映画『エッフェル塔~創造者の愛~』:主演のロマン・デュリスとマルタン・ブルブロン監督が語る、自由な想像力の冒険
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エッフェル塔の建造は、フランス革命100周年を記念してパリで開催された1889年万国博覧会の目玉となった一大プロジェクト。当時は世界で最も高い建造物(312メートル。現在は増設されたアンテナを含み330メートル)となり、「300メートル塔」と呼ばれた。
のちに正式名称となった「エッフェル塔」の名は、この画期的なタワーを設計し、施工を行った会社の社主、ギュスターヴ・エッフェルから取られている。実際に設計したのはエッフェル社の主任技師たちだ。しかし先頭に立ってプロジェクトを推進し、コンペを勝ち抜いて、建設工事を指揮、塔を完成まで導いたのがエッフェルであることに間違いない。
ところが本人は当初、プロジェクトに乗り気でなかったと伝えられている。それがある時を境に、資産を抵当に入れてまで、この途方もない大事業の実現に熱意を注ぐようになったのはなぜだったのか。
その謎の裏に、ある女性との恋があった――。大胆な仮説を基に展開するのが、『エッフェル塔~創造者の愛~』の物語だ。
映画の冒頭に記されたのは「史実を基に自由に作った物語」の一行。その通り、歴史に記録された出来事に沿ってストーリーを展開しながら、その空白を想像で埋め、パリ万博のモニュメント建造計画にエッフェルが一転して意欲を示すことになった発端と、そこに至る彼の「秘められた」過去を描いていく。
塔の建造に着手するおよそ30年前、まだ20代のギュスターヴはボルドーで鉄道橋の建設に携わっていた。そしてそこで、作業場のオーナーだった地元の実業家ブルジェス氏の娘アドリエンヌと恋に落ち、結婚を申し込む。これらは記録に残された事実だ。
2人はどうやって出会い、その恋はどんな結末をたどり、それから月日がどのようにして流れたのか。さまざまな困難を乗り越えてエッフェル塔が完成するまでの史実に、想像された男女のロマンスが交差し、物語は壮大なスケールでドラマチックに展開していく。
実在した人物を自由に描く
原案はすでに20年以上前からあったが、映画化には至らなかった。2017年にプロジェクトが再浮上し、監督デビューしたばかりのマルタン・ブルブロンに声が掛かる。
マルタン・ブルブロン ギュスターヴ・エッフェルはフランス人の誰もが知る人物。でも若い時に恋をした相手と結婚できなかったという事実は、ほとんど知られていない。そしてエッフェル塔の建設にまつわる逸話にも、意外と知られていないことが多いんだ。これら2つの要素を合わせて見せようというのが、この映画の狙いだった。歴史に残る芸術的な偉業に、個人の秘められた部分が交わる、そこに魅力を感じた。これは歴史スペクタクルでありながら、同時に美しい恋物語にもなると。
主人公のギュスターヴ役には、早い段階からロマン・デュリスの起用が決まっていたという。フランスにおけるその世代のトップ俳優だ。これまでさまざまな役柄を演じてきたが、歴史上の人物を演じたことはほとんどない。思い出すのは、『モリエール 恋こそ喜劇』(07)で17世紀の劇作家モリエールを演じたくらいだ。
ロマン・デュリス あの時も実在した人物そのものというよりは、仮説から想像をふくらませて描いたキャラクターだったね。今回もそういう役を演じられて楽しかった。ギュスターヴ・エッフェルについては、何冊も本を読んだよ。でも彼の日常がどうだったか、どんな夫でどんな父親だったか、私生活についてはほとんど記録がないんだ。だから、そこは自由にやれると感じた。マルタンと話し合いながら、彼の立ち居振る舞いを想像していったよ。
ちなみに、デュリスの父も建築技師だったという。
デュリス 建築家は幼い時から憧れの職業だったんだ。家で設計図を見るのに慣れていたからね。当時はコンピュータなどなくて、父は手で図面を引いていた。そんな風にして描かれたものが、何年もかかって大きな建築物になるんだから、夢のある仕事だと思う。ギュスターヴ・エッフェルはその中でも特別な才能を持った人物だ。彼が生きた世界を体験できたことに、大きな喜びを感じたよ。
ブルブロン ロマンには、本人に似せてほしいなどとは一言も言わなかった。僕にとってこの役は彼以外に考えられなかったからね。僕たちなりのエッフェルを作り上げることが大事だったんだ。どんな人物像にするかはロマンの感じるままにしてもらった。撮影現場に入って、自然に作られていったと思う。
デュリス 自然に出てきた部分もあるし、集中して考えた部分もある。僕は毎回、違う人物を演じるとき、自分の周りに膜を張りめぐらすようにして、その中に閉じこもるんだ。まず時代背景や、彼の人柄、考え方といったディテールを頭に入れる。そうやって、自分の日常とまったく違う環境で生きる準備をしておく。あとは自由にやることができた。時代物で、普段と違う衣装を着てはいるけれど、芝居は自然に反応するにまかせて、古典的になり過ぎないようにしたんだ。
ブルブロン ロマンの芝居のリズム、身のこなしや動きが好きなんだ。ギュスターヴ・エッフェルにあったカリスマ性やリーダーの資質、持って生まれた威厳が彼の中にもあると信じていた。彼はそれをちゃんと探し当ててくれたね。エッフェルが部下や労働者を前にして取る態度にはっきりと現れている。袖をまくって作業員たちを指揮する“現場の男”でもある。それでいて、現代的な、ロマンチックなところもあるんだ。ロマンはそうした様々な面を一人の人物の中にまとめ上げてくれた。
物語に描かれたエッフェルは、身のすくむような大事業を強力に推進していく勇猛果敢な男でありながら、一人の女性との激しい恋に身も引き裂かれんばかりになる。その振幅の中に一人の人間を描き出すことこそ、この映画が挑んだテーマだったに違いない。
デュリス 恋をするギュスターヴと、才能あふれる建築技師の彼、その2つを切り離すことはできないんだ。人は誰もが、いろいろな面をあわせ持っているよね。仕事や役割を果たす間にも、あらゆる感情が入り混じってくる。それがエッフェルのような発明者、創造者となると、スケールの大きな話になる。脚本を読んで僕が気に入ったのは、そういう様々な場面が結び合わされているところだった。
歴史的な偉業の背後を見つめる
恋愛映画としての魅力は、ヒロインであるアドリエンヌの存在に負うところも大きい。役を射止めたのはNetflixのドラマ『セックス・エデュケーション』で注目され、売り出し中の女優エマ・マッキー。10代後半の清新な若い娘から、40代後半になって落ち着いた気品の人妻まで、見事に演じ通してみせた。
ブルブロン 理想的なキャスティングだった。国際的な作品に出て、多くの人にとって見覚えのある顔だとは思うけど、まだそこまで知られている女優でもない。エマにはとてつもない魅力があって、姿がとにかく絵になる。存在感やまなざしに強い力がある。そういう女優って、実はなかなかいないんだ。これからがとても楽しみだね。
デュリス 彼女と初めて会って、とてつもないエネルギーを感じた。すぐに暗黙のうちに通じ合うものがあり、自然に打ち解けたよ。一緒にいて心地よいことが大事なんだ。初対面の2人が一から関係を築き上げるのはなかなか大変だからね。心が通じて初めて、一緒に想像の世界に入っていくことができる。素晴らしい出会いだった。
ブルブロン この企画がうまくいくことを僕が確信したのは、製作がスタートする前のことだった。ロマンとエマが初めて顔を合わせ、2人並んで写真を撮ったんだ。そうしたら一瞬にして、カップルができ上がっていた。映画のヒーローとヒロインがそこにいた。これから資金を集めようというときに、関係者の誰もが夢中になれたんだ。
『エッフェル塔~創造者の愛~』は、切なく美しい愛のドラマであると同時に、最初は図面上のアイデアでしかなかったことが人類史上屈指の壮麗なモニュメントとして結実するまでの物語でもある。その描き方には、歴史的な偉業の背後にある人間一人ひとりの仕事に対する、敬意と共感を読み取ることができるだろう。
ブルブロン 僕はそれまで低予算でコメディを作ってきた。この企画をオファーされたとき、新しいチャレンジになると思ったよ。この業界では、スタイルを変えるとあれこれ言われるものだけど、僕は1つのジャンルに閉じこもっていたくなかった。物語のテーマや、プロジェクトの壮大さに魅力を感じたんだ。莫大な予算が必要で、何年も具体化しなかった企画だから妻や友人は心配していたね。でも僕は信じることができた。企画の早い段階で、ロマンが出演を決めてくれたのも原動力になったよ。あとは参加するみんなの共同作業だ。集団のエネルギーが、こうして1本の映画を作り上げたんだ。
デュリス 人間には可能性がある、自分がやっていることを信じ続けるのは大事だ。この物語からは、そんなメッセージが感じられると思う。それは僕ら自身、これだけの大作を完成させて実感したことでもあるよ。この規模の作品としては製作期間が短めだったし、パンデミックもあった。いろいろな困難があったけど、最後までやり遂げて、こうして日本にまで来ることができた。素敵な冒険をさせてもらえたよ。映画という魔法のような仕事のおかげだね。
画像:© 2021 VVZ Production – Pathé Films – Constantin Film Produktion – M6 Films
インタビュー撮影:五十嵐 一晴
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:ロマン・デュリス、エマ・マッキー、ピエール・ドゥラドンシャン、アレクサンドル・スタイガー、アルマンド・ブーランジェ、ブルーノ・ラファエリ
- 監督:マルタン・ブルブロン
- 脚本:カロリーヌ・ボングラン
- 音楽:アレクサンドル・デプラ
- 撮影:マティアス・ブカール
- 編集:ヴァレリー・ドゥセーヌ
- 美術:ステファン・タイヤッソン
- 製作年:2021年
- 製作国:フランス・ドイツ・ベルギー
- 上映時間:108分
- 配給:キノフィルムズ
- 公式サイト:https://eiffel-movie.jp/
- 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中