フランスらしさ全開の「ねじれた家族劇」、映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』のセドリック・カーン監督に聞く
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映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』は、タイトル通り、誕生日を過ごす家族を描いた物語だ。舞台はフランスの田舎の、緑豊かな邸宅。70歳になる母の誕生日に、長男のヴァンサンが妻と2人の息子を連れてやってくる。弟のロマンは、見知らぬガールフレンドと一緒にすでに到着している。明らかにタイプの違う兄弟のやりとりはどこかとげとげしい。
季節は夏。広々とした庭の木陰にテーブルを据え、宴の準備が進められる。にぎやかに交わされる会話の端々に、家族の構成やそれぞれの性格、関係性をめぐるヒントが潜んでいる。やがて家に不意の訪問客がやってくる。しばらく連絡が途絶えていた兄弟の姉、クレールだった。
見るからに情緒の不安定なクレールの登場とともに、少しずつ不穏な空気が流れ始め、一家が昔から抱える問題や、親きょうだいの感情のもつれが徐々に明らかになっていく。次から次へとさまざまな「事件」が起こり、激しく口論しながらも、すぐに元通りになるのが家族だ。孫たちの寸劇を楽しみ、お祝いムードで夕食の卓を囲む。しかしそこから先に、また予想もしない展開が待ち受けていた...。
監督は、俳優としても活躍するセドリック・カーン。これが11作目の監督作品となる。今回は2012年の『よりよき人生』以来、3作ぶりに自ら脚本を手掛けた。監督にオンラインで話を聞いた。
――今回のストーリーを思いついたきっかけは何ですか。
「私の家族が何かの祝い事で集まったとき、サプライズでよその人が加わったことがあった。その時に何か気まずくなるようなことが起こってね。その体験を基に、シナリオを書いた。家族の集まりで口論になるというのは、まあよくあることだけど、物語の核に精神疾患という問題を置いてみたんだ。家族がそれにどう対処して、どう振る舞うかを描こうと」
――物語は、1日の間の出来事で、いくつかのシーンを除き、家の中だけで展開し、回想シーンもありませんね。
「そこはこの映画の挑戦だった。実際は、回想と言えなくもないシーンが、特殊な形で入れてはあるんだけど...。それ以外は、時系列に沿って進み、過去の出来事や、登場人物たちの背景を、会話で想起させるという手法を選んだ。会話を聞いていれば、観客が十分理解できるように、セリフ作りには時間をかけたね」
――そのシナリオの魅力で、大女優カトリーヌ・ドヌーヴに母アンドレア役を引き受けてもらえたのですね。
「OKをもらえたと聞いて、とてもうれしかった。シナリオを書いた後、この役にふさわしい人は彼女以外になかなか思いつかなかったから。家族の中の女王のような存在。それと同時に謎めいていて、複雑なところがある。真実がどこにあるのか、分からなくするような人物だ。まさに理想的な配役だった」
それ以外のキャストについては、いろいろな組み合わせをじっくり考えたという。最終的に、姉クレールと弟ロマンの役に、エマニュエル・ベルコとヴァンサン・マケーニュという、強烈な個性を放つ実力派の起用を決めた。極端な2人と対照的に常識人の長男役は、カーン監督が自ら演じることになった。自身の監督作に出演するのは初めてだという。
「私は監督としては経験があるけれど、俳優としてはまだ駆け出しなんだ(笑)。この映画に自分も出ようと思ったのは、チャレンジする気持ちが強かったのかな。撮影に入る前は、ものすごく不安だった。カトリーヌ・ドヌーヴもいるし、大変なことになるだろうなと。だから、カメラの位置はもちろん、何から何まで事前に細かく決めておいたんだ」
――撮影に入ってから、1人2役を後悔した瞬間はありませんでしたか。
「いや、全然。本当に素晴らしい体験だった。物語を自分の頭で考え、自分の身体で生きることができたのだから。スタッフの側とも、キャストの側とも、より多くのことを共有できたという手応えがあった。でも、カメラの後ろより、前の方がはるかに楽しいね。やはり撮影の現場で喜びを感じるのは、役者の方だと思ったよ。悩むのが監督で、楽しむのが役者だと。今回は、監督が俳優をジャッジするという感じではなく、互いに呼吸を合わせてやれたのがよかった」
――カトリーヌ・ドヌーヴとの共演は緊張しましたか。
「彼女には強い尊敬の念があるから、普段はやはりそれなりの距離をおいて接する。今回の役では、私は彼女の息子で、時にはきついことも言うんだけど、カットがかかると、とたんに礼儀正しくしてね(笑)。でもカメラの前では自由にやらせてもらったよ」
――映画を観ていて、家族が激しく感情をぶつけ合う緊迫した場面でも、つい笑ってしまうところがありました。
「この映画は心の病を扱ったものだ。家族が狂気とどう向かい合うかを描いている。テーマとしては非常にデリケートで難しい。ユーモアがなければ、暗く、重すぎる話になっただろう。喜劇であると同時に、悲劇であるような映画にしたいと思った。2つは表裏一体なんだ。人は悲しみの中で、ユーモアやファンタジーを救いにする。そんな風に前へと進んでいく。私にとってそれが人生であり、人生にはそうであってほしい。複雑だからいいんだ」
――フランスの観客の反応はどうだったんですか。
「いろいろな反応があった。自分の家族を思い出して泣いたという人もいれば、コメディとして楽しんだ人もいた。中には気を悪くした人もいた。こうしたさまざまな反応は、映画の豊かさを示しているんだと思う」
――この家族はみんな個性が強すぎて、日本人はおそらく、あなたの演じたヴァンサンにもっとも共感するんじゃないでしょうか。
「家族の中で一番、日本人的かもしれないね。彼は正しい、真剣だと好意的な人もいるし、人に厳しすぎるとか、堅すぎると嫌う人もいた。こういう風に、観客が自由に感じることができるのは、映画においてとても大事なことだと思う」
――そういういろいろな解釈を楽しめるのがフランス映画の魅力ですが、日本では特に若い人があまり観なくなりました。
「フランスでも、若者はシリーズのドラマを見て育ち、単純で面白く作られた話を好む。フランス映画はいまでも、微妙な心理を描いた、複雑なものが多いね。私の作品も、じっくりと登場人物を描き、セリフが多いという点で、フランス映画の流れを汲んでいると思う。こういう映画を愛している人々がいる限り、世の中の全体的な傾向には抵抗していかなくてはいけないね」
聞き手・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 監督・脚本:セドリック・カーン
- 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ヴァンサン・マケーニュ、セドリック・カーン
- 製作年:2019年
- 製作国:フランス
- 提供:東京テアトル/東北新社
- 配給:彩プロ/東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES
- 公式サイト:happy-birthday-movie.com
- 1月8日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー