【書評】導入から30年「机上の空論」に終わった選挙制度改革:久江雅彦・内田恭司編著『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』

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衆議院選挙に小選挙区比例代表並立制が導入されて30年になるが、それで日本の政治は良くなったのか。そもそもが、金権政治を打破するための改革であったはずが、いまだにパーティー券の裏金問題をはじめ、カネにまつわる不祥事はあとを絶たない。共同通信の記者によって編まれた本書は、制度改革に関わった政治家や有識者等16人のインタビューで構成されており、今の「政治とカネ」の問題を考えるうえでかっこうの材料を提供してくれる。

英国の小選挙区制を模倣した政策本位の選挙

1994年1月28日夜、細川連立政権の細川護熙首相と野党・自民党の河野洋平総裁がトップ会談を行い、小選挙区比例代表並立制の導入で合意。ここに戦後、長らく続いてきた中選挙区制は幕を閉じることとなった。

そもそもは、自民党の長期政権下、リクルート事件をはじめカネにまつわる不祥事が続き、1992年9月、金丸信自民党元副総裁が佐川急便から5億円の闇献金を受け取っていた事件が決定打となって、金権政治を打破するための改革が喫緊の課題となる。

当時、政治にカネがかかるのは、3人から5人の議席を争う中選挙区制が元凶だとされた。同一の選挙区で複数の自民党候補が争うことになるので、地元への利益誘導や買収、供応など「サービス合戦」になるというわけだ。

そこで浮上したのが小選挙区制の導入だった。英国を模倣した選挙制度ならば、政党中心で政策本位の選挙となるのでカネがかからないし、政権交代可能な二大政党に収斂(しゅうれん)されていくという立てつけである。だが、本書で注目すべきは、証言者16人のほとんどが改革の成果に否定的で、その弊害を縷々(るる)述べている点だ。ことに興味深いのは、当事者として渦中にあった政治家の証言なので、本稿ではそのエッセンスを紹介しておきたい。

二大政党制への収斂は「完全に机上の空論」

まさに導入を決断した河野洋平元自民党総裁は、「選挙制度の改革は失敗だった」と語り、「当時の判断は私の政治家人生の中でも、最大の痛恨事でした」とまで口にする。

そもそも河野氏は「心の中では小選挙区制に反対で、中選挙区制の方が日本に合っている」と思っていたものの、「ここで決めないと、自民党は選挙制度改革の賛成派と反対派に割れて瓦解(がかい)する」という危機感から、本意ではない小選挙区制に舵を切ったという。

そして30年たった現在、「国民の政治離れに拍車をかける結果」となり、「国民が政党や政策を選ぶ選挙に変わったとは言い難い」「二大政党へ収斂されていくというのは、完全に机上の空論でした」と振り返るのである。

トップ会談のもう一方の当事者、細川護熙元首相はどうか。細川氏も小選挙区制には懐疑的で、「多様な意見が反映される『穏健な多党制』がいい」「中小政党を含めた時々の組み合わせで二つの大きな政治勢力が形成され、政権交代が実現していく」のが理想と考えていたという。

だが、「竹下内閣以降、五つの内閣が取り組み(略)六年の歳月を経て、成就までいま一歩のところまで来ていました。『ここでまたつぶすわけにはいかない』。そう腹をくくり」「自民党案に譲って合意しようと決めました」というのである。

確かに、小選挙区制になって一度は民主党への政権交代が実現した。しかし細川氏が見るところ、民主党の失敗は「一番頼りにしなければならない官僚機構を追いやってしまった(略)政権運営が未熟だったと言わざるをえません」と語り、以降、政権交代がないのは、「価値観が多様化し多くの政党がある中では、二大政党になんかなりっこない」。当時との「大きな違いは、野党に対する国民の期待が高まっていない」ことに政治の停滞の原因があるという。

世襲議員が跋扈するようになった

当選10回の野田聖子元郵政相は、2005年、小泉首相時代の郵政選挙で民営化に反対し、党の公認をもらえなかった。「弊害も痛感しています。党執行部の言うことを聞かないと公認をもらえなくなるからと、上の顔色ばかりうかがう議員が増えてしまった」「中選挙区制の頃は『今の自民党の政治はおかしい』という声が党内でも公然と出てきて、それが活力になっていました」と語る。小選挙区制の最大の弊害は、公認権を握る党執行部の方針に反対しにくいことだ。

その結果、「政党の単色化、議員の純化が加速します。万人受けはしなくても、得意分野があったり、個性の強かったりする候補はおのずと当選しにくくなります」(河野氏)

細川内閣時代に首相特別補佐を務めた田中秀征氏は「世襲議員が跋扈(ばっこ)するようになり、新しい優れた人材が選挙に出られなくなった」と指摘する。出馬する顔ぶれは、後援組織が盤石な世襲議員のほか、農・工・商の各種団体や日本医師会、全国特定郵便局長会などが推す現職優先で固定化される傾向が顕著となった。

しかも選挙戦の在り方は旧態依然としている。野田氏は「どんな選挙制度であっても、選挙では、政策や理念にも増して、候補者個人に対する信頼と支持基盤が当落を左右する(略)それは、とりもなおさず、日本の政治風土そのもの」「やはり地域に根差し個人後援会を築くことができたかどうかが、勝敗の分かれ道」と語る。

そうであるから政治にカネがかかる構造自体が変わらない。裏金が必要となるのは、「結婚式や葬儀といった慶弔電報などで、月に100万円単位のカネを使う議員もいます。無駄な印刷物も多い。だけど、もっとカネがかかるものがあります。情報交換に名を借りた高価な飲食です」(田中氏)

選挙区での活動を手厚くするために、地元事務所の維持にかかる経費もバカにはならず、それは政治家個人の歳費だけで賄えるものではない。使途は詳らかにされていないものの、そんなありさまだから政治資金パーティーの収入から裏金作りが跋扈するのである。

その他にも本書の証言には読みどころが多い。小選挙区制の導入は、自民党を割って新生党を作った小沢一郎氏が主導してその流れを作った。選挙制度改革は「権力闘争の手段だった」と言い切る山崎拓元自民党副総裁や、ポスト岸田の最有力候補となる石破茂元自民党幹事長の「二大政党制になって、国は良くなるという方向には進まなかった」という自戒、当時、若手の改革の旗振り役だった船田元氏の「小選挙区制では専門性をもった議員が育たない」とする証言など、興味は尽きないだろう。各政治学者や識者の指摘も示唆に富む。

各人の証言を読むと、日本経済の低迷を称して「失われた30年」というけれど、政治の世界もまたしかりと思う。ただし、当時は少なくとも金権政治を打破すべく、自民党の中にも改革を断行しようとする相当の熱量があったことがうかがえる。だがしかし、岸田首相はあっけなく総裁選不出馬を表明。今の政権与党に本気で改革する意欲はあるのだろうか。

『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』

『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』

岩波書店
発行日:2024年6月27日
四六版:187ページ
価格:2200円(税込み)
ISBN:978-4-00-061643-0

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