木原誠二官房副長官に聞く(前編):「新しい資本主義」―グリーン分野で10年間に150兆円の投資引き出す
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官邸の政策決定プロセスは臨機応変で
竹中 首相官邸の意思決定プロセスについていくつか聞きたい。新しい資本主義関連やコロナ危機対応、ウクライナ戦争対応などの主要政策の起案者は、まず3人の官房副長官に説明し、その後松野官房長官、次いで首相秘書官、さらに場合によって首相に直接説明という手順になるのか。それとも政策分野によって意思決定のパターンは違うのか。
木原 それは臨機応変だ。例えばコロナ対応などで緊急の必要がある場合は、総理のところにみんな集まって一発で決めることもある。もう少し時間的余裕がある場合は、副長官から長官、総理と上げていくこともある。ただし、副長官がOKしないと上に行かないというものでもない。先に長官に話が行き、それからでも(副長官が)いやだということなら止まる。順番でやっているような時間の余裕はないというのが日々の現実ではないか。
極端に言えば、例えば、首相秘書官を通じて総理に先に上がって、「OK」ということになっても、おかしいと思えば言うことは言うということになる。しかし、最終的に総理が判断したことには、もちろんみんな従うということだ。
もちろん長官と副長官、または副長官同士で意見が割れることもある。その場合は総理が最終判断して、それで決まる。水際対策を例に取れば、緩和する時期とか規模についての意見は見方によってさまざまな考えがある。「今ではなくてもう少し様子を見た方がいいのではないか」「今の段階でGo To再開まで踏み込んでもいいのでは」とかいろいろある。当然のことだが、そういう場合は総理が決める。
重要な「官邸と与党の調整」
竹中 首相、首相秘書官、官房長官、3人の副長官が集まる通称「正副官房長官会議」はどのくらいの頻度で開いているのか。どのようなことを話し合っているのか。
木原 短時間だが出来る限り毎日開催する。何かを決定するというよりも、日程の確認や党内情勢、社会情勢などの腹合わせをする場だ。長くても15分ぐらい。常日頃から顔を合わせていることが重要だ。総理が恐ろしいほど忙しいので、あらかじめ(開催すると)決めておかないと、長官や副長官が総理に1週間ずっと会えないといった事態も起きる。
竹中 一般的に、官房副長官の仕事は官邸と自民党の国会対策委員会との連絡役を担うと考えられている。また与党との調整もされているとも理解している。こうした仕事を担われているのか。
木原 それはいずれも重要な役割だ。国対の委員会には毎日出席している。ただ法案の審議順などについて、政府が口を出すことはない。それはルール違反になる。国対から政府の意向を聞かれることはあるが、あくまで副長官は窓口的機能を果たすということになる。そして日程の感触や国会における与野党の雰囲気などを官邸内で共有する。仮にわれわれに法案成立を急ぎたいという思いがあったとしても、野党の声にも耳を傾ける必要があるし、国会には国会の立場というものもある。われわれは、審議をお願いする立場だ。そして、野党との調整を担う役割は、やはり国対しかない。また今回の日米首脳会談などの一連の外交日程が組まれている間は、首相も外相も法案審議に参加することは難しいので、そういったことを与党に伝えることも重要だ。
竹中 「新しい資本主義実現会議」事務局長としては、どのようにこの会議の運営・準備に関わっているのか。
木原 全般的に関わらせてもらっている。議題設定、議論の順番、資料の最終的チェック、提言内容など。この「新しい資本主義」というのは、役所から出てきたコンセプトではない。岸田政権を誕生させようというチームの中から出てきたものだから、議題やその議題の間の優先順位も含めて事務局できちんと設定させていただいている。
竹中 「新しい資本主義」以外にもコロナ危機対応、ワクチン接種、ウクライナ戦争などを議論する重要な会議には参加されているという理解でいいか。
木原 基本的に重要な会議には参加していると思うが、例えば、外交において一部の国の二国間関係などについての会議など、もちろん外れているものもある。
「新しい資本主義」構想とは
竹中 「新しい資本主義」というコンセプトが生まれた経緯や、その背景について伺いたい。
木原 宏池会(岸田派)が60周年を迎えた2017年に、「K-WISH」という政策を発表した。岸田のWish(望み・目指すもの)という意味合いで、Kはカインド(国民目線の政治)と岸田総理を重ねて、Wはウォーム(中小企業・地方が主役のボトムアップ経済)、Iはインクルーシブ(多様性を尊重した社会)、Sはサステナブル(持続可能な経済・財政と社会保障)、Hはヒューメイン(平和をつくる外交)という。その時からある種の新しい資本主義的な考え方はずっと出してきている。
竹中 それは派内で自然的に出てきたものなのか、どなたかが主導したのか。その背景にある問題意識は。やはり格差拡大なのだろうか。
木原 自然発生的なものだったと思う。問題意識は、(格差拡大だけに注目するというような)ネガティブなものではない。なぜなら、その時点で世界の潮流はすでに新自由主義からは離れていたからだ。
民間に対して、ただ競争して「頑張って勝ち抜け」というだけではなく。国が目標設定しなければいけないし、先行投資もしなければいけない。国家としてどの分野に期待成長率があるとみているか、それを見せないと企業も投資できない。規制緩和して、競争しろ、そういえば経済が成長するという時代は終わったと感じていて、それを「新しい資本主義」という中で把握したということだと思う。
竹中 これまでの岸田首相の説明、新しい資本主義実現会議の議論や各種資料から、「新しい資本主義」によって達成したい目標は①国民の所得水準の向上と中間層の再構築、②日本の科学技術力の向上、③経済安全保障と、この3つだと理解している。
木原 ほぼそう考えていいと思う。特に人への投資が最重要。しかし、それらはどの政権でも考える目標であり、別に岸田政権がことさらドラマチックなことをやろうとしているわけではない。
重要なのは「雰囲気の変化」
竹中 政権からの大企業に対するメッセージが目立つ。具体的には労働分配率の低下、過去20年間で大企業・中小企業ともに内部留保を増やしていること、過去20年で企業の人材投資のGDP(国内総生産)比率が低下していること、過去10年で研究開発投資の伸びが低調なことなどが指摘されている。企業は利益をためるばかりで賃金を引き上げないし、投資もしないということが強調されているという印象を持っている。どうやって企業に賃上げや投資を促していくのか。
木原 そういう問題意識は当然持っている。賃上げ税制や取引適正化などの政策とともに重要なのは、雰囲気を作っていくことではないか。かつては「賃金が上がる会社がいい会社」と皆思っていた。また、賃金は上がるのが当たり前だとも思っていた。会社も社内福祉として様々な形で従業員への投資を行うのが常識でもあった。それがある時から変わってきてしまった。
いま一度、賃上げは重要だという雰囲気が出てこないといけない。それには新しいコンセプトが浸透するようにするしかない。かつては企業の内部留保が将来のバッファーとして大事だという価値観があったが、今はそれを使っていく、賃金上昇や投資に回していかなければならない時代になっている。非財務情報開示の強化なども通じて、適切に使っていく企業が評価されるように変えなくてはならない。
研究開発投資で重要なのは「スケール感」の明示
竹中 岸田政権は科学技術を重視しているという印象だ。首相自身が「2021年から5年間の研究開発投資を政府全体で30兆円、官民合わせた総額は120兆円を目指す」と日本経済新聞のインタビューで述べている。内閣府が取りまとめている科学技術予算は2022年度当初で4.2兆円程度だが、これを増額するということか。予算は補正で積み増すことが多いが、この方式では研究機関などは長期計画を立てにくいのではと懸念する。当初予算額を増やす考えはないか。
木原 われわれが科学技術分野でやろうとしているのはAI(人工知能)、量子技術、バイオテクノロジーの3分野とそこに関連する半導体技術、さらにグリーン・イノベーション、デジタル・トランスフォーメーション、ここに集中的にお金を入れ、投資計画を作るということだ。
これらの分野できちんとした投資計画を作成し、「ここは国がコミットするので、企業の皆さんもぜひコミットしてください」と促していく。当初か補正かというのは単年度主義的な発想で、あまり重要ではないと思う。大切なことは国が10年なら10年、5年なら5年の間にどれだけコミットするか、このスケール感を出していくことではないか。今挙げた5つの分野で予算も含めて10年間の規模感を出していくことが大事であると考えている。
いま先行しているのはグリーン・イノベーションの分野で、10年間で150兆円ぐらいの投資を引き出していく計画。そのために、まだ政府としては具体的数字はコミットしていないが20兆円とも言われる規模で予算を付けることになるだろう。そのお金の出方が当初か補正かというのはあまり気にしない。基金でなければいけないとも思わない。大切なのはコミットすることだ。
竹中 政権発足当初、岸田首相は、改革には「冷たいイメージ」があるということまでテレビで発言している。ただ、実際にはデジタル臨調でさまざまなアナログ手続きの見直しを進めることに表れているように、改革にも取り組んでいる。なぜ当初、改革を否定するような態度を取ったのか。
木原 政権発足から8カ月弱、今や「新しい資本主義」はメイン・イシューになったと思っている。しかし、政権発足当初は改革を強調すると「新しい資本主義」がぼやけてしまい、メインにならなかった。時代は「新しい資本主義」になったことを示さないといけなかったからそういう態度を取ったのではないか。だが、実際には、政権として取組んでいるアナログ手続きの見直しは4万件の規制を見直すもので、岸田政権は、実はとてもドラスティックな改革に取り組んでいる。
(2022年5月27日)
まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁
バナー写真:木原誠二官房副長官=2022年5月27日、東京・永田町(撮影・川本聖哉)