「週刊文春」新谷学編集局長インタビュー「スクープこそ、我々の生きる道」(上)
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2020年に入って3度目の完売を記録
出版不況、コロナ禍もどこ吹く風で、「文春砲」が猛威を振るっている。
既に2020年に入って、「週刊文春」は「森友自殺<財務省>職員遺書全文公開」、「黒川弘務・前東京高検検事長の賭け麻雀」に続き、「アンジャッシュ渡部建の不倫」と世間を驚かせるスクープを畳み掛け、早くも3度目の完売を記録した。
一方、巨大な権力や人気者の不都合な真実を暴く仕掛け人は「向かうところ、敵だらけ」だと苦笑するが、それでも「どんなに強い相手にも立ち向かうことに意義はあるし、それがビジネスとして成立すれば、さらに良い」と一層前のめりの旗幟(きし)を鮮明にしている。
同誌編集長として6年3カ月にわたり、スクープ主義をけん引し、2018年7月、編集局長に昇進した新谷学氏に聞いた。
「スクープを取るにはコストがかかり、大きなリスクも伴う。相手が報じてほしくないことを書くわけだから、法的なリスクもあり、たとえば反社会的勢力を相手にすれば、殴られたり、蹴られたりなどの肉体的なリスクもあります」
日本テレビの番組「世界の果てまでイッテQ!」が架空の祭りをでっち上げた時は、記者をラオスに3週間も滞在させた。
「現地では自国の名産コーヒーをPRするフェスティバルが開催され、その人だかりを利用して、実在しない橋祭りを演出していた。実際に、日本で放映された番組を見せられた関係者が“フェイクだ”と怒り出す様子も、ウチの記者は動画カメラに収めた」
「ただし、ラオスに3週間ですからコストがかかるし、相手はテレビ界で一強と言われる日テレで、しかも人気抜群の看板番組です。徹底して脇を固めました」
河井案里陣営のウグイス嬢取材には記者12人を投入
2019年7月の参議院選挙で河井克行前法務大臣の妻案里陣営が、ウグイス嬢に公職選挙法が定める日当の倍額を支払っていたという疑惑を追及する際には、「デスクを合わせても、総勢40名弱の特集班スタッフ」から12名の記者を招集して、広島に派遣した。
「ウグイス嬢が総勢13名。うち近所同士の2人を1人がカバーすることにして、12名のウグイス嬢宅に時刻を定めて、一斉に当たりました」
「訪問する時間差があると、口裏合わせの余地を与える。やはり直撃された時の狼狽ぶりなどで、いろんなことが分かるんです。12人を送り込んで空振れば、ページが空いてしまうリスクもある。しかし、最大のリスクは、“生煮え”の状態で記事を出すことです」
生煮えとは、証拠の裏づけが不十分だということだ。記事に隙を残せば、法廷で手痛いしっぺ返しを食う。
「名誉棄損で訴えられ、何度も法廷で証言台に立ちました。相手の弁護士は執拗に取材内容を突き詰め、わずかな綻び、詰めの甘さを突いてくる。Aには当たったのか、Bはどうか……と。そこでBには(取材に)行っていません、なんて言ったら最後、“こんなにいい加減な取材で書いているんですよ、裁判長。これで信用できますか!”となる」
裁判の勝ち方は負けて覚えた
「結局、会社に高い授業料を払わせてしまいましたが、そのうちに、どうしたら負けないのかが分かってきた。会社の法務部と共に知見が積み上がり、類を見ないほど強い体制ができたんです」
裁判の勝ち方は負けて覚えた。必勝を期すから、真実認定のハードルを上げ、徹底してファクト(事実)を固めていく。やれることはやり尽くす。当たらなくてもよい取材対象などない。
2012年、この姿勢を貫徹し、「ナベツネ違法行為」の見出しをつけた「週刊文春」の広告を読売新聞に掲載させた。同社のドンと呼ばれる渡辺恒雄・読売新聞グループ代表取締役が規定の講習を受けずに、運転免許を更新したという記事だった。
「あの時は、日テレ以上に手強いことで知られる相手(読売グループ)から、内容証明も来ませんでした」
逆に、わずかな綻びも残さない徹底取材が鳴り響くほどに、各方面からの「邪推」も呼び込んでいる。
ちょうど7月2日号では、アンジャッシュ渡部が前週号で不倫を暴露した「週刊文春」誌上で、独占告白をしていた。テレビやネットには「まだ第2弾、第3弾の文春砲が控えており、取り引きした結果だろう」との憶測が流れた。
「いえいえ、一番強いネタは最初に出しますよ。ただし、第一弾を出すと、“文春リークス”(情報提供受付サイト)に、さらに情報が寄せられることが多い」
「舛添(要一=文春報道を発端に批判が高まり、東京都知事を辞任)さんの時(2016年)は、それで結果的に第8弾くらいまでキャンペーンが続きました」
「一方で、当事者の言葉に耳を傾ける努力は続けます。今回も渡部さんが文春で話すことで、自分の言葉の説得力や覚悟が伝わると判断してくれたことは、とてもありがたく思います。話してくれたら(第2弾、3弾の)記事を止めるとか、つまらない駆け引きはしません」
スクープを狙うのは人間への興味
正義の鉄槌を下しているつもりは毛頭ない。だから記事がネットを巻き込み、激しいバッシングへと加速した「ベッキーと川谷絵音のゲス不倫」騒動では、デスクについこんな提案をした。
「あまりにかわいそうじゃないか。“頑張れ、ベッキー”って企画、できないの?」
当然、デスクは「なにを言ってるんですか」と一笑に付した。
「お前が言うな、って話ですよね。でもあの時も、ベッキーさんの事務所社長とは何度も会って、インタビューの交渉をしました。社長も、確かにそれが復帰への第一歩ですね、と納得して本人に話してくれたんです」
「しかし、最後はどうしてもベッキーさん自身が“会うのは怖い”とのことで、代わりに公開を前提として手紙を書いてくれました」
スタッフには「たかが週刊誌。もちろん五分の魂はあるけれど、それだけは忘れるな」と繰り返している。
「大上段から“けしからん、辞めてしまえ!”と、相手をぶった斬るモチベーションはありません。ただし、書かれた当事者が辞めるかもしれないリスクがあったとしても、そこに忖度(そんたく)はしない」
「なぜスクープを追うかと言えば、あくまで人間への興味です。公人か否か、書くか書かないかの線引きをマニュアル化することはできない。しかし、取材対象の権力や影響力に鑑みて、それはおかしいんじゃないかというファクトがあれば出します」
右でもない、左でもない、ド真ん中を行く
聖域を作らず、いつもド真ん中を行く。それが新谷流のマイウェイだ。
「よく週刊文春の連載陣は書かれないとか言われていますよね。もちろん、彼らは同じ船に乗っているメンバーなので、他の人たちとは違う。でも、だからと言って、絶対に何があっても書かないというわけではない。そうじゃないと、これまでに書かれた人たちに不公平感が募りますからね」
「右でも左でもない。与党とも野党とも等距離を保ちながら、どちらの不都合な真実も暴いていく。ド真ん中とは、そういう意味です。実は渡部さん(アンジャッシュ)は最初のグルメ本を文藝春秋から出している。でも出版部からクレームは来ていません。申し訳ない気持ちとありがたい気持ちが半々です」
“親しき仲にもスキャンダル”との公言を実践し続けたので、「大切な友だちを何人失ったか、分からない」そうだ。
「壊れた関係を修復する努力はします。内閣参与の飯島勲さんには一度、訴訟を起こされましたが、今は連載をしていただいています」
「経済再生相としてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉を続けてきた甘利(明)さんの金銭授受問題を出す時(2016年)も、官邸の親しい筋から“調印式には行かせてあげたい。なんとかならないか”と頼まれましたが、突っぱねて、以後1年間くらい没交渉になりました」
「われわれの仕事は仲良くなることではなく、記事を書くこと。どんなに仲良くなっても、書くべきことがあれば、容赦なく書く。その覚悟は不可欠です」
後編では「たかが週刊誌」が、なぜメディアの情報ヒエラルキー(階層組織)を大逆転し、逆に独走状態を築き上げたのか。そのプロセスを追う。
バナー写真:「週刊文春」2020年7月2日号 アンジャッシュ渡部建の独占告白を掲載し、大きな話題となった(高山浩数撮影)