【書評】脱炭素時代でも“不朽”:マーシャ・ポイントン著『図説 ダイヤモンドの文化史』

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きらきら輝くダイヤモンドは炭素(元素記号C)の結晶の一つ。最も硬い鉱石で、宝石の王座を占める。古来、宗教や哲学、芸術のシンボルで、婚約指輪に飾られる一方、紛争や犯罪とも絡む。本書は光と影が交錯するダイヤモンドの歴史を描く。

女性国務長官、ダイヤで対ロけん制

ロシアのウクライナ侵攻は世界を震撼させた。本書にはダイヤモンドにまつわる様々な歴史的エピソードが盛り込まれているが、宝飾品コレクターとして知られるマデレーン・オルブライト氏が女性初の米国務長官を務めたときの機知に富んだ逸話は秀逸だ。

オルブライト長官はダイヤモンドをちりばめたピンブローチをつけてロシア外相と会談したことがあるという。本書によると、オルブライト氏は2010年のインタビューで、次のように答えている。

わたしはミサイルのように見える矢形のピンをもっているのですが、それをつけてロシアとの大陸間弾道弾迎撃ミサイル制限条約の交渉に臨んだとき、あちらの外務大臣から「それはあなたがたのミサイル迎撃ミサイルですか?」と言われたので、こう返しました。「ええ。われわれのものは超小型ですからね。では交渉を始めましょう」

オルブライト氏は著書『ファシズム 警告の書』(原書の初版発行は2018年4月)で、プーチン大統領の第一印象について「小柄で青白く、爬虫類のように冷たい」と記していた。まさに『警告の書』だったのかもしれない。

「永遠の輝き」はキャッチコピー

「A Diamond is Forever(ダイヤモンドは永遠の輝き)」――。この有名なキャッチコピーは1947年、米国の広告代理店N・W ・エアの女性コピーライター、フランセス・ゲレティが考案したといわれる。

この謳い文句は、テレビのCMなどでダイヤモンドの婚約指輪の広告に使われた。広告代理店に依頼したのは、ダイヤモンドの探鉱、採掘からマーケティングまで世界をリードしてきた英国の大企業「デビアス(DE BEERS)」だった。

デビアスは1888年、当時30代だったセシル・ローズらが南アフリカで設立したデビアス合同鉱山会社が始まり。大英帝国出身のローズは南アフリカの鉱山王と呼ばれ、1890年までに同社は世界のダイヤモンド生産の90%を握るまでになったという。ローズは植民地首相にまで登り詰め、旧植民地ローデシアは彼の名にちなむ。本書では、こう描写している。

ローズは自身の権力基盤を使い、胸に抱いていた白人至上主義と帝国主義の政治的理想を追求した。デビアス合同鉱山会社もまた鉱山事業をはるかに超えた野心を抱いていた(中略)世界のダイヤモンド取引の支配権を求めるだけでなく、それ以外の事業にも進出し、私設軍を常備して土地を併合する権利も得ようとしたのだ。

デビアス・グループは現在、英国ロンドンに本社を置く資源メジャー、アングロ・アメリカン社(1917年、南アフリカで設立)の傘下にある。しかし、本書によると、ダイヤモンド業界で「世界の原石供給の大半をコントロールしているのはいまだに〈デビアス〉だ」という。

「経済・文化」両面の歴史を深掘り

著者、マーシャ・ポイントン氏は英国の美術史学者。彼女はマンチェスター大学で学び、1974年に同大で博士号を取得、サセックス大学教授などを経て92年から2002年まで母校で教鞭を執り、現在は名誉教授。「本書では、ダイヤモンドの経済と文化の両面の歴史で転機となった重要な出来事を掘り下げていく」としており、カラー写真などの図版は103点に及ぶ。

美術史の専門家だけに、古今東西の史実の紹介は具体的で、しかも読み応えがある。例えば、インド南部で採掘され、「コー・イ・ヌール」(ペルシャ語で「光の山」という意味)と名づけられた大粒のダイヤモンド。ムガル帝国の初代皇帝(1483年生まれ)が所有していたが、その後、数百年間、南アジアや西アジアの権力者の間を転々とし、1850年にヴィクトリア女王の手に渡った。現在もロンドン塔に所蔵されている。

コー・イ・ヌールをめぐっては「手に入れたすべての者に悪運をもたらす」との噂があった。このダイヤモンドの来歴に関する本書の記述は、帝国支配の物語であり、ミステリー小説のようでもある。

ダイヤの婚約指輪はデビアスの戦略

一見華やかなダイヤモンド・ビジネスの細部や暗部、人脈にまで迫っているのも本書の魅力だ。「ダイヤモンドの取引は、独占ではないにせよ、多くの場合はユダヤ人が代々担ってきた」という。

世界最大のダイヤモンド原石販売会社はデビアスが1934年、ロンドンで設立したDTC社だ。原石の8割はベルギーのアントウェルペン(アントワープ)経由で取引される。そこでカットされ、磨かれたダイヤモンドは宝石商へ、さらには先進諸国の大都市に暮らす富裕層へ……。値崩れしないように生産調整するなど、このサプライチェーンを牛耳ってきたデビアスという社名は本書の随所に登場する。

調査ジャーナリストのエドワード・ジェイ・エプスタインによれば、デビアスは広告代理店の〈N・W・エア〉と手を組んでダイヤモンドを“無難”に売る戦略に専念し、その量は一九七〇年代だけで控え目に見積もっても五億カラットに上るという。

ダイヤモンドは絶対に減りもしなければ疵(きず)もつかない。したがって売り上げを維持するには、結婚には新しいダイヤモンドは不可欠であり“ダイヤモンドは永遠”だと、すべてのカップルに言い含めなければならない。

前述のエプスタインは、ダイヤモンドが嵌まっていなければ婚約指輪ではないという“信仰”を広めたのはマーケティング史上最大の勝利だと表現している。

ダイヤモンドの婚約指輪は、デビアスの販売戦略の賜物だったのだ。英語圏と日本の若い男性はこの戦略に“洗脳”されたという。「二〇〇七年の推計ではアメリカの花嫁の八〇パーセントがダイヤモンドの婚約指輪を受け取った」とされる。

ダイヤモンドの婚約指輪(評者撮影)
ダイヤモンドの婚約指輪(評者撮影)

日本ではかつて「エンゲージリングの相場は月給の3倍」といわれた。しかし、本書で紹介されている『The Groom-to-be’s Handbook(男の結婚ハンドブック)』(2007年にニューヨークで出版)には「婚約指輪は月給の一カ月から二カ月分を目安にして選びましょう」と書かれている。

著者は、調査データを基に男女間の固定概念にも疑問を呈している。

アメリカで二〇一〇年に行われた結婚関連の出費についての調査では、平均で二万八三八五ドルが使われ、そのうち五八四七ドルが婚約指輪だった。さらには男性よりも女性のほうが結婚式や指輪の出費を抑えて、その分を家の購入準備にまわしたがるという結果が出て、“女性はロマンチストで男性はより実際的”だとするジェンダー論的な仮説は仮説でしかないこともわかった。

黒人労働者を性悪説で身体検査

ダイヤモンド鉱山の歴史はインドから始まった。本書ではこう記している。

ヨーロッパに最初にもたらされたインドのダイヤモンドは、アレクサンドロス大王が紀元前三二七年に持ち帰ったものだとされている。そして一三世紀にはマルコ・ポーロがこの地でのダイヤモンド採掘の記録を残している。

18世紀前半、インドでのダイヤモンド生産が著しく衰退したのと入れ替わるように、ポルトガル植民地のブラジルで1726年から29年にかけてダイヤモンドが発見された。

一方、南アフリカでダイヤモンドが発見されたのは1866年。現在の南アフリカにあったケープ植民地のオレンジ川流域にある農場で、「子どもが遊んでいた光る石」が実はダイヤモンドだと判明したのだ。それから“ダイヤモンド・ラッシュ”が始まった。世界最大のダイヤモンド鉱山となるキンバリーの町には1875年時点で、1万人のダイヤモンド掘りがいたという。

ダイヤモンド鉱山の労働者は南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)と無関係ではなかった。本書ではデビアスの事例を列挙している。

デビアスは一八九〇年代から、郷里を長期間、ときには何年も離れて生活していた同社の黒人労働者を住まわせる居住区を建設し、そこへの居住を雇用契約の更新条件とした。厳密には強制労働でないものの、〈カファ〉もしくは〈ボーイ〉と呼ばれていた黒人労働者たちの雇用条件は極めて搾取的だった。

一九六〇年代になると、発展著しい南アフリカの都市労働者と同水準の賃金を払うことを回避するために、デビアスはレソト、ボツワナ、ザンビア、アンゴラなどで労働者を募集した。

ダイヤモンド原石は口の中や鼻や耳などに隠すことも可能なため、鉱山労働者の所持品検査、身体検査は徹底していた。すべての鉱山労働者を裸にして身体検査することを鉱山主に許す法令が1880年に出されたが、白人労働者が反発したため、黒人労働者だけが検査されるようになった。

1920年代になると、キンバリー鉱山ではレントゲン撮影装置が導入された。黒人労働者への人権蹂躙ともいえる対応は、白人の鉱山主が性悪説に立っていたことを意味する。著者はこうも指摘する。

イギリス政府は、最初から南アフリカのケープ植民地のことを本国から遠く離れた、先住民という安い労働力が豊富な宝の山だと見ていて、自国の産業のために好きなだけ使ってやろうという心づもりでいた。

「5C」問題とキンバリー・プロセス

天然ダイヤモンドの評価基準に「4C」がある。デビアスが生みの親とされ、カラット(Carat)、カラー(Colour)、クラリティ(Clarity)、カット(Cut)の4つのCだ。

最初のC、カラットは重さの単位で1カラットは0.2グラム。2番目は色で無色透明に近いほど希少価値が高い。3番目は透明度で光の通過を邪魔する内包物やキズがないほど上質。最後のカット(研磨)は形や対称性などで最上級(エクセレント)から5段階で等級付けされる。

本書によると、1990年代から紛争(Conflict)という5つ目のCが加えられた。“紛争ダイヤモンド”もしくは“ブラッド(血塗られた)・ダイヤモンド”と呼ばれ、「紛争地域で採掘され、反政府勢力および武装勢力の活動資金となっているダイヤモンドを指す」。アフリカのシエラレオネなど紛争地域では10年間に400万人が亡くなり、この間に取引されたダイヤモンドの3.7~20パーセントが紛争ダイヤモンドだったとの推計もある。

本書では、2006年公開の米映画『ブラッド・ダイヤモンド』も取り上げている。内戦下のシエラレオネを舞台に、レオナルド・ディカプリオがダイヤモンドの密売人を演じ、採掘場で反政府武装組織に強制労働させられた黒人漁師が見つけたピンク・ダイアモンドをめぐる争いが繰り広げられる。真実を追う米国人女性ジャーナリストも加わり、三人の男女が社会正義のために友情を育むストーリーだ。

まさに紛争ダイヤモンドが主題の映画で、反政府組織が住民に投票させないため四肢を切断したり、少年に麻薬を使って銃を撃たせたりするなどショッキングなシーンもある。だが、著者は「監督のエドワード・ズウィックはセンセーションなスリラーに仕立て上げこそすれ、アフリカのダイヤモンド採掘地の深刻な政治情勢までは描き切れていない」と辛口の評価だ。それだけ5C問題は厄介だということだろう。

ダイヤモンド業界は5C問題を打開するため、国連や日米欧など参加各国とともに2003年から「キンバリー・プロセス認証制度(KPCS)」をスタートさせている。KPCSは、加盟国を経由するダイヤモンド原石が「国家転覆を目指した反政府活動の資金源となっていない」ことを証明する制度だが、自主協定であって条約ではない。著者は「端的に言えば、KPCSはまともに機能していない」と手厳しい。

著者は「国際犯罪や賄賂、恐喝、そして今で言うところのマネーロンダリングといった、社会の陰鬱な暗黒面の活動でも重要な役割を果たしてきた」とダイヤモンド・ビジネスの影の部分にも言及している。

クリーンな人工ダイヤにも注目

原書『Rocks,Ice and Dirty Stones:Diamond Histories』がロンドンの出版社から発行されたのは2017年3月15日。それから5年、ダイヤモンド業界にも新たな動きが出ている。中国は今や、米国に次ぐ世界2位のダイヤモンド・ジュエリー市場となった。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)にもかかわらず、高級宝飾品などの需要は盛り返している。高級ブランド世界最大手、フランスのLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンの2021年12月決算で純利益は前期比2.6倍の120億3600万ユーロ(約1兆5500億円)と急増した。コロナ禍前の19年12月期と比べても1.7倍。同社は21年1月、ダイヤモンドで有名な米宝飾品大手ティファニーを買収したばかりだ。

世界のダイヤモンド原石の供給は、デビアスとロシアの国営企業アルロサが大半を握る。ブルームバーグの報道によると、デビアスは今年最初の販売で約8%値上げした。近年で最大級の値上げ幅だ。背景には、コロナ禍でも旺盛な富裕層の需要がありそうだ。

アフリカの紛争はほぼ終結したものの、「キンバリー・プロセス」に象徴されるダイヤモンドの取引の透明性への消費者の関心は一段と高まっている。インターネット時代で情報は瞬く間に伝わることもあって、環境保護や人権に配慮した宝飾品を選ぶ傾向が強まっているのだ。デビアスは最近のホームページで「採掘からお手元に届くまで社会的に正しいプロセスを経たダイヤモンドだけを選び抜いています」とアピールしている。

紛争の資金源になっていない「クリーンなダイヤモンド」として注目されているのが、天然より安価な人工ダイヤモンドだ。本書によると、デビアスは1950年代から「高温と高圧をかけて合成する工業用ダイヤモンドの研究と製造に携わっていた」が、90年代半ばから化学的気相成長法(CVD)というプロセスで合成するCVDダイヤモンドにも手を伸ばしている。デビアスは2018年、人工ダイヤモンド販売の専門ブランドも立ち上げた。

ダイヤモンドは宝飾品としてより、実は砥石や研磨剤など工業用に使われることが多い。本書によると、CVDダイヤモンドは量子コンピュータ―実現のカギとなるし、人体に免疫反応を起こさせないので、体内に「ダイヤモンド電極を埋め込めば、麻痺やパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患、てんかん、脳卒中の治療につながる可能性がある」という。

ダイヤモンド業界も脱炭素化時代と無縁ではない。人工的に合成するには大量のエネルギーを消費するからだ。今後は脱炭素にいかに取り組むかが課題となろう。

石炭と同様、炭素(C)の塊であるダイヤモンドは超高温の下では一滴の水のように蒸発してしまう。その意味では「永久不滅」の存在ではない。それでも、天然にせよ、人工にせよ、ダイヤモンドは人類の経済、文化にとって“不朽”であり続ける。

『図説 ダイヤモンドの文化史 伝説、通貨、象徴、犯罪まで』

『図説 ダイヤモンドの文化史 伝説、通貨、象徴、犯罪まで』

マーシャ・ポイントン(著)、黒木 章人(訳)
発行:原書房
発行日:2022年1月21日
価格:3850円(税込み)
A5判:304ページ
ISBN:978-4-562-07140-1

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