菅首相はプーチン・ロシアとどう付き合うべきか
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ロシア憲法改正で領土問題は暗礁に
安倍前首相には、果たせなかった目標がいくつかある。
憲法改正、拉致問題解決、そして北方領土返還だ。
安倍氏はロシアのプーチン大統領と良好な関係を維持してきた。
しかし、領土問題に関しては、「一歩も前進しなかったばかりか、後退した」と言っても過言ではないだろう。
ロシアでは2020年7月1日、憲法改正の是非を問う国民投票が実施された。
結果、プーチン大統領の任期延長が可能となり、最長で36年まで長期化する可能性が出てきた。
また、「ロシア領土の割譲に向けた行為は認めない」と憲法に明記された。
「隣国との国境画定は例外とする」ともあり、北方領土交渉は例外とも解釈できる。
しかし、「北方領土交渉は、さらに厳しくなった」と見られている。
このような厳しい状況の中、菅新首相は「長期独裁政権」となるプーチン・ロシアと、どう付き合っていくべきなのだろうか?
日ロ関係を占う二つの法則
日本ではよく、「プーチンが何を考えているか、わからない」という話を聞く。
実を言うと、彼が何を考えているのかは明白だ。
日ロ関係を理解するために知っておかなければならないのは、次の二つだ。
「法則1、北方領土の話をすると、日ロ関係は悪化する。」
「法則2、金儲けの話をすると、日ロ関係は改善される。」
日本に関して、プーチン氏の頭の中にあるのは、「金が欲しい」「でも領土は返したくない」の二つである。
こういきなり断言されても納得できないだろうから、検証してみよう。
安倍氏が首相に再就任したのは、2012年12月だ。
13年、同氏はロシアとの関係改善を猛烈な勢いで行っていた。
「私の代で領土問題を解決する」と気合が入っていたからだ。
だが、当時は、「島返せ!」とはあまり言わず、日ロ間のビジネス発展に力が注がれていた。
14年3月、ロシアがクリミアを併合し、転機が訪れる。
日本は米国、欧州の「対ロシア制裁」に参加。
日本政府や企業は、経済(金儲け)の話ができなくなってしまった。
そして、日本政府高官ができるのは、「4島返還」の話だけになった。
ロシア側は「金は欲しいが、島は返したくない」ので、日ロ関係は悪化し続けていった。
次に転機が訪れたのは、16年5月だ。
ソチでプーチン氏と会った安倍首相は、「8項目の協力プラン」を提案。
つまり、日本政府は北方領土問題の話を止め、再び金儲けの話を始めた。
プーチン氏は大満足で、同年12月に訪日を果たす。
これで、日ロ関係は劇的に良くなった。
安倍時代最後の転機は18年11月だ。
シンガポールでプーチン氏と会談した安倍首相は「日ソ共同宣言を基礎として、平和条約交渉を加速させる」ことを提案した。
これは日本にとって「大きな譲歩」だった。
安倍首相は「日ソ共同宣言を基礎とする」としたことで、これまで日本政府の基本方針だった「4島一括返還論」を捨て去り、「2島返還論」にシフトした。
ところが、プーチン氏は安倍首相の大胆な決断を評価しない。
繰り返すが、プーチン氏の頭の中は、「金が欲しい」「でも領土は返したくない」なのである。
4島はもちろん、2島返還もしたくないのだ。
この後、日ロ関係は再び悪化していく。
プーチン氏は「島を返せば、米軍が来るだろう」と言い、19年3月には、「日本が日米安保から離脱しなければならない」と発言した。
以後、日ロ関係は良好とは言えない状態が続いている。
ここまで第二次安倍政権時代の日ロ関係の流れを見てきた。
まさに、二つの法則(「法則1、北方領土の話をすると、日ロ関係は悪化する」
「法則2、金儲けの話をすると、日ロ関係は改善される」)どおりであること、ご理解いただけただろう。
菅首相は日ロ関係をどうすべきか?
ここまでで分かったことは、「ロシアには、北方領土を返還する気がない」ということだ。
では、日ロ関係をどうすべきなのだろうか?
「それなら、断交してかまわない」
少なからず、そう考える人がいると思われる。
確かに筆者も、「平時ならそれもあり」だと思う。
だが、意識する、しないに関わらず、今は平時ではない。
中国は2012年11月、ロシアと韓国に「反日統一共同戦線」構築を提案した。
この時中国は、「日本には尖閣だけでなく、沖縄の領有権もない」と宣言している。
「トンデモ陰謀論だ!」と思われる方は、こちらの証拠記事をご一読いただきたい。
これを受けて安倍内閣は、米国、ロシア、韓国との関係改善に取り組み始めた。
安倍首相は15年4月、米議会で「希望の同盟」演説を行い、日米関係を強固なものにした。
15年12月の慰安婦合意によって、日韓関係は一時的にだが、良くなった。
既述のように、日ロ関係も改善された。
プーチン訪日時、物事を戦略的に見る中国は、日ロ接近を嘆いた。
中国国営新華社通信は日ロ会談に関する論評で「安倍首相はロシアを抱き込み、中国に対する包囲網を強化したい考えだが、中ロ関係の土台を揺るがすのは難しく、もくろみは期待外れとなる」と反発。(時事通信2016年12月16日)
この時、日本政府関係者は誰も、「中国包囲網を強化したい」とは言っていない。
しかし、中国は戦略的危機感を持った。
これは、日ロ接近を恐れているからだ。
「8項目の協力プラン」の重要性
「プーチン大統領は北方領土を返す気がない。だが、中国に対抗するために、ロシアと付き合う」
というのが、現状の正しい姿勢だ。
では、どうやってロシアと付き合うのか?
これは、「法則2、金儲けの話をすると、日ロ関係は改善される」が答えになる。
菅首相は前政権が約束した「8項目の協力プラン」を、ゆっくりとでもいいので、進めていくべきだ。
ここまで書いても「ロシアと組むのは嫌だ」という人は多いと思う。
歴史的経緯を見れば、理解できる。
そこで最後に、世界一の戦略家エドワード・ルトワック氏の言葉を引用しておこう。
彼は著書『自滅する中国』(芙蓉書房出版)の中で、日本が生き残るためには、ロシアとの関係が「極めて重要」と断言している。
もちろん日本自身の決意とアメリカからの支持が最も重要な要素になるのだが、ロシアがそこに参加してくれるのかどうかという点も極めて重要であり、むしろそれが決定的なものになる可能性がある。(『自滅する中国』188p)
感情的にロシアが嫌いなのは理解できる。
だが、中国に尖閣、沖縄を奪わせないために、日本はロシアと「組む」べきなのだ。
バナー写真:2016年12月、会談に臨むロシアのプーチン大統領(左)と安倍首相=山口県長門市(共同)