月天心(てんしん)貧しき町を通りけり ― 蕪村
文化 環境・自然・生物 暮らし
俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第45回の季題は「月」。
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月天心(てんしん)貧しき町を通りけり 蕪村
(1768年頃の作か、『蕪村自筆句帳』所収)
「月」をじっくり愛(め)でるために、俳人たちはしばしば景色の良いところに出掛けました。明石(兵庫県)や更科(長野県)など月の名所はたくさんありますが、蕪村のこの句の月見はいささか様子が違います。
「月が夜空の中心に達したころ、貧しい町を通り過ぎた」。月に誘われて歩いているうちに、ふと気付けば貧家の並ぶあたりへやってきたのでしょうか。昼間は薄汚れた「貧しき町」が、白い月の光のもとで一変し、浄化されたかのように静謐(せいひつ)な美しさをたたえます。夜も更け、寝静まった町での思いがけない発見です。
「月天心」は、中国の詩人・邵康節(しょうこうせつ)の漢詩「清夜吟」の一節、「月天心に到る処 風水面に来る時」(月が天の中央に昇る所、風が水面に吹いてくる時)によっています。漢詩はさらに「このすがすがしい気持ちを味わう人はまれだろう」と続きますから、蕪村の句もまたすがすがしさを感じたというのでしょう。それが月の名所ではなく、「貧しき町」だったところに俳諧的な面白さがあります。
蕪村は当初「月天心」ではなく「名月や」としていたのですが、それでは句の狙いがよく分かりません。詩語「月天心」を置いたことで、「清夜吟」の世界と重なり、人の知らない真夜中の月の清らかさを表現することに成功したのです。
バナー写真:PIXTA