新1万円札の“顔”、渋沢栄一の故郷へ(2):旧渋沢邸「中の家」、尾高惇忠生家
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大きな志と類まれな商才を育んだ「中の家」
渋沢栄一の雅号「青淵(せいえん)」は、いとこで栄一にとっては学問の師でもある尾高惇忠(じゅんちゅう)が、渋沢の生家の裏手に水が湧き出る美しい淵があったことにちなんで名付けたと伝えられる。
現在、淵は残っていないものの、一般公開されている旧渋沢邸「中の家(なかんち)」の裏手には、清水川に沿うように東西1キロ以上にわたって広がる「青淵公園」が整備され、市民の憩いの場となっている。
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渋沢一族は戦国時代末期に血洗島を開拓して住み着いたとされている。分家した一族がこの地域に固まって住んでいたため、中心に位置していた栄一の生家を「中の家」と呼び、周りには「前の家」「東の家」「遠西の家」などがあった。
「中の家」は農業を営みながら、名字帯刀を許された地元の名士だった。畑作の他に、養蚕や染料になる藍玉の製造販売なども手掛け、広い敷地内には主屋に加えて、商売などに使っていた別棟の副屋、大きな蔵が4つも並ぶ。手広く商売を営む豪農の家に生まれ育ったからこそ、渋沢の商才は磨かれたのだろう。
栄一は、渋沢家の長男だったが、幕末期に京都の一橋(徳川)慶喜に仕え、1867年にフランスに渡り、帰国後は明治政府に招かれて大蔵省に仕官した。このため、妹のていと婿入りした市郎に家督を譲った。実直な市郎は「中の家」の家業を盛り立て、村長や県会議員を務めるなど信望も厚かったという。現在残る建物は、1895年に市郎が建てたもの。奥にある十畳の部屋は、帰郷した栄一が居室として使えるよう特に念入りに造らせたそうだ。
晩年に東京の飛鳥山(北区)に拠点を移した栄一は、「中の家」を頻繁に訪れ、特に地元の諏訪神社の祭礼日にはどんなに忙しくても時間を作って帰ってきた。飛鳥山の家は第2次世界大戦の空襲で焼失したので、「中の家」の奥の間は生前の栄一がくつろいだ貴重な空間といえるだろう。
「中の家」の裏庭は、近年ちょっとした人気スポットだ。栄一の養子で、戊辰戦争で早世した渋沢平九郎(1847-1868)を追悼した石碑が移設されたからである。平九郎の写真がインターネット上などで「幕末のイケメン」と話題となり、歴史ファン、特に女性が多く訪れている。
栄一は、惇忠の妹・千代と結婚。平九郎は、惇忠と千代の末弟で、栄一にとってはいとこであり、義弟でもあった。幕臣としてフランスへ渡航する際に、跡取りのいなかった栄一は、平九郎を養子として迎えた。平九郎は神道無念流の剣術を学び、俳句や和歌もたしなむ文武両道であったという。栄一が仏国に滞在中、旧幕臣が結成した反新政府軍の彰義隊、後に振武軍に参加。1868年5月に振武軍は新政府軍と飯能(埼玉県)で衝突し、平九郎は敗走中に自刃した。その訃報を聞き、栄一はひどく悲嘆したという。
旧渋沢邸「中の家」
- 住所:埼玉県深谷市血洗島247-1
- 休館日:年末年始(12月29日から1月3日)
- 開館時間:午前9時から午後5時(入場は午後4時30分)
- 入館料:無料 解説員有り
- アクセス:JR「深谷」駅からタクシーで約20分
栄一が論語を学んだ「尾高惇忠生家」
平九郎も生まれ育った「尾高惇忠生家」は、中の家から東へ20分ほど歩いた下手計(しもてばか)に残っている。
栄一は幼少期に、この家に通い、惇忠の下で学んだ『論語』を生涯愛読した。青年になると、同志として惇忠と尊王攘夷について熱く議論した場所でもある。
惇忠は明治維新後に、栄一が設立を主導した官営富岡製糸場の初代場長となるなど、日本の近代化に貢献した。開国間もない日本では、肌の色が違い言葉も通じない「異人」は恐れられる存在で、フランス人技師が指導する富岡製糸場には工女が全く集まらなかった。そこで惇忠は、娘・ゆうを第1号の工女とすることで、良からぬうわさを払しょくしたという。
床の間には、「出藍精舎(しゅつらんしょうじゃ)」の書が飾られていた。「出藍」は「藍で染めたものは藍よりも青い」ことから、「師匠よりも優れた弟子が生まれた修業の場」を意味する。これは師である惇忠自身が名付けたそうだ。「藍香(らんこう、惇忠の雅号)ありてこそ栄一あり」と称されるほど大きな影響を与えた人物でありながら、弟子に対する敬意を忘れない。この子弟の絆があってこそ、巨人・渋沢栄一が誕生したと感じさせてくれる場所である。
尾高惇忠生家
- 住所:埼玉県深谷市下手計236
- 休館日:年末年始(12月29日から1月3日)
- 開館時間:午前9時から午後5時
- 入館料:無料 ※
- アクセス:JR「深谷」駅からタクシーで約20分
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
(バナー写真=「中の家」の庭にある若かりし日の渋沢栄一像)