台湾ロスで成長遂げた台湾式朝ごはん
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新型コロナが “朝ごはん屋” 出店の追い風に
11月の上旬の朝9時、JR五反田駅からほど近い路地にある小さな店の前は、順番待ちの客が行列を作っていた。一見、洋風の朝食店に見えるが、店内で販売しているのは「本場台湾」を掲げたメニューだ。豆乳スープ「鹹豆漿(シェンドウジャン)」、ナンのようなパンで揚げパンをはさんだ「燒餅油條(シャオビンヨウティアオ)」、台湾式おにぎりの「飯糰(ファントァン)」など台湾で定番の朝食メニューが並ぶ。
東京にいくつかある台湾式朝ごはん屋は、どこも盛況だ。ブームは名古屋や大阪などにも広がっており、次々と新しい店がオープンしている。
「新型コロナウイルスの感染拡大が追い風になった」と話すのは、台湾観光局・東京事務所の鄭憶萍(てい・おくへい)所長。
「台湾好きの日本人が増えていて、台湾旅行で現地の朝食文化を体験した人も多い。コロナ禍で旅行ができなくなった台湾ロスの日本人、帰郷できなくなった日本在住の台湾人は、せめて本場の味を食べたいとの思いを強めていて、台湾式朝食の店が登場したのは自然な流れと言えます」
筆者は、日本で一種の台湾ブームが起きていると考えている。2018年に始まったタピオカブームに続いて、スパイシーなチキンカツ「雞排(ジーパイ)」や「台湾カステラ」、豚バラを使った「滷肉飯(ルーローファン)」まで、次々と台湾グルメが話題になり、飲食店のみならず、スーパーやコンビニエンスストアまで参戦。東京駅でパイナップルケーキが気軽に買えるようになった。
外で朝食を食べる機会が増加
台湾の暮らしに根付いた朝ごはん屋文化も、台湾ブームの中で注目されるようになった。日本では、自宅で朝食を食べてから学校、会社に向かう人が多いため、そもそも朝食専門店自体が珍しい存在だ。これが、台湾人が経営する台湾料理店は数多くあれど、台湾式朝食店が非常に少ない理由である。
東京都大田区雑色に2019年にオープンした台湾式朝食店「喜喜豆漿」のオーナー・野崎文章さんは、台湾に長期駐在した経験があり、台湾の生活文化にも詳しい。野崎さんによると、2020年以降、台湾料理店は増えたが、日本人の食生活のパターンに合わないため、朝ごはん屋は全体としてはそれほど多くないという。
だが、新型コロナの影響で日本人の食習慣に変化も生まれている。飲食店が夜間時短営業に追い込まれたことで、朝や昼に外食をするようになった人が増えた。台湾式朝食店はそうした時代のニーズに合致し、また目新しさもあり、チャンスが巡ってきたと、野崎さんは考えている。
東京に現れた「でんぶ(肉鬆)パン」
今のところ、日本の台湾式朝ごはん屋で提供しているメニューは、「鹹豆漿」、「燒餅油條」、蒸しパンに卵をはさんだ「饅頭夾蛋(マントウジャーダン)」、生地をクレープのように薄く焼いた「蛋餅(ダンビン)」、「台湾式おにぎり」、「台湾そうめん(麺線)」あたりに集中している。台湾ではポピュラーなサンドイッチやハンバーガーなどはほとんどない。
品川区荏原町のベーカリー「阿美(アメイ)パン」を経営する游政豪(ゆう・せいごう)さんは、「日本人は食べたことのないものは敬遠しがち。台湾旅行に行っても、ガイドブック頼りなので、ガイドブックに載っている豆漿や燒餅油條ばかりが台湾の朝ごはんのイメージとして定着している」と分析。
「台湾式サンドイッチといっても、日本人にはコンビニのサンドイッチとの違いが想像しづらいのかもしれません。サンドイッチやハンバーガーから台湾を連想するのは難しいのでしょう」
「阿美パン」では、甘じょっぱい豚肉のフレークをトッピングした「肉鬆(ロウソン)パン」、日本のクリームパンとは一味違う独特な食感のクリームが詰まった「奶酥(ナイス)パン」、焼きネギをトッピングした「ネギパン」など台湾の定番パンを取り揃えている。ただ、売り上げ確保のためには、「台湾パンだけ」というわけにはいかず、フランスパンなど日本でおなじみのパンが全体の4分の3を占める。
日本人の常連客に肉鬆パンなどの台湾のパンを買ってもらえるようになるまで、かなりの時間がかかったと游さんは振り返る。将来的には、台湾のパンと日本のパンの割合を半々にしたいと考えている。
女性客が7割以上
台湾式朝食店の店主たちが直面する問題、それは理想と現実のギャップだ。日本の台湾式朝食店は台湾と同じようにはいかない。
どの店も、女性客が7割以上を占める。男性は、会社勤めの人が多く、平日の出勤前に、店でゆっくりと朝食を食べる時間を取ることができないからだ。また、台湾では朝ごはん屋は早ければ6時前から営業しているが、日本で日本人相手に営業するならば、せいぜい8時開店で、そのまま午後2時、3時まで営業。ランチタイムには「滷肉飯」、「爌肉飯(コンロウファン / 豚の角煮丼)」、そして屋台グルメの「肉圓(バーワン)」を出す店もある。
神保町のオフィス街にある「台湾豆乳大王」も、オフィスワーカーのニーズに可能な限り応えるために営業時間をランチタイム寄りにし、コロナの感染状況が落ち着けば、夜の営業も検討するという。
「喜喜豆漿」のオーナー・野崎さんは以外にも蒲田で台湾式居酒屋「美美小吃」も経営し、雞排や「滷味(ルーウェイ / 台湾おでん)」などの台湾料理を提供する。
台湾ブームとはいえ、「朝ごはん屋」が日本でブレークするには制約が多い。経営者はチャンスを広げるために他の道も考えなければならないのだ。そのなかで台湾の食べ物を進化させ、ブームを牽引しようという動きもある。デリバリー専門の台湾バーガー専門店「バオガー」は台湾の伝統グルメ「割包(グァバオ)」を広めようと奮闘している。
ローカライズする台湾式朝食
割包自体は中華街ではかなりポピュラーな食べ物だ。「バオガー」代表の劉諮璘(りゅう・しりん)さんによると、注文が入るのは夕食か夜食の時間帯が多く、客のほとんどが若い世代だという。日本の外食業界での経験がある劉さんは、起業する際に割包を「台湾ハンバーガー」と位置づけた。バオガーではパンに挟む具材に定番の「控肉(コンロウ / 豚の角煮)」だけでなく、「鹹酥雞(シエンスージー / 台湾からあげ)」や「台湾式焼肉」なども取り揃え、新しいもの好きの若者の目を引いているのだ。
一方、豆漿店は幅広い層から支持されている。興味深いのは、日本の豆漿店の多くは日本人が経営しているということだ。台湾ファンの店主が、台湾で感激した食事の経験をシェアしたいという思いから、店を始めるケースが多い。そして同じ台湾式朝食でも、パンや割包のように日本人にとって馴染みがないメニューを扱う朝食店は台湾人が経営しているのだ。
たとえば、台湾では超定番の白粥と「小菜(シャオツァイ)」と呼ばれる小皿料理の組み合わせが日本で受け入れられるには、相当、高いハードルを超えなければならない。日本では、白粥は病人食のイメージが定着しているからだ。
つまり、日本人好みの台湾式朝食のメニューは限られていて、日本で台湾朝ごはん屋が定着するには、相当長い道のりがあるだろう。
しかし、多くの経営者は希望を持っている。
「喜喜豆漿」は、開店当初はどんなメニューがあるかも分からず遠巻きにしていた近所の人が、行列ができていることに興味を持って来店するようになった。中には常連になってくれた人もいるという。「阿美パン」でも地元のお客さんが、台湾パンをリピートしてくれるようになったそうだ。
非婚・未婚が進み、単身者が増えている日本では、外食需要は増加傾向だ。食習慣が変化し、日本でも朝ごはんの習慣に革命が起きる可能性だってある。台湾式朝食の店はローカライズする傾向にある。いつか、台湾式朝食が日本に取り入れられ、日本社会の新しい文化となる日が来るかもしれない。
バナー写真:台湾の朝ごはん屋文化、近年では東京の街の新しい風景。写真は「喜喜豆漿」の野崎文章氏と人気がある商品「喜喜豆漿」。
※写真はすべて筆者撮影