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映画『娘は戦場で生まれた』:シリア内戦のがれきの中から母が子に捧げる愛と勇気のメッセージ

Cinema

昨年のカンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した衝撃と感動の映像が日本公開。激しい内戦の続くシリア最大の都市アレッポで、乳飲み子を抱える若い母親が、命を懸けてカメラを回し続け、破壊し尽くされる街の惨状を記録した。戦争の残虐さだけでなく、それに立ち向かう人々の勇気、命と愛の尊さが強く心に響く力作だ。

私たちの多くは戦争を知らない。終戦から75年目に入った今、祖父母も戦後生まれという若い世代の中には、かつてこの国が戦争をしたことすら知らぬ者がちらほらいるという。それを聞けばさすがに唖然とはするものの、平和な時代に育った私たちが語れるのは知識や想像の範囲内でしかないこともまた確かだ。だからこそ、戦争の体験談に耳を傾け、その映像に目を凝らし、想像力を研ぎ澄ましておかなくてはならない。

何しろ世界に視野を広げれば、第二次大戦の終結以降も、地上から戦火が消えた時などないのだ。現在もなお絶えずどこかで紛争や内戦が続いており、数えきれない命が奪われている。その一つがこの映画の舞台となった中東のシリアで、2011年以来、数十万の市民が犠牲になったと言われる。近年では世界で最も多くの難民を生んだ国として知られ、その数は670万人(国連難民高等弁務官事務所、18年)。人口のほぼ3分の1に当たる。

爆撃で巨大な廃墟と化したシリア最大の都市アレッポ © Channel 4 Television Corporation MMXIX
爆撃で巨大な廃墟と化したシリア最大の都市アレッポ © Channel 4 Television Corporation MMXIX

政府軍と反体制派の衝突という単純な構図にとどまらず、イスラム教各派、テロ組織、クルド人など、さまざまな勢力の入り組んだ対立があり、さらには周辺国、欧米、ロシアがそれぞれの勢力を武力支援するなど、複雑な様相を呈しているだけに、なかなか混迷から抜け出せずにいる。各勢力の主張は食い違い、プロパガンダが入り乱れて真相も見えにくい。

映画『娘は戦場で生まれた』は、そんなシリア情勢を反映したアレッポでの戦闘を背景とするドキュメンタリーだ。11年にチュニジアから始まった「アラブの春」がシリアにも波及したとき、大学生だったワアド・アルカティーブが民主化を求める反政府デモをスマートフォンで撮影したのが始まりだった。彼女の視点は徹底して、民衆の自由を封殺するアサド政権の暴虐を告発する立場に立っている。

アレッポは北部にある同国最大の都市。12年7月から政府軍と反政府武装勢力による激しい市街戦の舞台と化し、東西に分断されてしまう。アレッポで取材していた日本人ジャーナリストの山本美香さんが銃撃されて命を落としたのは、この激戦のさなかだった。

『娘は戦場で生まれた』の撮影、監督、製作を手掛けたワアド・アルカティーブ。英国のドキュメンタリー映像作家エドワード・ワッツが共同監督を務めた © Channel 4 Television Corporation MMXIX
『娘は戦場で生まれた』の撮影、監督、製作を手掛けたワアド・アルカティーブ。英国のドキュメンタリー映像作家エドワード・ワッツが共同監督を務めた © Channel 4 Television Corporation MMXIX

ワアドもまた、この未曽有の惨状を記録することに決死の覚悟で臨んだ女性だ。スマホをビデオカメラに持ち替えると、街が破壊され、市民が犠牲になる光景を撮り続ける。そんな中、同じく自由を求める闘いに身を投じたハムザと出会い、恋に落ちた。彼は政府軍が猛攻を浴びせる東アレッポに残る決意をした32人の医師の1人だ。仲間とともに廃墟を病院に作り替え、負傷者の治療に献身していた。

ハムザはワアドにこうプロポーズした。目の前には危険と恐怖に満ちた長い道があるが、その先には自由がある。そこへ向かって一緒に歩こう…。やがて2人の間には、女の子が生まれた。アラビア語で空を意味するサマと名付ける。16年1月のことだ。現実の空には、アサド政権を後押しするロシア軍の戦闘機が飛び交い、市街への爆撃を繰り返していた。

ワアドとの間に生まれた愛娘サマを抱くハムザ © Channel 4 Television Corporation MMXIX
ワアドとの間に生まれた愛娘サマを抱くハムザ © Channel 4 Television Corporation MMXIX

乳飲み子を抱えながら、父ハムザは街で最後の一つとなった病院を守り、母ワアドはカメラを回し続ける。数知れない死を目撃した彼女には、わが子の死を知らずに死んでいった母親さえうらやましく思える。なぜなら、幼い息子に先立たれ、気も触れんばかりに嘆き悲しむ別の母親を見て、その姿があすのわが身であることを生々しく想像できるからだ。

家族が暮らした家もがれきの山に © Channel 4 Television Corporation MMXIX
家族が暮らした家もがれきの山に © Channel 4 Television Corporation MMXIX

しかしワアドが記録したのは、死や破壊や憎しみばかりではない。それらが背景にしか感じられなくなるほど、彼女がフォーカスを当てて輝くのは、命と生と愛だ。彼女が記録した映像の一場面には、まったくの無心で見て、思わず感動に全身が打ち震えるような奇跡の瞬間も含まれている。

映画の原題は『For Sama(サマのために)』。未来の希望にほかならぬ娘に、暗黒の中でも光り輝くものがあるということを伝えたい一心で作り上げた、強い意志が感じられる。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX
© Channel 4 Television Corporation MMXIX

© Channel 4 Television Corporation MMXIX
© Channel 4 Television Corporation MMXIX

作品情報

  • 監督:ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ
  • 出演:ワアド・アルカティーブ、サマ・アルカティーブ、ハムザ・アルカティーブほか
  • 製作国:イギリス、シリア
  • 製作年:2019
  • 上映時間:100分
  • 配給:トランスフォーマー
  • 公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/forsama/
  • 2/29(土)〜 シアター・イメージフォーラムにてロードショー、全国順次公開

予告編

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