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『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』:香港インディーズ映画の重鎮が、商業ホラーを撮る理由
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キーワードは「日常に潜む怪しい闇」。映画『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』は、香港の街中にある3つの“恐ろしい空間”を舞台とするサスペンス・ホラー・オムニバスだ。監督は『少林サッカー』(2001)の脚本家フォン・チーチャン、今回が映画デビューとなる新鋭ホイ・イップサン、そして香港インディペンデント映画界のレジェンドであるフルーツ・チャンの3人。本作の好評を受け、香港では今年、続編2本が連続公開されている。
1959年生まれのフルーツ・チャンは、93年の監督デビュー後、香港の現代社会を克明に切り取る作品群で評価された。世界の映画賞に輝く代表作『メイド・イン・ホンコン』(97)は、中国返還が迫る香港と少年たちを描いた青春映画。『花火降る夏』(98)や『リトル・チュン』(99)を含む「香港返還三部作」、『ドリアン・ドリアン』(00)などの「娼婦三部作」などで知られるが、2000年代以降は作風を一変させ、ホラーやスリラーなどのジャンル映画をハイペースで送り出してきた。
『香港怪奇物語』でチャンが手がけた「デッド・モール」は、新装開店したショッピングモールにやってきた2人のライブ配信者が主人公の物語。投資系配信者の男ヨン・ワイと、怪奇現象を調査する女性配信者のガルーダが、それぞれの配信中に謎めいたガスマスクの女や警備員たちと出会い、奇妙な出来事に巻き込まれていく。14年前の火事で大勢の死傷者が出たこの場所は、幽霊が出るという“呪われたモール”だと噂されていた……。
主人公のひとり、投資系配信者ヨン・ワイ。血まみれの姿には理由がある ©2021 Media Asia Film Production Limited, Movie Addict Productions Limited All Rights Reserved
ホラー映画が映し出す「現代」
本作が企画されたのは、コロナ禍のために香港映画界が危機に立たされていた時期。チャンは、プロデューサーから「今こそホラー映画を撮り、人々に観てもらって状況を打開したい」との打診を受けて企画に加わった。しかし当時、チャンは別の作品に関わっており、脚本を自分でゼロから執筆する時間がなかったという。
「物語は私の発案ではありませんが、脚本は自分なりに改稿しました。劇中で描かれる火事は、80年代に九龍半島のジョーダンロード(佐敦道)で発生したオフィスビル火災がモデル。何十人もの死者が出た火事で、私は当時、偶然その現場を通りかかったのです。消防隊が到着し、ヘリコプターが飛んでいる光景は今でもよく覚えています。そこで舞台をショッピングモールに置き換え、この物語を描くことにしました。
また、ある女性がガスマスクを被っている設定も私のアイデアです。普通のマスクでは顔をすべて隠せないのでガスマスクにしたのですが、ちょうどコロナ禍の香港では、人々がいろんなデザインのマスクをつけていました。“マスク”という要素でこの時代を思い出してもらえるかもしれない、ある意味で恐怖を象徴するものにしたいと考えたのです」
作品に漂うコロナ禍の空気も見どころのひとつ ©2021 Media Asia Film Production Limited, Movie Addict Productions Limited All Rights Reserved
SFホラー映画『ミッドナイト・アフター』(14)の公開時も、チャンは香港社会の混乱を商業的なジャンル映画に反映したことを明かしていた。当時のインタビューでは、「(中国返還後の)17年間、香港ではあらゆる出来事が起こりました。政治的問題は非常に大きい」と語り、香港の状況を世界に伝えたかったと述べたのである。社会派からジャンル映画へと作品の方向性は変わったが、時代や社会を捉えようとする意志に変化はない。
「映画を撮り続けるのなら、やはり時代とともに発展、進歩していかなければなりません。また、いろいろな人々を登場させて出来事を描く以上、同時代の社会との関連性がなければ映画として成立しない。つまり、社会との接点をつくることは避けて通れないのです」
自らの創作スタイルは、こうした考え方にもうまく一致しているらしい。「自分がその時々に考えていることを脚本に書くと、私はすぐに作品を撮りはじめたくなってしまう。そうやって映画をつくるから、その時代が表れてくるというだけの話なのかもしれません」
こう言ってみせながらも、チャンはあくまで意識的に、“今”ならではのジャンル映画を目指している。ライブ配信者を主人公とした本作では、実際の配信を思わせる撮影や画(え)づくりにも挑戦。「過去の作品とは違うことをしたいし、新しい要素を取り入れたい。チャレンジをする監督が増えるほど、映画そのものの発展にも寄与するはずだから」と貪欲だ。
社会派映画からジャンル映画へ
しかしなぜ、チャンは社会派作品からジャンル映画へと方向転換を図ったのだろうか。約30年におよぶキャリアでどんな変化があったのかを尋ねると、香港映画界と自らの歩みを率直に教えてくれた。
「私がインディーズ映画や社会派映画をたくさん撮っていた頃の香港映画界は、商業映画が非常に盛んで、私が撮るような映画に投資する人はいませんでした。そういう作品の作り手も少なく、インディーズ映画やアート映画の数がどんどん減っていましたね。そんな状況下で、いわば私は“こういう映画を撮りたい”という意思表示をしていたのです。
ホラー映画やスリラー映画を撮るようになったのは、正直に言えば生活のためです。インディーズ映画でもうからなくても、商業映画やジャンル映画を撮ればギャラが支払われますから(笑)。それに私は現場叩き上げの、映画業界で働きながら育った監督です。同じような映画を撮り続けるより、いろんなジャンルやテーマに挑戦したいのです。
幸い、今の香港映画界にはたくさんの新人監督が出てきて、社会問題や、個人と社会の関係などを描いた作品をつくっています。これまで需要がないと思われていたような映画が増えているのは、この業界にとって非常に健全なことだと思います」
フルーツ・チャン監督。こちらの質問に、言葉を尽くして丁寧に答えてくれた
もっとも、チャンは現在の“香港ホラー”に危機感をおぼえているようだ。香港では70年代からあらゆる種類のホラー映画が発表されてきたが、「あまりにもたくさんのホラーがつくられすぎたせいか、最近は飽きられてしまい、投資者も作り手もいなくなって元気がない」という。大ベテランとなった今もなお、本作『香港怪奇物語』などで新たなチャレンジに取り組むのは、そうした現状を変えたいという願いがあるためだろう。
「いまや、韓国のホラー映画は以前の香港すら超えていきましたよね。資金は潤沢、人材も豊富。その一方、私は日本と香港はよく似た状況にあると思っています。昔は素晴らしいホラーがたくさん作られましたが、今は優れた作品がなかなか出てこない。もちろん、今後がどうなるかはわかりませんが」
今後もチャンは、メジャー映画とインディペンデント映画の垣根を超えた活動を続けていくようだ。「両方やることには面白さがたくさんある」というのである。
「メジャー映画を撮るときは、投資者や市場への責任があるので、どうしても考え方が商業寄りになります。しかしインディーズ映画なら、良く言えば自分の撮りたいものを撮りたいように撮れる。悪く言えばやりたい放題ですね(笑)。戦う場所が変われば、自分の思考も必然的に変わる、それも面白さのひとつです」
取材・文:稲垣 貴俊
[参考資料]
Hong Kong’s Angst Bubbles Beneath ‘The Midnight After’
©2021 Media Asia Film Production Limited, Movie Addict Productions Limited All Rights Reserved
作品情報
- 監督:
「暗い隙間」ホイ・イップサン(許業生)
「デッド・モール」フルーツ・チャン(陳果)
「アパート」フォン・チーチャン(馮志強) - プロデューサー:ジョン・チョン(莊澄) マシュー・タン(鄧漢強)
- 出演:チェリー・ガン(顔卓霊) ン・ウィンシー(伍詠詩) ジェリー・ラム(林暁峰) セシリア・ソー(蘇麗珊) リッチー・レン(任賢齊) ソフィー・ン(呉海昕)※登場順
- 配給:武蔵野エンタテインメント株式会社
- 製作年:2021年
- 製作国(地域):香港
- 上映時間:112分
- 公式サイト:hk-kaiki-movie.musashino-k.jp
- 12月1日(金)よりシネマカリテほか全国順次公開
予告編
バナー写真:映画『香港怪奇物語 歪んだ三つの空間』より「デッド・モール」(フルーツ・チャン監督) ©2021 Media Asia Film Production Limited, Movie Addict Productions Limited All Rights Reserved