経済安全保障をめぐる課題

中国の「経済安保戦略」で確実に押さえておくべき3つのポイント

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中国が推進する経済安全保障政策には、論ずべき3つのポイントがある。第1は、米国の対中制裁措置で痛打されたサプライ・チェーンを強化するための産業政策。第2は、最近急激に「進化」しつつある法規制の動き。そして第3は、経済安全保障政策が経済的強要(economic coercion)外交に転化しそうなリスクについてだ。

サプライ・チェーンの安全確保

中国は「ハイテク冷戦」と呼ばれる米国の対中制裁を受けてサプライ・チェーンの脆弱(ぜいじゃく)性に直面した。2019年5月にファーウェイ社が、その後も中国ハイテク企業が続々と、米商務省が輸出管理法に基づいて指定した取引制限リスト―いわゆる「エンティティ・リスト」―に掲載されて、米国製品の調達ができなくなった。この結果、世界一を争うスマートフォン・メーカーだったファーウェイ社は大きな打撃を受けた。

国内に膨大なユーザー産業群を擁する中国は、これまで半導体を大量に輸入してきた。その半導体を一部とはいえ禁輸対象とされて、中国は「糧道を断たれる」に等しい衝撃を受けた。

中国は、この弱点を解消するために、第14次五カ年計画(2021-25年)において、創新・科学技術の振興と並んで、サプライ・チェーンの安全確保を重大テーマとして取り上げた。習近平主席はこの五カ年計画策定作業の冒頭、2020年4月に行った講話(※1)の中で、「中国の産業安全保障と国家安全保障を守るために、自主的でコントロールできる、安全かつ信頼性の高い産業チェーンとサプライ・チェーンを構築すること」の重要性を訴えている。

中国政府はそれ以前から「中国製造2025」計画に基づいて半導体チップの国産化を推進してきたが、この五カ年計画策定と前後して、「新時代の集積回路産業とソフトウェア産業を促進する高品質な開発のための若干の政策通知(※2)」(2020年8月国務院)を発表。税制優遇、地方政府の投資基金による投融資、国家重点研究開発計画によるR&D推進など、多方面にわたる産業政策を打ち出している。

半導体国産化を巡る中国国内のムードは「準戦時体制」と評されるほど高まっているが、前途は多難だ。地方政府の投資基金から出融資を受けた工場の建設が各地で相次いでいるものの、重複・過剰・低レベルな投資で無駄金になることが懸念されている。また、大胆なM&Aで半導体産業の雄を目指した国有企業・紫光集団は、政府から多大な助成を受けてきたにもかかわらず、経営が行き詰まり、2021年12月に企業再生(破産重整)手続きに入った。

西側が技術を独占する最先端露光装置やチップ設計ソフトの入手が困難な中で、線幅数ナノメートルのハイエンド・チップを国産化できるまでには5年以上かかるだろうとも言われている。

しかし、線幅数10~100ナノメートル以上のミドル/ローエンドの半導体に関しては、中国企業が相当な実力をつけ、関連する素材・装置産業も育ってきている。このため、やがて整ったバリューチェーンと膨大なユーザー産業を国内に擁する中国半導体産業が、世界のハイエンド半導体市場に攻め上がってくる日がやって来る可能性はある。中国を猛然たる半導体国産化政策に走らせた米国のチップ禁輸政策は、5年後、10年後に西側で大きな後悔をもって振り返られるかもしれない。

「進化」しつつある法規制の動き

ファーウェイ社をエンティティ・リストに掲載するなど2019年5月から本格化した米国のハイテク対中制裁に対する中国の最初の反応は、米国の制裁をまねた「ミラー・アタック」型の対抗措置を打ち出すことだった。20年9月に制定、施行された「信頼できないエンティティ・リスト制度(※3)」がその第一歩といえる。しかし、米国の「ハイテク冷戦」政策で「覚醒」した中国政府は、最近、中国自らの「経済安全保障」を追求するための法令を矢継ぎ早に制定するようになった(下表参照)。

中国の経済安全関連法制の動き

2020年8月 輸出禁止・輸出制限技術リストの改訂
輸出禁止・制限対象となる技術のリストを13年ぶりに大幅改訂し、AI等の情報技術や宇宙関連技術などを多数追加
2020年9月 信頼できないエンティティ・リスト制度の制定・施行
中国の主権・安全・利益に危害を与えたり、中国企業等を差別して損害を及ぼしたりする行為(例:米国の対中制裁に従った取引停止)をした外国主体への制裁
2020年12月 輸出管理法の施行
対象となる貨物・技術・サービスのみなし輸出(国内で外国籍企業・人に提供)、再輸出(三国間取引への域外適用)を許可制とする
2021年1月 外国法令・措置の不当な域外適用の阻止規則の施行
外国法の域外適用により中国公民・企業等の経済活動が不当に阻害される場合の報告、禁止命令遵守義務、相手方への損害賠償請求権等を定める
2021年6月 反外国制裁法の制定
中国・公民に対する差別や中国の主権等の侵害、内政干渉をした外国の個人・組織に対抗措置を採ることができるよう定める
2021年9月 データ安全法の制定・施行
輸出管理技術や重要な科学技術成果に関するデータ、国の安全に影響を及ぼす重要なデータについて安全管理、越境移転に関する審査受審を義務付ける
2021年11月 個人情報保護法の制定・施行
個人情報について、EU一般データ保護規則(GDPR)に類似した、取扱者の義務、本人の権利等を定めたほか、越境移転に対して、本人同意のほかに影響審査受審を義務付ける

一連の経済安全保障関連の中国法令に関しては、3つの特徴を指摘することができる。

第1は、当初は米国への対抗措置といった受け身の色彩が強かったが、その後は米国法制に倣(なら)いながらも、能動的に経済安全保障を追求する内容へと「進化」していることだ。

とくに2020年12月に施行された輸出管理法は、貨物、技術、サービスの全てについて、「みなし輸出」や「再輸出」も規制対象とした。この結果、在中国外資企業やその職員に対して貨物、技術やサービスを提供する国内取引も「みなし輸出」とされて規制される。また、中国製部品や中国が開発した技術を含む製品・サービスを三国間で取引する場合も「再輸出」とされて、米国同様、域外適用の対象になる。これらの規制を字義通りに運用すると、貿易にも在中外資企業の活動にも多大の影響が及ぶだろう。

第2は、規制対象が広汎で漠然としていることだ。例えば「暗号、生物、電子情報、人工知能等の分野で国の安全・経済競争力に直接影響を与える科学技術成果データ」を輸出管理の対象とする草案(※4)が公表されている。

米国が定める対中制裁に関しても、規制対象とされる「基盤技術」や「エマージング技術」が抽象的で範囲が不明確だと指摘されているが、まさにそれゆえ運用がなかなか始まらない。一方、中国では範囲が不明確なまま規制が始まってしまう可能性が高い。定義に該当するものを全て規制することは、経済活動に大きな影響を与えるので避けるだろうが、代わりに、特定の企業による特定の取引だけが裁量的、恣意的に法令違反を追及される恐れがある。このような予見可能性の乏しさは、企業とビジネスを萎縮させることだろう。

第3は、規制の目的に、本来の経済安全保障の範囲を超える「国の安全や利益」を守ることが含まれることだ。例えば、「信頼できないエンティティ・リスト制度」は制裁対象に「中国の国家主権、安全、利益の発展に危害を及ぼす」行為を含めている(第2条)。これは「正常な市場取引ルールに違反して、中国企業との取引を中断したり、中国企業に対して差別的措置を採った外国実体(企業等)」に対して、貿易、投資、出入国の制限等の制裁を加えるとする内容である。

とくに、ここで言われる「国の安全や利益」には、習近平政権が唱える「総体国家安全観(※5)」に基づき、「(中国の)政治、文化、社会、海外利益」などまで取り込む動きがある。

データ安全法の下位法令の草案として公表された「ネットワークデータ安全管理条例(意見募集稿)」によると、データ安全法の定める「重要データ」の例として、「国の政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、生態、資源、核施設、海外の利益、生物、宇宙、極地、深海等の安全に影響を与える恐れのあるその他のデータ」を挙げている。これらの例示が「総体国家安全観」に由来することは明らかだ。

さらに、反外国制裁法は「我が国に対する抑制、抑圧」や「我が国の内政への干渉」に対して、相応の報復措置を採る権利がある旨(第3条)、また、「外国の国家、組織あるいは個人が実施、協力、支援する我が国の主権、安全、発展の利益を害する行為に対して、必要な報復措置を講じる」とする(第15条)。

以上のような国権の主張、追求まで「安全保障」によって正当化するのは、他に類例がなく、「道理に合わないことを自分に都合のいいように無理にこじつけている」との牽強付会(けんきょうふかい)の誹(そし)りを免れない。これが次に述べる、論ずべき3点目の問題につながる。

経済的強要外交に転化するリスク

中国の経済安全保障政策について論ずべき3点目は、次々と制定される法令が「国の安全や利益を守る」名目の下、中国の主張する「内政に干渉した」、あるいは「中国の利益を侵害した」外国に対して制裁を課し(あるいはその威嚇をもって)、「是正」を強要する経済的強要(economic coercion)に法的根拠を与えるのではないか、ということだ。

中国は、新型コロナウイルスの初期の感染拡大について独立した調査を要求した豪州政府に対し、2020年5月には豪州産の大麦、同8月にはワインに反ダンピング税を課したほか、製鉄所や発電所に対して豪州炭を輸入しないよう指示する(※6)などの報復措置を講じた。

また、翌21年7月、台湾の名を冠した代表部を設置することを認めたリトアニアに対して、同国産品の輸入を事実上認めない措置を採っただけでなく、多国籍企業に対してリトアニア製の部品を使用しないよう圧力をかけた(※7)

いずれの事案も、中国が外交目的(コロナ感染拡大の責任追及を回避し、台湾統一に対する妨害、障害を排除する)を達成するために、経済的手段で相手国を屈服させようとする経済的強要行為の典型である。標的にされる国を国際社会が助けなければ、中小国は各個撃破されて、中国による国権の主張や追求に逆らうことができなくなる。

中国の経済強要行為は、「経済安全保障」という名目と、法令という装甲をまとって解き放たれた感がある。国際社会は連帯して、相手国を力でねじ伏せようとする中国外交には屈しないことを明らかにする必要がある。

バナー写真:昨年11月15日(米国時間)に行われたオンライン首脳会談に臨むバイデン米大統領(左)と画面上の習近平国家主席。新疆ウイグル自治区、チベットにおける人権問題、台湾問題に加えて、中国による不公正な貿易・経済慣行も協議のテーマとなった。AFP=時事

(※1) ^ 「国家中长期经济社会发展战略若干重大问题」(2020年4月10日、习近平主席在中央财经委员会第七次会议上的讲话)

(※2) ^ 新時期促進集成電路産業和軟件産業高質量発展的若干政策

(※3) ^ 不可靠実体清単規定(商务部令2020年第4号)

(※4) ^ 「中国のデータ安全管理規制と輸出管理規制との重畳適用について」(2021年12月、安全保障貿易情報センター)

(※5) ^ 「総体国家安全観」という概念は、国家安全にかかわる領域を政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源、核の11項目に整理。その後、海外権益、さらに新型コロナウイルスの感染拡大後に生物安全が加わり、13項目となった=中国政観 「なぜ、香港安全法を立法するのか」(2020-06-15 加茂具樹)より。

(※6) ^ 「中国、オーストラリア産石炭の輸入停止-緊張さらに激化の恐れ」(2020年10月13日、Bloomberg)

(※7) ^ 「中国、独コンチネンタルにリトアニア製品の使用中止求める」(2021年12月17日、ロイター)

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