【新刊紹介】米国に伍して「国際秩序」を築けるか:加茂具樹著『十年後の中国――不安全感のなかの大国』
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「過去との対話」で未来を見通す
著者、加茂具樹(かも・ともき)慶應義塾大学総合政策学部教授は1972年生まれ。上海の復旦大学に留学し、香港に2回計4年間駐在した経験もある現代中国政治外交研究の第一人者だ。
本書は、著者が一般財団法人「霞山会」発行の月刊誌『東亜』に連載した「中国の動向」が原本となっている。2007年5月号から10年3月号まで、中国の公式文書や『人民日報』など膨大な文献を日々渉猟して中国の政治や外交の動きを毎月詳しく分析したものだ。
連載内容は本書第一章から第四章に収録され、ページ数で全体の約8割を占める。だが、単に再掲したわけではない。
刊行した当時の言葉には手を加えず、誤りは注をつけて残し、新しい変化や十年後だからこそ補うことができる事実があった場合に解説を加えた。
四つの章に収められた「中国の動向」は胡錦濤・前政権時代に当たる。この時代の分析を踏まえ、結章で「十年後の中国を考えるための視座を示す」という構成になっている。いわば“温故知新”の労作だ。
「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」――英国の歴史家E.H.カーは、こう説いた。今回、著者はほぼ十年前の自らの原稿を読み直し、「その後の視点から」という詳細な側注を書き加えた。本書は、現代中国の政治と「大国」外交について過去・現在・未来を俯瞰(ふかん)する壮大な作業の結晶でもある。
例えば、米中対立が激化するなか、習近平国家主席が率いる最近の中国は「主として主権や領土をめぐる自己主張の強い(assertive)対外行動」を続けている。著者は側注「その後の視点から」で、強硬な外交路線への“転換点”を2009年7月の第11回外交使節会議での胡錦濤氏の発言に見出している。
「共産党は矛盾に囚われている」
中国共産党は一党支配体制の下、改革開放路線で「経済の高度成長」と「社会の長期的安定」という“二つの奇跡”を達成してきた。これが共産党一党支配の「正統性」につながっている。
しかし、中国という「豊かな権威主義国家」に死角はないのか。そもそも民主化要求と一党支配は両立するのか。著者はこう看破する。
私たちが関心を払っておかなければならないことがある。中国の執政政党である中国共産党は、不安全感に囚われているということである。中国共産党は、自らが主導した経済改革の成果である経済成長によって生まれた、多様化し多元化した社会との間に存在する矛盾に囚われている。
一方で、中国指導部の外交のキーワードとして「制度に埋め込まれたディスコースパワー」(中国語:制度性話語権、英語:Institutional Discourse Power)を挙げる。中国語の「権」は権力(power)で、「話語権」は自らの発言の内容を相手に受け入れさせるパワーを意味する。
中国指導部には米国主導の「既存の『世界秩序』(パクス・アメリカーナ)に対する不安全感」があるという。著者は、中国経済に有利な「国際秩序」の構築に向け、現指導部は今後、より一層「制度に埋め込まれたディスコースパワー」の強化に取り組むだろうと予測する。
指導部は、米国のつくった「世界秩序」を「国際秩序」にするためには、国際ルールの制度化の過程で、国際的な制度における議題の設定や議決といった政策過程に対する自国の影響力を強化する必要があることを明確に意識している。
だからこそ、習近平指導部は米国不在の環太平洋経済連携協定(CPTPP=Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)への参加に「積極的」だと指摘する。半面、内政で「一党支配」は維持できるのだろうか。著者はこう結論づけている。
これからの十年もまた、これまでの十年と同様に、一党支配の安定を維持するための模索はつづく。これからも中国の国内政治と対外行動は、不安全感に強く結びつけられるのである。
中国共産党が創立百周年の今年11月11日、40年ぶりに「歴史決議」を採択したのは、統治の正統性を内外に誇示する狙いがある。だが、この決議は「不安全感」の裏返しでもある。十年後、米国と中国のGDP規模は逆転しているかもしれないが、一党支配はどのような姿になっているだろうか。
発行:一藝社
発行日:2021年10月15日
A5判:430ページ
価格:3850円(税込み)
ISBN:978-4-86359-244-5