3章 新型コロナはどう収束するのか:(4)いつ集団免疫を獲得できるのか?
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集団免疫を遠ざけるオミクロン株
いつになったら「集団免疫」ができて、「3密」やマスクのない普通の生活に戻れるのか。この3年間多くの人びとが衛生当局や専門家にこう問いかけてきた。「集団免疫さえできれば、問題は解決する」と確信ありげに断言していた専門家も少なからずいた。
「集団免疫」の考え方は家畜からはじまった。1910年代末の米国西部で、牛や羊の「感染症による流産」が流行して畜産農家にとって頭の痛い問題になった。感染すれば殺処分にするか売り払うしかなかった。そのときに、一部の農家が「感染症が一定以上家畜に広がると、流行が自然に収まる」ことに気づいた。
ある獣医師がネズミで実験したところ、群れの感染群が一定以上の割合に達すると、確かに感染が広がらなくなった。その論文が1923年に英医学誌「ランセット」に掲載され、このとき使われた「群れの免疫」という表現が定着して、ヒトの感染症にも使われるようになった。
ワクチンの目的は「集団免疫」をつくることだ。1950〜60年代に人工的に免疫をつくり出すワクチンが次々と開発されて、集団免疫の達成が早まってきた。人口の65~80%(または12歳以上の場合は78~95%)が感染やワクチンで免疫をもつことで集団免疫ができると専門家は主張した。
米政府のコロナ対策の元締めになった米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチは、「人口の75~80%が予防接種を受けたとすれば、2021年の夏の終わりまでに、十分な集団免疫を実際に得ることができ、以前の状態に近い生活に近づくことができるはずだ」と明言した。
だが、3年間も忍耐を強いられ不自由な生活に耐えてきたのに、期待は見事に裏切られた。全世界の感染者は約6億5000万人を超したが、集団免疫はまだ見えてこない。新型コロナは、感染者が増えれば増えるほど変異株の発生する確率が高くなり、それだけ集団免疫が遠のく恐れがある。とくに最強の変異株であるオミクロン株は、それまでの変異株に比べて免疫を回避する能力が高いという特徴がある。
新型コロナウイルスの流行予測で世界から注目された米ワシントン大学のクリス・マレーは、通信社のインタビューにこう答えている。「有効なワクチンの普及で集団免疫が達成される希望を最近まで抱いていたし、いずれ感染をほぼゼロに抑え込む期待もあった。しかし、オミクロン株のデータを見たときには眠れなくなった。次々と襲いかかる感染力の強い変異株は、ワクチンの効果を弱めるだけでなく、感染してできた自然免疫をもくぐり抜ける恐れが強いからだ」
国民の命を賭けたロシアン・ルーレット
2020年3月、新型コロナウイルスの感染爆発で多くの国が対応に右往左往しているとき、一部の国は「集団免疫」に解決策を見いだそうとした。英国政府は、高齢者など免疫力が弱い人びとに対し、若者ら国民の大半が集団免疫を獲得するまでの3~4カ月間、自宅で隔離生活を続けるよう要請した。政府の科学顧問は「大多数の人は感染しても軽症だから感染を完全に抑え込むことをせず、集団免疫を築くことが目的だ」と説明した。
しかし疫学の専門家が「感染者が殺到して医療崩壊が起き死者は25万人にのぼる」とする試算を発表した。国会議員からも「英国史上、最悪の公衆衛生の失敗」とする報告書が提出され、政府は一転して学校の一斉休校や罰則付きの外出制限など対策を強化し、「集団免疫」という言葉を封印した。
だが、2021年8月には、感染とワクチンによる抗体陽性者は97.5%に達した。これでひそかに期待していた集団免疫ができるはずだと考え、英国政府は2022年2月、イングランドでは感染者の隔離を不要として法的規制を撤廃した。当時としては、全面解除は世界初の試みだった。しかし、これが裏目に出た。その後、英国の新規感染者数は急上昇して3月下旬には解除前の3倍近い10万人に達してしまう。オミクロン株を甘く見てその猛威を過小評価していたのだ。
その結果、「国民の健康でロシアン・ルーレットをするようなもの」といった批判が殺到した。ジョンソン首相(当時)は「集団免疫は目的ではなく、今の対策の結果、付いてくるもの」と釈明に追われ、結局再び規制強化に乗り出した。
オランダでも感染が拡大し始めた2020年3月半ば、他国に比べて緩い規制で乗り切ろうとした。ルッテ首相は「これからしばらくの間、大半のオランダ人がこのウイルスに感染する。感染した人はその後ほとんど免疫を持ち、集団免疫によってリスクの高い高齢者や健康状態のよくない弱者にウイルスが広がる確率が減る」と説明した。しかし、期待通りにはいかなかった。
スウェーデンでも本気で集団免疫の達成を目標に掲げた。他の欧州諸国がロックダウンという強制的措置を進めたときにも、スウェーデンは国民の行動や経済活動への制限を避け飲食店の営業も認めた。しかし、2020年秋の「第2波」の感染拡大で死者が毎日1000人を超えるまでに急増、近隣の北欧諸国を上回って「国民を見殺しにした」として政府に非難が集中した。国民の強い不満によって隔離政策が転換を余儀なくされた。
この3カ国の失敗は、新型コロナが従来のやり方ではうまくいかない、非常に手ごわい相手だということを物語る。
PCR検査を軽視した日本のコロナ対策
日本人は、集団免疫の議論に入る前につまずいた。PCR検査の実施を抑制したために感染者数の実態が正確につかめなかったからだ。新型コロナウイルス対策に取り組むはずの専門家会議のメンバーである大学教授がテレビに出演して「すべての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」とコメントした。埼玉県では保健所長が「病院があふれるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と記者会見で公言した。実際に、2020年2月に同県がPCR検査を開始してからの2カ月間の検査数は171件で、ほぼ同規模人口の千葉県の4分の1にすぎなかった。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が記者会見で「感染症対策の基本は検査と隔離だ。疑わしいすべてのケースを検査することがWHOの方針だ」と発言したのとは対照的だった。しかし日本の見当違いの対策にマスコミや医学界から批判の声は出てこなかった。
どのような条件がそろえば「集団免疫」が確立できるのか。実は、専門家によって意見はまちまちだ。とくに、オミクロン株のように免疫をかいくぐる能力の高い変異株については、集団免疫に必要な一定割合以上の感染者やワクチン接種者を確保するのが困難になる。
英カーディフ大学の疫学者ポール・モーガンは次のように述べている。「新型コロナの免疫が感染後どのくらい持続するのかは、ばらつきが多くよく分かっていない。ただし、自然に任せて集団免疫を獲得するには3~5年、悪くすればそれ以上かかる。現実的にはさらなるワクチン接種の普及が今後の解決のカギを握る」
(文中敬称略)
3章 新型コロナはどう収束するのか:(5)3通りの「収束」から考えるパンデミックの夜明け に続く
バナー写真=コパカバーナビーチに墓を掘って、連邦政府の不透明な新型コロナ対策に対して抗議するNGO「リオデパス」のスタッフ。2020年6月11日、ブラジル・リオデジャネイロで撮影(この写真は記事の内容に直接の関係はありません)(Photo by Buda Mendes/Getty Images)
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