小林聡美が主演映画『ツユクサ』で見せる「焦らない、無理をしない」生き方
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『ツユクサ』は、平山秀幸監督が脚本家の安倍照雄とタッグを組み、10年以上あたためてきたオリジナルストーリーの映画化。海辺の小さな田舎町で一人暮らしをする芙美(小林聡美)を中心に、日常に訪れた小さなドラマを描く。平凡ながらかけがえのない時間、ありふれたようで胸の高鳴る出来事を、温かいまなざしで見つめた作品だ。
もうすぐ50歳になる芙美は、体を洗う“ボディタオル”の工場で働く。毎朝のラジオ体操で仕事が始まり、昼休みに港の突堤で同僚2人とお弁当を食べる。一回りほど年下の仲間、直子(平岩紙)と妙子(江口のりこ)は他愛もない話に花を咲かせる間柄で、特にしっかり者の直子は頼りになる存在。直子には天体オタクの息子、航平(斎藤汰鷹)がいて、芙美とは年の差を越えて付き合える親友同士だ。
日の暮れる前に家に帰り、ジョギングをして、夕飯を作って食べる。そんな平凡な毎日を過ごしている芙美に訪れた生活の変化といえば、断酒会に参加するようになったこと。久々になじみのバーに顔を出しても、マスター(泉谷しげる)の「一杯どう?」の誘いには乗らず、決意は固い。バーには見覚えのある先客がいた。ジョギングの途中に何度かすれ違ったことのある、道路工事の交通誘導員の制服を着た男。その吾郎(松重豊)も、芙美と同じように訳あって東京を離れ、この町に暮らしていた――。
登場人物はみな、のほほんと暮らしているように見えて、それぞれに知られざる過去があり、悩みや後悔を抱えている。それでも前を向き、肩からほどよく力を抜いて日々生きていく姿が胸を打つ。達者な俳優陣の表情、気の利いたセリフと絶妙の間、それを巧みにとらえるショットが連なり、可笑(おか)しみと温かさの中に、一抹の切なさが混じる。
「一人でいる覚悟があるといい」
味わい深い人物たちがそろう中、やはり強い印象を残すのが主人公の芙美だ。まっすぐで飾り気がなく、時に少女のような恥じらいを含みながら、正直に生きる女性を、小林聡美が魅力的に演じている。芙美の人柄や、作品の魅力について語ってもらった。
― 脚本を読んで、この役をやろうと考えた決め手はなんですか?
オファーをいただけるのは、私の中の何かしらの可能性を見たいと思ってくださっているんだなと。そんな自分の中の可能性を私も見てみたいんです。今回は、脚本を読んで、なんてかわいらしい話なんだろうと思いました。登場人物それぞれがキュートで。悲しい話もありながら、とても温かい。工場で働いていたり、より生活感のある背景が見える役柄で、ただのんびり素敵な暮らしをしているだけではない、そんなところに興味を引かれました。
― 今回は50歳を迎える女性の役でしたが、小林さんご自身はその時期に何か思うところはありましたか?
50歳を過ぎて7年ですが、外側はともかく(笑)、中身はあまり成長していませんね。気が付いたら、あら50代も半ば過ぎちゃったという感じで。今思えば40代後半は、体調のゆらぎは多少あるとは言え、とても楽しかったです。若い時みたいにそんな悩むこともないし。
― 芙美さんは訳あって東京を離れましたが、小林さんも田舎に住みたいなんてエッセイに書いていましたね?
そうなんですけど現実的なことを考えると、大変かなあと…(笑)。今回のロケ地は、すごく素敵なところでした。東京からは少し行きづらくて、シーズンオフだったせいもありますけど、にぎわいがちょうどいい感じで。懐かしい景色がまだそのまま残っているんです。私はどちらかというと、「海よりも山」派なんですけど、あんな海辺の町に住まうのもいいですよねえ。
― 芙美さんは知らない土地でもちゃんと気の合う人を見つけていますけど、小林さんにもできそうですか?
無理して入っていかなくてもいいかなって。自分のやりたいことをやれていて、それで何となく周りの人と知り合いになって…、ゆるやかにそういう風になっていければ、素敵だなと思うんです。人と仲良くならなきゃとか、地域に溶け込まなきゃとか、そういう風に変なプレッシャーは疲れちゃう。誰か仲良くなれる人ができたらいいな、くらいの方がいいですよね。友だちの大切さは、何にも代えがたいものと言えるかもしれないんですけど、その前にまずは一人でいる覚悟みたいなものがあった方が、それにすがらずにいられるのかな。
― この映画は、ほんわかした雰囲気だからこそ、誰もが人知れず胸の中に悲しみや悩みを抱えていることがじんわりと伝わってきます。
登場人物たちはみな、それまでの環境が少しずつ変わっていって、先は分からないけど、でもきっと幸せの方向に進んでいる途中の人たちだと思うんです。人との出会いも、いいことも悪いことも、長く続くかもしれないし、続かないかもしれない。そういうことの連続で、目の前の状況だけで幸せか不幸せかと判断するよりも、もう少し長い目で見るつもりで、その状況を楽しめればいいのかな、って思わせてくれますね。
― そんな風に淡々と生きる大人たちの間で、航平くんだけが喜怒哀楽を素直に表します。でも芙美さんは、彼を子ども扱いしませんね。
芙美さんは、たぶん年齢のこととかあまり気にしないし、人との付き合いも、年下だからとか、こだわっていませんよね。10年前から温められていた作品だそうですけど、人とのつながりの軽やかさがとても今っぽいし、そうでありつつ、懐かしい感じもして、そこがいい味ですよね。
小林聡美はSNSを始めるか?
― 小林さんは、誰もが認める名優でありながら、「女優一筋」という印象は受けません。それ以外の時間も大切にしていらっしゃるのでしょうね。
あまりその境目も考えていません。こういう仕事は、忙しい時と、そうでない時と、波がありますし。集中していい状態で仕事をするためにも、普段の暮らしを楽しもうと思っています。
― 新しいことに挑戦する意欲もありますか?
SNSとかですか? よく分からないんですよね。よく分からないじゃこれからはダメなのかなあ…。ガラケーからスマホにするのも結構な決断でしたから(笑)。
― その話が出たということは、少し興味があるんでしょうか?
いやいやいや…、やらなきゃいけない雰囲気なのかなって…。どこに行ったとか、持ち物や服を見せるとか、みなさんとてもオープン。秘密主義の私からすると、SNSって身ぐるみ剝がされるような気がしてコワい(笑)。
― 最後に、小林さんが感じるこの映画の魅力を聞かせてください。
わざとらしくなく、あざとくなく、心にしみる温かい映画です。感動させようとか、ほのぼのしてるでしょ、とか押しつけがましくない。「小林さんが出てるからスローライフなのね」って単純に思われたくないんですよね。そういう特別な作品になったなと。きっと年齢層的には芙美さんの世代の人たちに共感してもらえると思うんですけど、いろんな方々に観ていただけたらいいなと思います。
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:小林 聡美 平岩 紙 斎藤 汰鷹 江口 のりこ
桃月庵 白酒 水間 ロン 鈴木 聖奈 瀧川 鯉昇
渋川 清彦 / 泉谷 しげる / ベンガル
松重 豊 - 監督:平山 秀幸
- 脚本:安倍 照雄
- 音楽:安川 午朗 主題歌:中山千夏「あなたの心に」(ビクターエンタテインメント)
- 配給:東京テアトル
- 製作年:2022年
- 製作国:日本
- 上映時間:95分
- 公式サイト:tsuyukusa-movie.jp
- 全国公開中!