映画『トゥルーノース』:北朝鮮収容所の生き地獄を描きながら、清水ハン栄治がめざしたヒューマニズムの極北
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「成功」をめざした青年時代
「今でこそK-popだ、韓流ブームだと言われるようになりましたけど、僕の若い頃ってまだ世間の風当たりが強くて、就職差別など、いろいろと嫌なことも聞いていたんですよね」
こう語るのは3Dアニメ映画『トゥルーノース』の清水ハン栄治監督。1970年、神奈川県横浜市の在日コリアン家庭に生まれ、高校まで「普通に」育ったが、父から聞かされた「在日というハンデ」を胸に留めてきたという。
「普通に頑張るだけじゃ足りないと言われていた。日本とかアジアだけじゃなく、もっと大きく視野を持て、活躍の場を日本だけで考えない方がいいぞと。それで、世界で活躍できるような準備をしておかなきゃいけないなというのは、何となく考えていたんです。中学、高校で英語の勉強を頑張り、留学を考えました」
高校卒業後に渡米し、バージニア州の大学で学んだ後、日本に戻り就職。働きながらお金を貯めると、再びアメリカに渡ってMBAを取得した。ラテンアメリカ向けのドットコムビジネスを始めたが、ITバブルがはじけて事業に失敗、借金を抱えて帰国する。しかしそれから日本では有名企業に採用され、高収入のエリートサラリーマン生活を満喫することになる。
「いま振り返ってみると、本当にやりたいことは分かっていなかったんでしょうね。世間一般の成功像を疑うことなく追っていた。勉強を頑張って、いい企業に勤めて、高い給料をもらって、いい服を着て、女性にもてて…。それが幸せだと思っていたし、そこに思い切り乗っかっていました。人からは順風満帆に見えたかもしれないですけど、でも本当にこれが幸せかな、もっと豊かな人生があるんじゃないかな、と感じるようになったんです」
幸福と人権の追求を人生のテーマに
35歳で会社を辞め、アメリカに戻って始めたのが、ガンジー、マザー・テレサ、ダライ・ラマ14世、チェ・ゲバラといった20世紀以降の偉人の生涯を漫画にし、人権について啓蒙するシリーズ本の出版。そして、幸福をテーマにしたドキュメンタリー映画の製作だ。
「日本はこんなに豊かな国なのに、人々が感じる幸福度は低い。その理由の一つには企業中心社会だからというのがあると思うんですね。映画(『happy – しあわせを探すあなたへ』)を作ったのは10年前。ブラック企業という言葉が生まれる前でした。自分も元サラリーマンだから分かるんですが、多くの人が人生をすべて会社に注いでしまっている。それで幸せならいいんだけど、みんな疲れちゃってる。経済的な成功だけが幸せではないんじゃないか、と問いかけたかったんです」
漫画シリーズは30カ国以上で出版、チベット亡命政府から教科書に指定され、当時のオバマ米大統領にも愛読されたという。友人のロコ・ベリッチ(『ジンギス・ブルース』で米アカデミー賞にノミネート)にメガホンを託してプロデュースした映画『happy – しあわせを探すあなたへ』は、数々の国際映画賞に輝いた。
「映画を1本作り終えると、疲れて見向きもしたくなくなる期間があったんですが、しばらくしてまたムクムクと表現欲みたいなものが出てきました。北朝鮮の収容所をテーマにしようと考えて、リサーチしながらトピックに引き込まれるうちに、今度は監督や脚本も自分でやってみたいなと思うようになったんです」
収容所生活を通して見える人間模様
リサーチ、脚本の執筆、資金集め、制作と、完成までに10年を要した。コストを下げるためにインドネシアに移住し、現地のアニメーターと作業を進めていったという。
「かなり初期の段階でアニメにしようという考えはありました。まずカメラを持って北朝鮮に入るのは無理だし、実写で撮るとしたらホラー映画みたいになっちゃう。残酷になり過ぎることなく、それでいてリアリティを失わず、幅広い層に見てもらえるパワフルな表現方法が3Dアニメなんじゃないかと思ってチャレンジしました」
『トゥルーノース』の物語は、在日朝鮮人の「帰還事業」で北朝鮮に渡ったパク家の子どもたち、兄ヨハンと妹ミヒを中心に描かれる。一家は恵まれた暮らしを送っていたが、ある日、父が政治犯の疑いで逮捕されると、「連座制」により母子も強制収容所へと連行されてしまう。被収容者たちは、重労働を課され、極寒と飢えに苦しみ、虐待、強姦、拷問、公開処刑の恐怖におびえて暮らす。収容所内には所長以下、看守、作業班の班長、その手下...とピラミッド型の支配構造が形成され、その最下位に属する者たちは、追加の食糧を手に入れるために、力を持つ者におもねり、隣人の言動を密告することも辞さない。
監督は、文献を読み込み、多くの脱北者からのヒアリングを通じて、こうした北朝鮮の体制維持の仕組みをつぶさに解読し、物語に盛り込んでいった。兵士の階級章の星の数に至るまで細かく再現したという。
「脚本を書くのは初めてで、それも英語で書いたので苦労はしたんですけど、とにかく調べまくりました。でも、舞台は北朝鮮の収容所ですが、結局行き着いたのは、主人公の成長物語なんですね。それが観客の心を打つだろうと。もう1つは、人と人との関係性。これによって物語を動かしていく。途中から心を入れ替えて成長する人、逆にだんだん悪くなる人、最初から最後まで悪かった人…。こうした人間模様をモザイクのように見せることで、いろいろと感じてもらえればいいなと思ったんです」
監督は、すべて自分にあてはまると思いながら、さまざまなキャラクターを描き込んでいった。状況が状況なら、家族を守るために人の命を奪うことがあったかもしれないし、反対に自分の命を投げ出して人を救ったかもしれない…。
「人間ってその振り幅で生きていると思うんですよね。生まれながらの極悪人も超善人もいないと。誘惑に流されたり、それに打ち勝ったりして、失敗や努力を繰り返し、その人の行動パターンになっていく。そういういろいろな人物のパターンを見せることで、人間のポテンシャルを感じてもらえる話にしたかった」
12万人の被収容者に思いを馳せる
映画には、いわゆる「日本人妻」と思しき女性も登場する。1959年に始まり、1984年まで実施された「帰還事業」を通じて日本から北朝鮮に渡った約9万3000人の中には、在日コリアンだけでなく、その配偶者など約6800人の日本国籍保有者も含まれたのだ。
当時、朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝し、日本の政界は左右両陣営ともに「帰還」を推進した。マスコミもこれに追随し、肯定的に報じた。しかし、それを信じて海を渡った人々には、厳しい現実が待ち受けていた。中でも政治犯収容所に入れられた人々にとっては、楽園とは正反対の地獄にほかならなかった。これらの人々に思いを馳せるところも、在日コリアンとして生まれ育った清水ハン栄治監督ならではの感性と言えるだろう。
「北朝鮮について、日本では拉致問題ばかりを取り上げ、帰還事業のことはほとんど話に出てこない。自らの意志で移住を決めたのだから、自己責任だろうと。これはさすがにちょっと冷たいなと思うんです。たとえそうであるにせよ、地獄を見ている人がいるんだったら、人情というものがあるんじゃないか。僕自身は出生的に近い立場にいますから、その思いが強いのかもしれないですけど、まったく関係がない普通の日本人でも、やっぱり感じてほしいというのはあります」
監督にとって『トゥルーノース』は、出自、個性、スキル、人脈など、自身に関わるすべてを説明してくれるものだと語る。
「この映画を作ることによって、自分が持っている素材を余すところなく使えた感じがして、圧倒的な達成感を得られた。これをやるために生まれてきたんじゃないかと感じられる。すごく幸せなことですよね。前作では、世界中を旅して幸せを探しました。そこで見つからなかった幸せの要素が、今回見つかったような気がします。天命を知ることができたというか」
清水ハン栄治は、かつてケネディ大統領が月にロケットを打ち上げる壮大な目標を掲げ、それを実現してみせたのにならった思考法、「ムーンショット・シンキング」の力を信じている。
「この映画によって、自分というちっぽけな存在が、より大きなものとつながることができた気がします。もしかしたら、北朝鮮の収容所に今もいる12万人に、何らかのポジティブな影響があるかもしれない、そう信じたいです。1日に1つでも拷問が減り、やがて強制労働がなくなり、ゆくゆくは収容所の閉鎖につながるような…。そんな小さな積み重ねの1つではあるけれども、やり切った手応えは感じています」
インタビュー撮影=五十嵐 一晴
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 監督・脚本・プロデューサー:清水ハン栄治
- 制作総指揮:ハン・ソンゴン
- 制作:アンドレイ・プラタマ
- 音楽:マシュー・ワイルダー
- 声の出演:ジョエル・サットン マイケル・ササキ ブランディン・ステニス エミリー・ヘレス
- 配給:東映ビデオ
- 製作国:日本/インドネシア
- 製作年:2020年
- 上映時間:94分
- 公式サイト:https://www.true-north.jp/
- 6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開