競走馬から馬車列の護衛馬に転職: 皇宮警察の馬 翔優 |働く動物たち episode 5
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信任状捧呈式での馬車列の護衛
「ここにいる馬たちはみんな、以前は競走馬でした。言ってみれば、全力疾走する仕事から転職したというわけですね」
皇宮警察護衛馬担当技官の佐藤充さんが言う「ここにいる馬たち」とは、皇居内の厩舎で暮らし、皇室守護を専門とする14頭のサラブレッドのことで、護衛馬と呼ばれている。
彼らのメインの仕事は、信任状捧呈式(新任の外国特命全権大使が天皇陛下に信任状を捧呈する儀式)での馬車列護衛だ。
東京駅から皇居まで、大使が乗った馬車を宮内庁・警視庁の馬と共に守りながら進む。
その中の1頭である翔優は、2005年5月5日生まれの16歳。競走馬を引退した4歳の時に、皇宮警察へ“転職”してきた。
「知り合いの乗馬クラブに行ったとき、新しく来た馬だというので乗ってみたところ、『これは向いている』と、即決でした」
佐藤さんは中学生で乗馬を始め、国体の馬術競技に何度も出場した乗馬のプロフェッショナルで、師事していた先生の薦めでこの仕事に就いた。以来35年、馬と、騎乗する護衛官の指導に携わっている大ベテランだ。
佐藤さんによると、護衛馬に向いている馬の条件があるという。
「穏やかで、真面目な性格の馬ですね。ものに動じず、平常心を保てる。翔優はまさしくそのタイプだったんです」
華やかな信任状捧呈式で人前に出るだけに、容姿も重要なのでは? と尋ねると、すんなり否定された。
「いわゆるイケメン馬を選ぶということはないです(笑)。しかし、馬についての言い伝えは、少しは参考にすることがあります。『左後一白(さこういっぱく)』といって、左後肢の先の部分だけが白い馬には名馬が多いとか、額のつむじ、馬の場合はこれを『珠目(しゅもく)』と呼ぶのですが、珠目が2つあると性格に裏表がある、とか。ちなみに、うちにもこの『珠目二』がいますが、特に性格は悪くない(笑)。だから、言い伝えを全て信用するわけではありませんが、ふと頭をよぎることはありますね」
護衛馬は大切な仕事仲間
皇宮警察の一員となった馬は、競走馬時代の名前を捨て、職員の投票によって漢字二文字の新たな名前をつけてもらう。
第2の人(馬?)生の始まりだ。
まずは新しい環境に慣らすところから始め、技官がみっちり調教。護衛官を乗せるのは誰が乗っても大丈夫になってからだという。
「乗せるのが上手な馬で訓練をすると、護衛官は自信がついてどんどん上達します。“新人護衛官の先生役”は、馬たちにとって本番と同じくらい、もしかするとそれ以上に重要な仕事なんです」
本番というのは、もちろん信任状捧呈式の馬車列を護衛しながら公道を歩くこと。緑豊かな皇居内とは打って変わって、ビルが建ち並び、大勢の人から注目を浴びることになる。不意に物音がするかもしれないし、風で何かが飛んでくるかもしれない。
何があっても護衛官の指示に従い、馬車列を守りながら進むことができるのは、生まれ持った素質と日々の訓練によるたまものだ。
馬たちは毎日、その日訓練をする護衛官と共に厩舎を出て、数分歩いたところにある馬場で常足や駆足、障害物飛越などで汗を流す。厩舎に戻ったらていねいに身体を洗ってもらい、蹄鉄(ていてつ)の手入れ。
「護衛馬の引退は、20歳を過ぎた頃。翔優にはまだまだ頑張ってもらわないと」
頼もしい14頭の馬たちは、佐藤さんにとっても、皇宮警察の護衛官にとっても、大切な仕事仲間なのである。
Profile
名前:翔優(しょうゆう)
年齢:16歳
主な仕事内容:信任状捧呈式の馬車列に加わり、大使が乗る馬車を護衛する。
勤務先:皇宮警察本部
皇宮警察本部
バナー写真:訓練に励む翔優。信任状捧呈式の護衛で障害物を飛び越えるようなことはないが、常に護衛官の指示に従えるよう、日々の訓練に取り入れている 撮影:山口規子