【書評】鉄道からみた中国の成長物語:吉岡桂子著『鉄道と愛国』

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中国で広がった高速鉄道網は、中国の経済成長を雄弁に物語ると同時に、改革開放政策の成功の象徴となった。その高速鉄道の実現には日本の新幹線も深く関わっている。国家利益やナショナリズムが錯綜する「鉄道外交」の世界を長年みつめた著者の思いを伝える一冊。

記者にとって、移動は仕事のようなもの。逆にいえば、旅が仕事になる。それは旅好きにとって、とても幸福なことだ。そして筆者は若い頃からの筋金入りの「鉄道迷(鉄道ファン)」である。仕事として鉄道に乗って世界を旅することができる──。行間からは、筆者のそんな幸福感が伝わってくる。

「休みの日はもちろんのこと、出張の移動を飛行機から列車に切り替えようと時刻表と格闘した」という筆者は本書のなかでこう記す。

「飛行機は点から点への移動になる。途中は雲しか見えない。列車は、それぞれの地を踏みしめて走る」

地表を走る列車では、車窓から、途中停車や乗り降りの駅から、いろいろな光景を近距離で目撃する。行き交う人々との対話も生まれる。感性が刺激を受ける機会は、飛行機よりもずっと多い。本書では、列車での「移動」を通して得たインスピレーションを基に、著者が思索をめぐらした痕跡に溢れている。

著者は朝日新聞の海外特派員という立場から「新幹線」の輸出を巡るドラマを追いかけた。その経験を基に書かれた本書は「海を渡る新幹線」という第一部と、「大東亜縦貫鉄道から一帯一路」という第二部に分かれている。どちらも主役は中国であり、鉄道問題を通した中国の成長物語が本書のテーマであるのは間違いない。

かつて改革開放に着手した鄧小平は、日本を訪問し、新幹線に乗って、その日本の科学技術に感銘を受け、中国への導入を決意した。

中国は、日本と欧米をてんびんにかけ、競い合わせながら技術を引き出して、高速鉄道大国となっていく。そのあたりの駆け引きには、中国の「したたかさ」が際立つ。企業や国家は「市場」を求める。10億を超える人口をもつ中国は、将来の利益を餌に、日本と欧米を手玉に取ったともいえる。

日本や欧米の技術を用いながら、中国はあっという間に路線網を広げ、世界に冠たる高速鉄道大国となり、そして新幹線輸出における日本のライバルとなった。そのなかでは、日本の「本家」の新幹線が、インドネシアなどで中国の高速鉄道に敗北する状況なども描かれている。

ただ、筆者が紹介するさまざまなエピソードはそうした「中国はしたたか」というステレオタイプに陥らない別の視座も提供している。

2006年11月、中国政府は「大連―ハルピン」間の新幹線建設を日本に任せたい旨の意向を伝えてきた。当時の日本政府は乗り気だったが、企業が消極的だった。冬場の凍結が確実な寒冷地であるという悪条件。東北地方であり、「北京-上海」などの主要幹線ではないこと。そして、日本の満州支配の時代に「あじあ号」が走ったという歴史。これらの条件を考え、日本は二の足を踏み、最後に申し出を断り、中国の希望はかなわなかった。

その後の中国の新幹線受注レースで日本は欧米勢に後れを取った形になったが、この時の提案を「もし引き受けていれば」との想像をついめぐらせてしまう。

ここから分かることは、中国は必ずしもすべて「計算づく」で行動しているとも言えないことだ。もちろん中国は外交上手かもしれない。ただ、「したたか」を後づけの言い訳にして中国を読み解くことを避けつつ、複眼的な中国観察力を持てるように読者を誘導する著者の意図が全編からうかがえる。

「中国したたか」論への反証は、ラオスやインドネシア、タイなどの東南アジア諸国が、アジアに橋頭堡(ほ)を作りたい中国をいかにうまく利用しながら、国家発展のために新幹線技術を使っていくのか、新幹線を取り入れる側にも、それなりの事情や計算があるという現実の多面性を浮かび上がらせている。

鉄道は、ナショナリズムと国家利益を体現する。それが産業革命以来の人類のテーマでもあった。膨大な投資、人間の移動、都市の創出などにつながる鉄道には国益や外交が関わるのは当たり前だ。だが、最もそこに投影されるのは、「遠くへ行きたい」という人々の夢ではないのか。国境を超えて、果てなく続く大地を、地平線を眺めながら旅をしたい。ナショナリズムを凌駕(りょうが)するロマンが鉄道にあることは、鉄道を愛する著者の言葉の端々に感じ取れるのである。

『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを旅して考えた』

『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』

岩波書店
発行日:2023年7月18日
四六判:312ページ
価格:2600円(税別)
ISBN: 978-4-00-061603-4

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