映画『裸足で鳴らしてみせろ』:気鋭の若手監督・工藤梨穂が描く、運命的に出会う若者たちの「触れ合い」と「旅立ち」
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工藤梨穂監督の『裸足で鳴らしてみせろ』は、「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」が新人監督に商業映画デビューの機会を与える「PFFスカラシップ」によってプロデュースされた作品。
工藤監督は前作『オーファンズ・ブルース』で「PFFアワード2018」グランプリを受賞し、スカラシップの挑戦権を得た。劇場公開まで果たした同作が大学の卒業制作だったというから驚きだ。同期生10数人のキャスト・スタッフとともに作られた作品だった。
創作の苦しみの中で見えたある“光景”
高校時代に西加奈子の小説『さくら』に出会って映画の道を志し、京都造形芸術大学(現京都芸術大学)の映画学科を進路に選んだ工藤監督。在学中は故・青山真治監督をはじめとする教授陣の薫陶(くんとう)を受けた。しかし大学で学んだからといって、映画制作を職業として続けられる人は一握りに過ぎない。
「もしかしたら卒業制作が最後の作品になるかもしれない、そう思いながら作っていたところはありました。ぴあでグランプリを獲ったとき、スカラシップでまた映画を撮るチャンスを掴めるかもしれないと感じて、映画と首の皮一枚でつながったという気持ちでした」
受賞後ほとんど間をおかずに企画を立て、1年も経たないうちにコンペの審査を通ったのが今回の『裸足で鳴らしてみせろ』だ。
「卒業制作で出し切ったところもありましたから、次の企画を出すのにかなり苦労しました。決まったという連絡を受けたときには、めちゃくちゃうれしかったんですけど、2カ月後くらいには脚本の第1稿を提出しなくちゃいけなくて。途中で書けないかもしれないと何度思ったか...。まずラストシーンの映像が浮かび、ここに至るまで、そこにいる人物たちに何があったのか、どんな記憶を彼らは持っているのかということを考えて物語を組み立てていったんです」
主人公の直己(なおみ)は地方の町で父と2人で暮らし、父の営む不用品回収業を手伝っている。直己はある日、目の不自由な養母・美鳥(みどり)と生活する槙(まき)に出会う。2人の青年は、病に倒れて入院した美鳥の「自分の代わりに世界を見てきてほしい」という願いを、ある“裏技”を使って叶えようとする。
海外のさまざまな場所を想起させる環境音をバックに、槙が“旅先”からのメッセージをカセットテープに吹き込んで美鳥に送り続け、世界を回っていると伝えるのだ。直己と槙は、この“音の旅”に熱中しながら、“共犯関係”で結ばれた互いをかけがえのない存在として意識するようになり、絆を深めていく。会うたびに変化していく2人の関係は、感情の高まりとともにいつしかすれ違い、やがて良識の節度を踏み越えてしまう…。
性に帰着しない愛を描く
工藤監督は男性2人の物語にした理由をこう話す。
「最初に画(え)が思い浮かんだとき、そこにいたのが男性2人のイメージだったことが始まりです。男女や女性同士で想像してみたこともありましたが、やっぱりこの映画の2人は男性たちの肉体で描きたい、描くべきだと思ったんです」
監督はここでクィア(queer)という言葉を使う。性的指向や性自認がレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)といった分類に入らないマイノリティにも使われる言葉だ。
「今回の彼らの愛を描こうとするときに、同性2人の間で起こった愛として描く方が、私自身、2人に対して最も思いを込められるというか、描こうとするものに正直に向き合えるように思ったことが一番大きいです。自分なりに“クィア”の愛に向き合った作品を作りたいという思いはずっと前からありました」
2人の関係を描くにあたり、万人が納得するような恋愛の行為、つまり「手をつないで、キスをして、セックスをして...」という成り行きに従わないないもので愛を表現したかったという。
「この世界では性愛にたどり着くことで愛や恋が認められる共通意識があるように感じていて、もちろんそのことによって相手を感じることは素晴らしいと思う。でも、そういったことでは語ることのできない愛もきっとどこかにはあるはずだと思ったし、今回の映画ではそんな愛を捉えたいという思いがありました」
それが2人の“格闘”シーンに表れる。
「この映画の格闘はセックス未満の行為、という思いでは決してなかった。彼らは相手に触れたい、触れられないという思いを抱きながら、お互いを最も感じられる行為が格闘であると感じて、とまどいながらも2人にしかわからない愛をそこに見出していくんです。それが2人の絆を揺るぎないものにすると同時に、彼らを苦しめるものにもなってしまう。そのような愛のままならなさを描こうとしました」
場面が進むごとに強度を変えるアクションを通じて、2人が相手に抱く感情や時の経過、取り巻く状況の変化を見せていく。
「シーンごとにテーマは変えていて、最初はじゃれ合いだったものがエクスタシーを持った格闘になり、さらにそれが暴力的に変化してしまうというグラデーションを意識しました。その時々の感情も含めて、アクション監督と役者2人にテーマを共有しながら、練習を積み重ねて現場に入り、撮影していきました。編集も悩みながら時間をかけました」
旅立たない若者の先に広がる地平
直己はシングルファザーに育てられ、父の存在がしがらみになって、外の世界へ自由にはばたくことができない。槙は養母から愛情を受けながらも、それに甘えず育ち、むしろ目の不自由な彼女を保護する側になっている。
「親や兄弟との仲がよくて、毎日明るく過ごせているようでも、見えない孤独ってあるよなと思っていて。家族は恋人の代わりになれないし、恋人は家族の代わりになれない。親や兄弟に対する愛情と他人に対する愛情は種類が違うから、どちらかが満ち足りていてもどちらかに飢えているというような、どうしても埋められない孤独があるようにも思います。そんな中で、自分と同じような孤独を持って魂から通じ合えるような人と出会えたときの奇跡のような感覚も捉えたいと思っていました」
“音で旅する”というのもこの映画の重要なモチーフだ。考えてみれば、 “触れ合う”ことも“旅立つ”ことも、この2年間で誰もが失った体験ではある。
「プロットができたのはコロナ禍前だったので、現実は影響していないんですが....。確かに音は物語の着想から重要な要素でした。人の記憶を表すときに、映像より音の方が心の深いところに届くような気がしていて。また、音が大事な要素となるこの物語を考えたときに、純粋にワクワクしたんですよね。映画の後半の2人の音作りはフォーリー(映画やドラマの動作音、効果音を収録する作業)を参考にしています。音を作るのは、傍目から見るとすごく奇妙な行為だからこそ、映画の中で素人の2人が音を編み出しているその行為が魅力的に映るんじゃないかと思いました」
撮影はほぼ脚本通りに進み、現場で変えたことはあまりなかったという。
「編集でだいぶ変わった映画ではあります。シーンもけっこう削ったり、順序を入れ替えたりもしました」
編集は『ドライブ・マイ・カー』の山崎梓。撮影に『寝ても覚めても』『あのこは貴族』の佐々木靖之、録音に『リング・ワンダリング』の黄永昌など、新人監督が経験豊富なスタッフとともに作り上げたのもPFFスカラシップ作品ならではと言える。キャストにも新鋭とベテランの魅力的な組み合わせがある。
「今までは自分で編集もしていたので視野が狭くなってしまう部分があったんですけど、山崎さんと相談して自分では思いつかなかったアイディアも出してもらえて、新しい発見がありました。現場では、私が俳優の芝居に集中することでいっぱいいっぱいな時もあったので、技術面ではスタッフの方々に助けてもらいながら進めた場面もありました。もしまた映画を撮れる幸運に恵まれる時があれば、次の現場ではもっと視野を広げていきたいです」
監督はラストシーンからさかのぼるようにして脚本を書いたというが、決して結末に向けて「収まっていく」物語ではない。先の見えない展開で、長い旅路がずっと続くような映画だ。そこには今の時代の閉塞感が漂いながらも、時を超えた懐かしさを含み、未来に開かれているような、不思議な時代感覚がある。
「現代を描く上で、全ての映画が現実に生きている時代性に沿った物語を展開しなければならないということはないんじゃないかと思います。そうじゃなくても、事実として映画はその瞬間を生きている、生きていた人たちを映している」
何より工藤監督が常に考えているのは、「映画でしか伝えられないことはなんだろう」ということ。その追求を、画面の隅々に感じることができる。
「だから私の映画には、昔からある普遍的なものだったり、より立体的な質量のあるアナログ要素も入ってくるのだと思います。世の中は流れがどんどん早くなってきているように感じていて、それを捉えてまさに“今”を映した作品が未来にとって重要になることも理解しながら、やはり独立した世界観の中でこの物語を描くことを選びました。この映画では、人間にとって永遠のテーマでもある愛が重要な要素でもあったので、それを時代性と共に懐かしく思われるよりも、未来の人にとっても色褪せないような作品にしたかった。映画の中で日常とは少し違った世界に浸ってほしいという思いもあります」
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 脚本・監督:工藤 梨穂
- 出演:佐々木 詩音、諏訪 珠理、伊藤 歌歩、甲本 雅裕、風吹 ジュン
高林 由紀子、木村 知貴、淡梨、円井 わん、細川 佳央 - 主題歌:soma「Primula Julian」(dead funny records)
- 製作:PFFパートナーズ=ぴあ、ホリプロ、日活/一般社団法人PFF
- 制作プロダクション:エリセカンパニー
- 配給:一般社団法人PFF/マジックアワー
- 製作年:2021年
- 製作国:日本
- 上映時間:128分
- 公式サイト:hadashi-movie.com/
- ユーロスペース ほか全国順次公開中