【新刊紹介】「キッシンジャーの陰謀」に肉薄、春名幹男著「ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス」

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丸紅社長の檜山広は、航空機担当役員の大久保利春を伴い、目白の私邸に時の首相・田中角栄を訪ねた。ロッキード社のトライスター機売り込みで「請託」(賄賂に関わる依頼)があったとされるのは1972年8月のことだ。ほぼ半世紀を経て、なお「ロッキード本」が出るのは、戦後最大の疑獄が、未解明の謎に満ちているからだ。

本書は冒頭で、田中の積極的な資源外交が米国の「虎の尾」を踏み、米国に報復されたという説など、5つの陰謀説を掲げ、検証する。国際ジャーナリストの著者は、15年にわたり米国の公文書など膨大な史料を渉猟し、内外の関係者のインタビューで補い、陰謀論を1つ1つ潰してゆく。その謎解きは、推理小説を読むようだ。

行き着いたのが「キッシンジャーの陰謀」だ。カギは「Tanaka」を含む政府高官名入りのロ社資料が、米証券取引委員会(SEC)から東京地検特捜部に渡った経緯。事件発覚4カ月前の75年10月にSECが、資料提出に応じないロ社を、ワシントン連邦地裁に訴えたのに遡る。

訴訟にからみ、国務省が司法長官に提出した「意見書」に注目する。外国高官名の公表で、国務省の裁量が働く”仕掛け”が隠され、地裁の決定に反映された。筆者は、国務長官キッシンジャーが、資料に名がある田中が「刑事訴追されてもかまわない」と判断したから、と結論づける。

動機として、キッシンジャーが、日本の中国との国交正常化での先走りや、石油ショック時のアラブ寄り外交に憤り、会談での応対ぶりなどからも田中への憎悪を募らせていたことを、米政府文書などで浮き彫りにする。

事件発覚後に、元駐日大使で知日派のインガソル国務副長官が突然辞任したことも、長官との意見対立をうかがわせる傍証にあげる。

状況証拠を二重三重に積み上げるが、日本への資料引き渡しへのキッシンジャーの関与を示す文書はなく、筆者も(陰謀説を)「完全に証明できたとはいえない」と認める。

司法プロセスになぞらえれば、有力容疑者を特定したものの「スモーキングガン」(決定的証拠)が見つからず起訴にいたらず、というところか。消化不良感が残る。

欲を言えば、日本以外の国への米国の捜査協力や資料提供の実情も、調べて比較してほしかった。

ロ社工作発覚による政治的波紋は、日本に限らない。協力者として名が浮かんだオランダのユリアナ女王の夫君ベルンハルト殿下は、世界自然保護基金総裁などの公職を退き、イタリアのジョヴァンニ・レオーネ大統領は辞任した。これらの国と比べ、日本への捜査協力が格段に手厚かったとすれば、筆者の推論は一段と補強されたはずだ。

KADOKAWA
発行日:2020年9月16日
600ページ
価格:2400円(税別)
ISBN:978-4-04-105473-4

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