ウクライナ戦争と欧州政治:選挙結果とインフレの影響は「無関係」?

国際・海外

イタリアで極右政党「イタリアの同胞」のメローニ氏が首相に就任。スウェーデンでも右派連合政権が誕生するなど、欧州政治の変動が注目されている。しかし、筆者は「ウクライナ戦争とそれに伴う高いインフレが、投票行動に影響を与えた傾向はない」と指摘する。  

2022年下半期は欧州連合(EU)諸国で多くの重要選挙があった。22年2月のロシアによるウクライナ侵略と、それに伴うエネルギー価格と食料品価格の高騰が、欧州を襲う中での選挙であった。世界情勢が激動する中での選挙結果は、その変化が強調されやすく、一般報道レベルでもインフレと欧州政治の変動を関連付けて論じる見解が時折見られている。物価高が苦しく政府を批判する、という言説は万人が共有しやすい言説だろう。

ただ全体的な傾向を見る限り、戦争とインフレが各国横断的に欧州の選挙結果を混乱させているという傾向はみられない。またインフレによって政権与党への異議申し立てが広がっているという傾向も見られなかった。各国の政党政治の変動は、もっとミクロな各国個別の事情や、直近の戦争に左右されない、よりマクロな理由に基づいて理解すべきであろう。

「議席の変動率」から欧州政治の潮流を探る

欧州では2021年ごろからインフレが進み、22年10月には消費者物価指数(HICP)年率換算で10%を超えるに至った。このころ、22年秋のスウェーデン議会選(9月11日)を皮切りにイタリア議会選(9月25日)、チェコ上院選(9月23日~10月1日)、ラトビア議会選(10月1日)、ブルガリア議会選(10月2日)、デンマーク議会選(11月1日)とEU諸国では総選挙が続いた。このほかスロバキアで統一地方選、オーストリアで大統領選、EU加盟候補国ボスニアで議会選が行われている。

選挙の結果、スウェーデンやイタリアで政権交代につながったことは広く知られている。当然その背景には、議席の変動がある。選挙報道はそういった変動に着目しがちだ。だが真に重要なのはその変動が、その国の選挙政治から見て、どの程度特異なことなのか(あるいはよくあることなのか)という事である。

この点を考慮するため、先述した6つの国での議会選選挙結果を対象として、選挙変易性(electoral volatility)―すなわち選挙結果がどれほど変動したかを表す指標(Pedersen Index)―を算出した。得票率で算出する場合もあるが、今回は分かりやすく議席の変動率に基づいて、分析対象の今回選挙と前回選挙の分で指標を算出した。

イタリア、スウェーデンで小さい議席の変動

6カ国の選挙変易性を確認した際、今次の選挙で前回より高い数値を出したのはチェコ、ラトビア、デンマークの3カ国であり、スウェーデン、イタリア、ブルガリアの3カ国は前回よりも変動が小さい(図1)。

図1:2022年下半期選挙の議席変動率(選挙変易性)

スウェーデンでは中道左派政権から中道右派政権への政権交代があったものの、議席変動率はわずか5%程度であり、これは前回選挙で経験した変動幅よりも小さい。選挙結果自体は前回も今回も僅差の結果であり、国民世論はそこまで大きく変動していなかった。もちろん連立工作の結果として政権与党が変わったことは重要だが、他方でその表層的な変化をみて、スウェーデンの国民世論が大きな混乱と変化を示しているとの理解は過剰だ。

イタリアでは35%程度の議席が動いた。背景には右派「イタリアの同胞」の勝利があることは既報のとおりである。確かにこれは一定の変動かもしれないが、実は前回選挙のほうがより大きな選挙変動を経験しており、その過去と比べて今回の選挙変動は小さなものである。イタリアの選挙政治を見るにあたっては、長引く反EU感情や政治不信の存在等が考慮されるべきで(※1)、昨今のインフレを主因として論ずるのは近視眼的であろう。

ブルガリアの政党政治はウクライナ戦争以前の2021年の方が極端に混乱しており、政権樹立失敗に伴う再選挙を繰り返し行っていた。当時の混乱の理由は、ボリソフ首相(当時)のマフィアがらみの汚職問題に端を発していた。ボリソフが一線から退いた22年の総選挙では議席変動幅が小さくなっている。

デンマーク、チェコでは与党が勝利

デンマークは2022年11月の総選挙で2つの新党が議席を獲得し、選挙結果も前回より変動していた。ここにインフレによる生活苦が影響した可能性は否定できないものの、直接的・明示的に争点となっていたのは与党の違法なコロナ対策をめぐるスキャンダルにあり(そもそも今回の選挙がその責任を問う解散総選挙であった)、さらに結局のところ政権与党の社会民主党は議席を伸ばして勝利し、政権は続投している。

チェコでは、9月前半に戦争とインフレに対処できない政府を批判する大規模なデモがあった。その後に行われた上院選(1/3改選)では5割程度の議席変動があったものの、この変動は当時の政府首班の市民民主党の勝利によってもたらされている。デモの方向とは逆の結果といえる。

大変動のラトビアも内閣は続投

もっとも極端な数値を示しているラトビアのことは少し詳しく見るべきだろう。ラトビアは7割ほどの議席変動があり、極めて大きな変動を示している。さらに、選挙前月のインフレ率は22%と欧州内でも極めて高い数字を示していた。さらにラトビアはロシアとは長年の外交的緊張関係にあり、国内には多くのロシア語系住民を抱え、ウクライナには対しては多額の財政援助を行っている。

そんな中で行われた2022年10月の総選挙では、前回選挙の第1党から第4党までがすべて議席を喪失した。この情報だけを聞けば、未曽有の大混乱と感じる。しかし実のところ、第2党から第4党までは前回初めて議席を獲得した左右のポピュリスト政党であったから、これらの政党が議席を失ったことは同国の選挙政治がむしろ正常化したことも含意する。

前回選挙第1党でロシア語系住民からの支持が厚い調和党が議席を喪失したことは、現地でも衝撃を持って受け止められていたが、同党の支持率の下落は2019年にそのリーダーが汚職疑惑で欧州議員に転身してから始まっており(※2)、ウクライナ戦争を支持喪失の主因とみることは難しい。これら一連の過程で議席を伸ばしたのは、政府首班の統一党であり、カリンシュ内閣は続投している。

つまりデンマーク、チェコ、ラトビアの3カ国は、過去より大きな選挙変動を経験していたものの、それはむしろ既存政党や政府首班に対する支持の回復という現象によって引き起こされており、流動化や混乱とは逆の結果であった。

インフレは与党得票率に影響せず

そもそも政治学の知見からすれば、インフレが即座に選挙に明確な影響を与えるのかどうかは判然としていない。一般に経済的状況の悪化は政権与党・現職に対して不利に働くが(業績投票理論Economic Voting/Retrospective Voting)、その効果が発揮される条件は限られるというのが古典的な見解だ(※3) 。特にインフレの効果は両義的で、インフレは確かに物価高として人々の生活への悪影響と認知されることもあるが、経済成長に伴うインフレであれば肯定的に捉えられる。

欧州のように複数政党による連立政権を組む場合、経済状況の悪化の責任を負うべき対象が明確ではない状況がある。さらにロシア・ウクライナ戦争によるインフレだからこそ、自国の政府に責任はないと考える有権者もいたかもしれない。ここ数年の欧州の選挙政治を概観した際、このインフレはどのような影響を選挙に体系的に及ぼしていたのだろうか。

今でこそウクライナ戦争によるエネルギー価格と食料価格の高騰という文脈で強烈なインフレが報じられているが、冒頭でも言及した通り、欧州諸国では2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以前から,徐々にインフレ傾向が確認されていた。そのため強いインフレ下で総選挙を迎えた国もあれば、その前段階で総選挙を迎えた国もあるし、両者の中間段階で直近の総選挙を迎えた国もある。

EU27カ国およびEFTA(欧州自由貿易連合)構成国の、直近の下院議会選挙を対象として、各国のインフレ率と与党得票率(およびその増減率)の相関を見ることによって、この問題を分析した(ただしデータ欠如によりリヒテンシュタインは含まない)。

図2:インフレ率と与党議席獲得率

結果は、両変数の間に体系的な関係がない事を示している(図2)。与党の得票率、ないしその増減率に対して、インフレ率が明確な効果を与えているようには見えない。増減率のグラフでは、高いインフレ率を記録したラトビアとブルガリアのデータに引っ張られて少し右肩下がりであるかのように見えるが、この負の傾きに統計的有意性はないことを確認している。

高インフレ率を経験している諸国でも、現職与党の得票率(およびその増減)はばらついているし、インフレ率が低かった時に下院選を迎えた国々においてもそれは相当ばらついている。つまりインフレの高さは必ずしも政権与党不利として働いてはおらず(また反対に有利に働くこともなく)、近年の欧州の選挙政治に体系的な影響を与えているとは言えない。

長期的な構造変化こそ議論を

ウクライナ戦争以降に加速した欧州全体を覆う強いインフレが各国に衝撃を与え、選挙結果を不安定化させたという明確な証拠はない。各国の選挙結果は各国それぞれの政治的文脈によって規定されており、それぞれの国にはそれぞれの事情があるという、あまりにも自明で陳腐な見解が本稿の結論である。

この結論はいかにも陳腐だが、実際そうなのだろう。選挙とはさまざまなな有権者が個々の事情や意見や見解に基づいて参加する行為であり、何か特定のパラダイムが支配するものではない。有権者の中には、実際にウクライナ戦争を考慮した有権者もいただろう。インフレを憂慮した有権者もいただろう。それと同じように、それ以外の無数の事項や論点を気にした有権者がいたはずなのだ。

もし欧州政治が全体的に混乱しているように見えるのであれば、それは既存政党政治の対立軸の変化などといった、よりもっと長期的で構造的な変化の表れとしての側面が議論されるべきである。直近の大きな政治的事件のみをもって選挙結果を評価することは、小さな思いの多様性を見逃し、大きな構造も見逃している、どっちつかずの議論なのかもしれない。

バナー写真:ドラギ前首相(左)との政権引き継ぎ式に臨み、閣議で使う「鈴」を手渡されるイタリアのメローニ新首相=2022年10月23日、ローマ(AFP=時事)

(※1) ^ Newell, James L. (2022) “Italy’s General Election was no Electoral Revolution” EUROPPblog, September 27th, 2022

(※2) ^ Europe Elects, Latvia

(※3) ^ Powell Jr., G. Bingham, and Guy D. Whitten (1993) “A Cross-National Analysis of Economic Voting: Taking Account of the Political Context,” American Journal of Political Science, 37(2): 391-414

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