100年ぶりの急接近:「新・日英同盟」の行方

脱欧入亜:英国が抱く自由貿易の旗手たる野心|「新・日英同盟」の行方(2)

政治・外交

英国のアジア太平洋、とりわけ日本への傾斜が加速している。2020年末、英国は完全離脱でEU(欧州連合)の軛(くびき)から逃れると、即座にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)へ参加申請するなど、成長著しいアジア太平洋市場参入の意欲を表明。日本とは交渉開始からわずか4カ月でEPA(経済連携協定)を締結し、戦略的パートナーシップを強固なものとしている。韓国メディアが「日英同盟が復活」と報道するほど、日本に急接近を続ける英国の狙いは何か。

軸足の重心をアジアへシフトする英国

2020年の大晦日に英国はEU(欧州連合)から完全離脱した。EUとFTA(自由貿易協定)を結ぶ交渉が、移行期間が終了する直前に合意したためだ。英国は目標だった関税ゼロ貿易を継続とし、EU規則や欧州司法裁判所に従うのをやめ、移民入国制限などの主権を回復する。16年6月の国民投票から4年半のマラソン交渉の末、友好的に離脱して、EUと互恵関係を続ける可能性が残されたことは、英国の勝利と言ってもいいだろう。

「(加盟申請は)自由貿易の旗手となる野心を表している」

悲願だったEU離脱を成し遂げ、名実共に自由を手にした英国のボリス・ジョンソン首相は、こう語り、TPPへの加盟を2月1日、正式に申請した。英政府は経済・外交の重心を欧州からアジア太平洋へ移す姿勢を明確にした。「脱欧入亜」である。

なぜ、英国はアジア太平洋地域に回帰してTPPに参加するのか。

EUを離脱した英国は欧州にとどまらず、世界と新たな関係を築き、プレゼンスを高める「グローバル・ブリテン」構想を抱き、22年末までにFTAを結ぶ国・地域のカバー率を総貿易額の80%に引き上げる目標を掲げる。とりわけ成長が著しいアジア太平洋地域との経済緊密化を進めるTPPに参加できれば、約65%に届くと試算する。

英国からTPP加盟国への輸出は現在、英国全体の8%に過ぎないが、TPP参加11カ国は約5億人の人口を抱え、GDP(国内総生産)では世界全体の13%を占め、成長が急だ。世界経済の成長の多くは将来、アジア太平洋地域からもたらされることを見越せば、英産業界が輸出入を拡大し、サプライチェーン(製品などの供給網)を広げる機会にもつながる。「英国の潜在力を解き放つ」(ジョンソン首相)起爆剤にする目論見だ。

さらに、貿易自由化やルール形成の交渉フォーラムとして、長らく機能不全に陥っているWTO(世界貿易機関)の現状を踏まえると、貿易協定として高い水準を持つTPPに加盟して、貿易システムのルール作りに参画する思惑もある。

思惑が合致した日英EPAの締結

英国自体は太平洋に面していないが、太平洋にはピトケアン諸島、インド洋には米国に海軍基地として貸与しているディエゴ・ガルシア島を海外領土として持つ。また加盟国にはカナダなど英連邦諸国が少なくない。1971年に英国がスエズ以東から撤退するのに伴い、英連邦のシンガポール及びマレーシアの安全保障を確保するため、豪州、ニュージーランド、シンガポール、マレーシアとは、FPDA(五か国防衛取極)という軍事同盟を結ぶ。加えて、97年まで統治した香港もあり、アジアとは少なからぬ由縁があるのだ。

英政府は布石も打った。2020年1月末にEUを離脱して以来、日本を皮切りにカナダ、メキシコ、ベトナムなどTPP参加国とFTAを締結した。EUから独立して欧州以外の国と通商交渉を行えたのは、離脱の大義として主権回復を得たからだった。

第1号となった日本とのEPA(経済連携協定)締結が大きな意味を持った。EPA交渉は数年かかる。ところが日英は20年6月に協議を開始して、わずか4か月で署名した。

対EU関係で日英の思惑が一致したからだ。日本には、ブレグジット(英国のEU離脱)で英国がEUから抜けるので、21年1月以降、日EUのEPAを使って、日本車などを英国市場に関税なしで輸出できなくなる。英国は日本とEPAを締結すれば、英国市場では日本車には関税がかからなくなり、EUからの輸入車には10%の関税が課されるので、EU車は相対的に価格競争力が落ちる。このため、EUにEPAを締結するよう圧力をかけることができた。

英政府はポスト・ブレグジット戦略に、まず日本とのEPA、次いで日本を介してのTPP参加のシナリオを描いたのだ。

日英連携でTPPの公正なルール堅持へ

2018年、11カ国間で発効したTPPは、英国が加入すれば、12カ国に増え、参加国のGDPが世界に占める割合は13%から16%に高まる。TPP加入には、全ての批准国の同意が必要となるが、英国とEPAを締結した議長国日本は、自由貿易重視の理念を共有しており、英国の早期参加を全力でアシストできる。

TPPは100%近い関税撤廃率に加え、農産物や工業製品の関税を撤廃か削減すると共に、知的財産権の侵害や国有企業への補助金に関する規定など、高い水準の通商ルールを定めている。中国も昨年、署名した東アジアのRCEP(地域的な包括的経済連携協定)と比べて、関税の撤廃率や貿易と投資のルールの自由化水準が高い。

TPPには中国の習近平国家主席が20年11月に「積極的に参加を検討する」と表明した。韓国やタイ、台湾も関心を寄せている。しかし、TPPを意義あるものとするには、知的財産権の保護だけでなく、国営企業の優遇禁止といった通商ルールを堅持しておく必要がある。

WTO協定を順守しない中国は、投資や国有企業などへの規律の条件を満たしておらず、高水準の自由化に対応するのは難しい。中国が参加するにはハードルが高いとみられるが、参加に向け、一部の加盟国と非公式に接触を始めており、米国が脱退したスキを突き、加盟によって「反中包囲網」化を阻止する狙いも指摘される。

議長国日本は中国に、厳格な基準の受け入れが不可欠と、毅然と説明せねばならない。自由貿易のルール作りに意欲を燃やす英国が規律を受け入れて参加すれば、中国など他の加盟希望国に同様のことを要求でき、不公正貿易を正す強力な枠組みとなる。 

激変する国際秩序を巡る前哨戦

中国の不公正な貿易慣行の是正には、米国を含めた多国間の協調で対処することが望ましい。ところが、対中政策では、EUが暮れも押し迫った2020年12月30日、中国と投資協定で合意した。米国のバイデン政権の制止要請を振り切り、中国の人権侵害問題を置き去りに、産業界の求めに応じて議長国のドイツのメルケル首相が駆け込み合意した。

「対中政策で米国と一線を画す」。メルケル首相は米国との温度差を隠さない。EUは国内が分断する米国のバイデン政権主導で国際秩序が復活する可能性は低いとみているからだ。

それゆえに日本は英国と共同歩調を取って、共に最も緊密な同盟国米国を支えて保護主義を食い止め、世界を自由貿易に導く努力をしなければならない。

そのためにも米国のTPPへの再参加が求められる。もともとTPPは中国の参加以来、自由貿易に反対する途上国の主張が強まったWTOに失望した前オバマ米政権が中国を取り込む政策だった。中国抜きのTPPで高いレベルのルール作りを世界に拡大すると、中国も入らざるを得なくなる。そこで中国に規律を課す狙いだった。

英国がTPPに加盟すれば、独仏など欧州の大陸国も参加を考慮するようになる。欧州に拡大すれば、米国内で高まる中国への反発や中国のプレゼンス増大を懸念し、慎重姿勢を堅持するバイデン大統領が、TPP復帰を検討する可能性もある。米国も中国に対抗するには、多国間連携でのルール作りが必要と認識している。日英連携で米国の再参加を誘うことが求められる。

テレビ会議で21年2月3日に開催された日英の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)で、中国を名指しして香港、ウイグル自治区での人権侵害や中国が施行した海警法に重大懸念を共有し、日本は英国が空母「クイーン・エリザベス」を含む空母打撃群の西太平洋派遣を歓迎し、共同訓練実施が決まった。韓国紙「朝鮮日報」は「日英同盟が復活」と報じた。

バイデン米政権は中国を「最も手ごわい競争相手」と位置付け、厳しい態度で臨むが、気候変動問題では米中協力を示唆するなど、まだ手の内は読めない。米国頼みだけでは危うい。隣国として中国と向き合う日本は、その脅威を英国の理解を得て、国際的議論にすることが肝要だ。

深まる日英関係が日米同盟を補完する新たな「同盟」となれば、英国の「脱欧入亜」は中国の鬼門となりうる。これは激変するポスト・コロナの新たな国際秩序を巡る前哨戦でもある。

バナー写真:日英経済連携協定(EPA)の署名後に、肘を合わせる茂木敏充外相(右)と英国のリズ・トラス国際貿易相=2020年10月23日、東京都港区の飯倉公館[代表撮影]時事

中国 TPP ジョンソン首相 日英EPA EU離脱