになったきっかけは、ビジネスパートナーとなるエリオ・オルサーラの嘆きでした」
エリオさんは東京・麹町のイタリアンレストラン「エリオ・ロカンダ・イタリアーナ」のオーナーシェフ。高橋社長は同店に足繁く通うファンの一人だった。ある日、エリオさんは彼に持ち掛けた。
「子供の頃、イタリアで食べていたような美味いチーズが日本にはない。それなら〝私たち〟の手で本場のイタリアチーズに負けない逸品を日本でこさえようじゃないか」
どうやらエリオさんは最初から高橋社長の手腕を見込んでいたようだ。
世界有数の生乳とイタリア人職人が織りなす本格チーズの誕生
「そこからイタリアの牧場に負けない牛乳探しが始まりました。足掛け5年かけてたどり着いたのが、僕の生まれ故郷の北海道の生乳だったんです」
エリオさんは「北海道産生乳のレベルは世界有数。これを使えばイタリアに負けないチーズをつくることができる」と太鼓判を押した。さっそくイタリアから熟練のチーズ職人、ジョバンニ・グラツィアーノさんが招聘(しょうへい)された。ジョバンニさんも異郷の地で出会った生乳のポテンシャルの高さに驚いた。
愛する家族を故国に残し、単身赴任してきたチーズマスターはこう語っている。
「北海道のミルクの味わいをチーズに凝縮した、ナチュラル製法の魅力を日本の皆さんに味わっていただきたい。そのため防カビ剤や薬品を一切塗布(とふ)せず、愛情を込めてつくっています」
彼が日本で手掛けたチーズはたちまち国内のコンテストでメダルを獲得。もはやチーズファンの間では確固たる評価を得ている。社をあげての挑戦となった熟成チーズに「北海道への感謝のしるしとして、エゾ(蝦夷)の名を冠しよう」と提案したのもジョバンニさんに他ならない。
グラナディエゾはクラウドファンディングでも話題を呼んでいる。高橋社長は胸を張った。
「コロナ禍に直撃されたチーズ工房、ひいては北海道の酪農家を救おうという篤志が全国から集まっています」
50万円の目標額に対して234万円も出資されたというから達成率は実に468%! 出資者たちは8カ月間の熟成を経てチーズが届くのを心待ちにしている。その一方で通販も順調に伸びているという。しかし、高橋社長が手綱を緩めることはない。
「イートインできるオシャレな食料品チェーンや、有機・無添加食品の宅配専門スーパーなどからも応援をいただいていますし、どんどん販路を拡大させたいです」
即席麺でみせた高橋社長のマーケティングの手腕が熟成チーズでどう発揮されるのか――その成否には、酪農家たちも熱い視線を送っていることだろう。
ファットリアビオ北海道WEBサイト https://fattoriabio.jp/
バナー写真:2017年、限定生産でつくられていた頃のグラナディエゾ。同商品はコロナ禍を受けて大増産に踏み切り、8カ月間の熟成を経て消費者の手に届けられる ファットリアビオ北海道提供