【新刊紹介】国難に直面した二人の首相:尾中香尚里著『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』

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コロナ禍と、東日本大震災による福島原発事故。未曾有の国難に直面し、途中で辞任した二人の首相は何をして、何をなしえなかったのか。元毎日新聞政治部記者の著者が、安倍晋三、菅直人政権の対応を振り返り、非常事態のリーダーシップを検証する。

危機を過小評価するか、大きくみるか

安倍政権のコロナ対策と、菅政権の原発事故対応(2011年3月)を対比する形で本書は進んでいく。まず初動について。

東京五輪・パラリンピックと、習近平・中国国家主席の訪日が予定されていた2020年。その1月に、安倍政権はコロナ対応として感染者が多数いる武漢市を含む中国・湖北省からの入国者を「水際」で管理すれば、日本国内での感染は抑えられると考えていた。この時点で、中国からの入国制限などの措置は取られなかったのは、政権内で「習近平来日」を意識したためとも言われている。

すでに国内では市中感染が始まっていた。著者は「水際対策」にこだわり、市中感染者急増の可能性に十分な注意を払わなかった安倍政権の初動の問題点を、「未知の感染症による危機を過少に評価しようとした」と指摘する。

一方、原発事故の初動対応で菅直人政権が批判されるのは、事故発生の翌日朝、首相自らがヘリで原発の視察に向かい、官邸を離れたことだ。現地では、事故対応を統括する東電の所長を含め、首相視察に時間が割かれてしまった。

しかし、原発に加え、往復の中で地震と津波による被災地を上空から視察した菅首相は、官邸に戻ると自衛隊10万人の派遣を要請した。自衛隊総員約24万人の半数近い数字で、当時の野党・自民党は「国防に影響が出る」と批判したが、「10万人体制」を実現させた。

「国難に臨み、菅政権は危機を大きくみた。これは『コロナ』を過小評価した安倍政権とはっきりした違いを見せている」と著者は述べている。

国会を閉じるか、会期延長するか

次に、非常時の国民への強権発動や私権制限はどうだったか。安倍政権は2020年2月、国内で感染者が100人を超え、政府のコロナ対策専門家会議が「感染拡大するか瀬戸際」との見解を示した2日後に、大規模イベントなどの自粛を要請した。そして、小中高校などに春休みまでの臨時休校なども要請。だが、法的根拠のない要請だった。さらに、緊急事態宣言に基づく休業要請による飲食店などの損失については、補償を巡って混乱した。

一方の菅政権は、福島原発の数時間後に初の「原子力緊急事態宣言」を発令。原発から半径3キロ(翌日には20キロに拡大)圏内の住民に避難指示を出し、住む家を失わせることになった。住民がパニックになるとの慎重論もあったが、「やり過ぎでもいいから避難させよう」と政府は決断する。

また、東電が原発からの撤退を申し入れて来ると、菅首相が東電本店に乗り込み、「命を懸けてください。会長、社長も覚悟を決めてくれ」と異例の言葉で東電の首脳ら約200人に訴えた。

国会の会期延長でも、二つの政権は違った選択をした。2020年6月、パンデミックの収束にはほど遠い状況で、野党は12月28日まで194日間延長するよう求めたが、政府・与党は国会を閉会した。これに対し、東日本大震災の傷跡が残る2011年6月、閉会予定だった国会は8月31日まで70日間、延長された。

だが、緊急事態に直面して全く異なった対応をした両首相は、それぞれの年の8月に退陣する。安倍首相は体調不良で、与党・民主党内から「菅おろし」の動きがあった菅首相は、脱原発に向けた法案が成立したことで辞任した。「菅首相は退陣までの短期間に次々と、自らの目指す『脱原発依存社会』への布石を打った」と著者は指摘する。

本書は安倍政権には厳しい記述が続き、両政権の比較には公平さと客観性に疑問がないわけではない。だが、長期政権を維持した安倍氏よりかなり評価の低い菅氏が、懸命に首相としてのリーダーシップを発揮しようとしていたことは読み取れる。菅政権を冷静に評価することに役立つ1冊になるだろう。

集英社新書
発行日:2021年10月20日
315ページ
価格:1034円(税込み)
ISBN:978-4-08-721187-0

書評 本・書籍 東日本大震災 福島第一原発 新型コロナウイルス 安倍晋三元首相 菅直人